片頬かたほ)” の例文
瞳を上げる、鼻筋が冷く通って、片頬かたほにはらはらとかかる、軽いおくれ毛を撫でながら、しずかひらきを出ました。水盤の前に、寂しく立つ。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大佐はひやゝかに片頬かたほに笑みつ「はア、閣下、山木には無骨ぶこつな軍人などは駄目ださうです、既に三国一の恋婿こひむこ内定きまつて居るんださうですから」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
とんとんと二段踏むと妹の御太鼓おたいこ奇麗きれいに見える。三段目に水色のリボンが、横に傾いて、ふっくらした片頬かたほが入口の方に向いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或婦人の生みたる子の片頬かたほに大いなる赤き痣ありしに、其母の物語る所によれば、其女の住みし家の向ひの家、産の二三週前に焼けし由に候。
叔父と母親とが、赤子の死んで出たことを話して聞かすと、叔母は片頬かたほに淋しいみを見せて、目に冷たい涙を浮べた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
倉地は葉子が時々途轍とてつもなくわかりきった事を少女みたいな無邪気さでいう、またそれが始まったというように渋そうな笑いを片頬かたほに浮かべて見せた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しんの首をななめしげて嫣然えんぜん片頬かたほに含んだお勢の微笑にられて、文三は部屋へ這入り込み坐に着きながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すいほど迷う道多くて自分ながら思い分たず、うろ/\するうち日はたち愈〻いよいよとなり、義経袴よしつねばかま男山おとこやま八幡はちまんの守りくけ込んでおろかなとわらい片頬かたほしかられし昨日きのうの声はまだ耳に残るに、今
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おやと思う間もなく、五百は片頬かたほに灰をかぶった。五百には咄嗟とっさあいだに、その物の姿が好くは見えなかったが、どうも少年の悪作劇いたずららしく感ぜられたので、五百は飛び附いてつかまえた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すゝめ申しに參りましたといひければ長三郎は片頬かたほみ今に初ぬ和郎そなた親切しんせつ主人思ひは有難けれどなまじ戸外へ出る時はかへつて身のどく目の毒なればたゞ馴染なじみし居間に居て好な書物をよみながら庭の青葉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しばらくしてから思兼尊は、こう云って、片頬かたほえみを浮べた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
片頬かたほえみを含みつつ力の抜けた空元気からげんき
スフインクスの意地悪るき片頬かたほ
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
死んで行く人の片頬かたほに残るえみ
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まさばかるべけれどそれすらひと見捨みすてゝはがたかるべしとてつく/″\と打歎うちなげけどひとすべきなみだならねばつく笑顏ゑがほ片頬かたほさびしく物案ものあんじのしうなぐさめながらみだるゝねぬなわこひはくるしきものなるにやるとはえて覺束おぼつかなきひと便たよりを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
薔薇さうび片頬かたほにほてり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
当の狙われた若い妓は、はッと顔を背けたので、笹葉は片頬かたほ外れに肩へすべって、手を払って、持ったのを引払ひっぱらわれて、飴の鳥はくしゃん、とつぶれる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は男のひじに手を掛けて、手に力を入れて、片頬かたほを男の肩に押し付けた。歌い始めた次の歌が、次第に遠くなりながら、帰って行く二人に付いて来る。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「うけてか」と片頬かたほめる様は、谷間のひめ百合ゆりに朝日影さして、しげき露のあとなくかわけるが如し。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほツほツと片頬かたほに寄する伯母の清らけき笑の波に、篠田は幽玄の気、胸にあふれつ、振り返つて一室ひとますゝげたる仏壇を見遣みやれば、金箔きんぱくげたる黒き位牌ゐはいの林の如き前に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
髪の結様ゆいようどうしたらほめらりょうかと鏡にむかって小声に問い、或夜あるばん湯上ゆあがり、はずかしながらソッと薄化粧うすげしょうして怖怖こわごわ坐敷ざしきいでしが、わらい片頬かたほに見られし御眼元めもと何やらるように覚えて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
中肉中背で、可哀らしい円顔をしている。銀杏返いちょうがえしに結って、体中で外にない赤い色をしている六分珠ろくぶだま金釵きんかんした、たっぷりある髪の、びんのおくれ毛が、俯向うつむいている片頬かたほに掛かっている。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ひじまくらに横に倒れて、天井に円く映る洋燈ランプ火燈ほかげを目守めながら、莞爾にっこ片頬かたほ微笑えみを含んだが、あいた口が結ばって前歯が姿を隠すに連れ、何処いずくからともなくまたうれいの色が顔にあらわれて参ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
十月じふぐわつの暮れし片頬かたほ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
溝端みぞばた片陰かたかげに、封袋ふうたいを切って晃乎きらりとする、薬のすずひねくって、伏目に辰吉のたたずんだ容子ようすは、片頬かたほ微笑ほほえみさえ見える。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「押されるばかりで、ちっとも押せやしないわ」と娘は落ちつかぬながら、薄い片頬かたほえみを見せる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
樊噲だって立派な将軍だが、「生きてすなはち噲等と伍を為す」と仕方が無しの苦笑をした韓信の笑には涙が催される。氏郷の書院柱にりかかって月に泣いた此の涙には片頬かたほえみが催されるではないか。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
左様さうぢやありませんよ」と、梅子も思はず片頬かたほに笑みつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
女子をみなご片頬かたほのしらみ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と歎息するように独言ひとりごとして、しごいて片頬かたほでた手をそのまま、欄干にひじをついて、あまねく境内をずらりとながめた。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おくれて行くものは後れて帰るおきてか」といい添えて片頬かたほに笑う。女の笑うときは危うい。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お丹片頬かたほ微笑えみを含み、「じゃあ御拘引おつれ下さいますかね。」巡査少し慌てて、「どこへ。」「はてさ、御役所へ。」「何い。」とまなこみはれば、お丹笑い出し
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わんと云えばまたわんと云えと云う。犬は続け様にわんと云う。女は片頬かたほえみを含む。犬はわんと云い、わんと云いながら右へ左へ走る。女は黙っている。犬は尾をさかしまにして狂う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おおきな懐中時計と、旗竿の影を、すっくり立って、片頬かたほ夕日を浴びながら、じっと落着いてながめていなさる。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片頬かたほれたやなぎ葉先はさきを、おしなそのつややかにくろ前齒まへばくはへて、くやうにして引斷ひつきつた。あをを、カチ/\とふたツばかりむでつて、てのひらせてた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
片頬かたほに触れた柳の葉先を、お品はそのつややかに黒い前歯でくわえて、くようにして引断ひっきった。青い葉を、カチカチと二ツばかりんで手に取って、てのひらに載せて見た。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
洗面所の壁のその柱へ、袖の陰がうっすりと、立縞たてじまの縞目が映ると、片頬かたほで白くさし覗いて
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
歩手前あしてまえの店のは、白張しらはり暖簾のれんのような汚れた天蓋てんがいから、捌髪さばきがみの垂れ下った中に、藍色の片頬かたほに、薄目を開けて、片目で、置据えの囃子屋台をのぞくように見ていたし、先隣さきどなりなのは
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「黙ろう、黙ろう、」とわきを向いた、片頬かたほえみを含みながら吃驚びっくりしたような色である。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手で片頬かたほをおさへて、打傾うちかたむいて小楊枝こようじをつかひながら、皿小鉢さらこばちを寄せるお辻を見て
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
美女の姿は、依然として足許によこたわる。無慚むざんや、片頬かたほは土に着き、黒髪が敷居にかかって、上ざまに結目むすびめ高う根がゆるんで、かんざしの何か小さな花が、やがて美しい虫になって飛びそうな。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生際はえぎわが抜け上ってつむりの半ばから引詰ひッつめた、ぼんのくどにて小さなおばこに、かいの形のこうがいさした、片頬かたほせて、片頬かたほふとく、目も鼻も口もあごも、いびつなりゆがんだが、肩も横に、胸も横に
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
影があざになって、巴が一つ片頬かたほに映るように陰気にみ込む、と思うと、ばちゃり……内端うちわに湯が動いた。何の隙間すきまからか、ぷんと梅の香を、ぬくもりで溶かしたような白粉おしろいの香がする。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
光景の陰惨なのに気を打たれて、姿も悄然しょうぜんとして淋しげに、心細く見えた女賊は、滝太郎が勇しい既往の物語にやや色を直して、蒼白あおじろい顔の片頬かたほえみたたえていたが、思わず声を放って
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その窓を見向いた片頬かたほに、さっ砂埃すなほこりく影がさして、雑所は眉をひそめた。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片頬かたほを青くじ向けた、鼻筋に一つの目が、じろりと此方こなたを見て光った。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と崩るるごとく、片頬かたほを横にけんとしたが、きっ立退たちのいて、袖を合せた。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横目よこめかまちをすかして、片頬かたほゑみふくむで、たまらないといつたやうなこゑ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「貴方、お疑り遊ばすと暴風雨あらしになりますよ。」といって、塗盆を片頬かたほにあてて吻々ほほと笑った、聞えた愛嬌者あいきょうものである。島野は顔の皮をゆるめて、眉をびりびり、目を細うしたのはうまでもない。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見透みとほしうら小庭こにはもなく、すぐ隣屋となり物置ものおきで、此處こゝにも犇々ひし/\材木ざいもく建重たてかさねてあるから、薄暗うすぐらなかに、鮮麗あざやかその淺黄あさぎ手絡てがら片頬かたほしろいのとが、拭込ふきこむだはしらうつつて、トると露草つゆぐさいたやうで
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)