むく)” の例文
その心遣こころやりがむくいられたのか、それとも、単に私の気の迷いか、近頃では、夫人は、何となく私の椅子を愛している様に思われます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
よろこばるゝといへどもおや因果いんぐわむく片輪かたわむすめ見世物みせものの如くよろこばるゝのいひにあらねば、決して/\心配しんぱいすべきにあらす。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
俊寛 この苦しみを倍にして、七倍にしてきっとお前にむくいるぞ! わしの足がまだわしの体を支える限りは。えゝ。船を出せ。船を!
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ある長官は親切な人で、彼の永年の精励にむくいんがためにありきたりの写字よりは何かもう少し意義のある仕事をさせるようにと命じた。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
すでに、朝廷ではあまねく、こんどの革命に軍功のあった宮方将士にむくう「論功行賞ろんこうこうしょう」の調査機関が開始されているとも彼は聞いている。
八二老衲らうなふもしこの鬼を八三教化けうげして本源もとの心にかへらしめなば、こよひのあるじむくひともなりなんかしと、たふときこころざしをおこし給ふ。
是からき悪い事はなさらないように何卒どうぞ気をお附けなさい、年をると屹度きっとむくって参ります、輪回応報りんねおうほうという事はないではありませんよ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひと生血いきちをしぼりたるむくひか、五十にもらで急病きうびやう腦充血のうじうけつ、一あさ此世このよぜいをさめて、よしや葬儀さうぎ造花つくりばな派手はで美事みごとおくりはするとも
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……そなたの掛引きに乗って言うのではない、ひとえにそなたの真情にむくいるため。……わたしの恥、ひいてはお父上の恥辱。
だれも礼をいうことさえ忘れるほどそれに慣れきっていた。そして彼は贈物をするという楽しみで十分むくわれてるらしかった。
彼は自分の罪が、ヒシ/\と胸にこたえて来るのを感じた。自分の野卑な、狡猾こうかつな行為が、子の上に覿面てきめんむくいて来たことが、恐ろしかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……そんな紳士淑女連中からアラユル残酷な差別待遇を受けている、罪もむくいも無い精神病患者を弁護してみたくなるのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
晩のおかずに、煮たわ、喰ったわ、その数三万三千三百さるほどにじいの因果が孫にむくって、渾名あだな小烏こがらすの三之助、数え年十三の大柄なわっぱでござる。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りにむくゆるのほまれをこれに與へたればなり 八八—九〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
この狭いわくのなかから、一歩も出て行けない、不可能さを、富岡は、自分へのむくいだと思つた。その不可能さは、一種のゲッセマネにまで到る。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
美貌に眼をつけた上級生が無気味なこびで近寄ってくると、かえってその愛情にむくいる方法を知らぬ奇妙な困惑こんわくおちいった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
すなわちその思想しそうは純然たる古流こりゅうにして、三河武士みかわぶし一片の精神せいしん、ただ徳川累世るいせい恩義おんぎむくゆるの外他志たしあることなし。
「ことがととのわなくて、再びあなたにそむくようなことがあってはと思います。私は先ず魂を以てむくいたいと思います。」
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
他人あだしひとのいうことをまことしくおぼして、あながちに遠ざけ給わんには、恨みむくいん、紀路きじの山々さばかり高くとも、君が血をもて峰より谷にそそぎくださん」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
義雄は文學を以つて東都の文界に多少の名を知られてゐたものだが、その勞力にむくいることの少い原稿生活に飽きが來たのが原因で、こんな失敗をした。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
房州の百姓の娘、殿樣に近付いて怨がむくいたいばかりに、相澤樣に取入つて、心にもない機嫌氣褄きづまを取りました。
その頃からにはかに異性といふものに目がさめはじめると同時に、同じやうな恋の対象がそれからそれへと心に映じて来たが、だらしのない父の放蕩はうたうむくいで
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
よし今日こんにちよりは以前にまさる愛心を以て世の憐むべきものを助けん、余の愛するものは肉身においてもしっせざりしなり、余はなお彼を看護し彼にむく得べきなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
人間にんげんのいのちは一だいだけでおわるものではない。まえとこののちと、三だいもつづいている。だからまえわるいことをすれば、このでそのむくいがくる。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
けれどわたしの愛情あいじょうにはむくいてくれなかった。かの女はただわたしにわからないことを二言三言いった。
夫婦ふうふこゝろ正直しやうぢきにしておやにも孝心かうしんなる者ゆゑ、人これをあはれみまづしばらくが家にるべしなどすゝむ富農ふのうもありけるが、われ/\は奴僕ぬぼくわざをなしてもおんむくゆべきが
黄白こうはくに至りては精励せいれい克己こっきむくいとして来たるものは決して少なくなかろう。古人こじんの言にあるごとく
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
どもは天の眷属けんぞくでございます。つみがあってただいままで雁の形をけておりました。只今ただいまむくいをはたしました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
妾はただ彼女の親切に感じ自分も出来得る限り彼に教えて彼の親切にむくいんことをつとめけるに、ある日看守来りて、突然彼女に向かい所持品を持ち監外にでよという。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「臆する者、信ぜざる者、等々は火と硫黄いわうの燃ゆる池にてそのむくひを受くべし是第二の死なり。」
目をもって目にむくい、歯をもって歯にむくゆる復讐主義は、甚だ野蛮の思想であるかの如く説く学者も多いが、元来絶対主義論者が信賞必罰は正義の要求であるとするのも
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
尋ねうらみむくい申度とて三ヶ年の間苦辛くしんいとはず所々しよ/\尋ねめぐり候處漸々此程隅田川すみだがは渡船わたしぶねにておもて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
散々さんざん苦労くろうばかりかけて、んのむくゆるところもなく、わか身上みそらで、先立さきだってこちらへ引越ひきこしてしまった親不孝おやふこうつみ、こればかりはまったられるようなおもいがするのでした。
全體ぜんたい杉村君すぎむらくんきみはづぢやアなかツたのか』と水谷氏みづたにしは一むくゐると、杉村氏すぎむらし楚人冠そじんくわんりう警句けいくけて『るならるが、ないのにつたつてつまらないよ』とる。
小娘こむすめは、おそらくはこれから奉公先ほうこうさきおもむかうとしてゐる小娘こむすめは、そのふところざうしてゐた幾顆いくくわ蜜柑みかんまどからげて、わざわざ踏切ふみきりまで見送みおくりにをとうとたちのらうむくいたのである。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なにもいまさらそのたたりが駒井能登守へむくって来るという理由はないことなのであります。
「力さえあれば、早い話が、出羽守に一矢いっしむくいようと思えば、それもできるかもしれない。いや、これは、かりのはなしですが、世間は、力以外にはなにものもないと——。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それと同時どうじ若者わかものためにはかれ蝮蛇まむし毒牙どくがごときものでなければらぬ。れでありながら威嚴ゐげん勢力せいりよくもないかれすべての若者わかものからかれ苛立いらだたしめる惡戯いたづらもつむくいられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
他の二三の師範学校の附属へ願書を出して努力したが、どこも拒否きょひされた。止むを得んとあきらめて、親の因果いんがが子にむくうの結果になったことを心の中で陳謝ちんしゃするのみであった。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
遊「余りひどい目に遭せると、僕の方へむくつて来るから、もうしてくれたまへな」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
普段から白眼にらんでいる市内外の悪の巣窟ロウクス・ネストへは猶予ゆうよなく警官隊が踏み込んだ。が、この、七月一日の夜中から翌二日、三日とかけて総動員で活躍したその筋の努力は、なんらむくいられなかった。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そうして、兄妹の怨恨がかならず自分の上にむくって来るというようなことを強く信じていたかも知れない。その結果、彼は赤座に導かれたような心持になって、ふらふらと僕をたずねて来た。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはやがて後悔をもってむくいられねばならぬ態度だったのではないか。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
燻精は、彼の信頼に十分むくいることが出来ようと自信たっぷりだった。
只、こんな孤独の奥で、一種の心の落ち著きに近いものは得ているものの、それとてこうして陰惨な冬の日々にも堪えていなければならない山の生活の無聊ぶりょうに比べればどんなにむくいの少ないものか。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ああ、しかし、その熱情もむくわれないのである。彼女が美しい魔鏡の世界からこの世に出てくる二つの道があるのであるが、彼はそれを知らないのであった。たちまちある悲しみが外から湧いてきた。
唯応爛酔報厚意 まさ爛酔らんすいして厚意こういむくゆべく
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「道楽のむくいさ。」種田君は笑ひ乍ら云つた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
親の因果いんがが子にむくい、というやつだ。ばちだ。
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今や私は、私の恋人のうらみをむくいると共に、私の友人であり、先輩であった深山木のかたきをも討たねばならぬ立場に置かれた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)