“舎”のいろいろな読み方と例文
旧字:
読み方割合
やど21.0%
16.1%
11.3%
8.1%
しゃ8.1%
4.8%
へや3.2%
こや3.2%
いえ3.2%
いへ3.2%
とな3.2%
ゆる3.2%
うち1.6%
おい1.6%
おき1.6%
さしお1.6%
しや1.6%
シアトル1.6%
1.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
曾能子刀自のことに従へば、奈古屋にやどつた此夜、妓を畏れて遁れ避けたものは、渋江抽斎、山田椿町ちんてい、須川隆白の三人であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
が、実際に文庫の編輯にあずかっていたのは楽屋がくや小説の「紅子戯語こうしけご」に現れる眉山びざんさざなみ、思案、紅葉、つきまどか香夢楼緑かむろみどり、及び春亭九華しゅんていきゅうかの八名であった。
吾人われら皆望を君に属せり、而して君は吾人をてゝ去れり。予は文壇に於て最も多く君に攻撃せられたり、私交に於て最も多く君に親しまれたり。
北村透谷君 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
また曰く、「人の為すあたわざる所を為し、人の言う能わざる所を言うは、余をきてその人無きなり。これをきて余が事無きなり」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
城外の野に、軍幕テントをつらねて、朝夕、ひょうひょうの寒風にはためかれている一しゃの内に、宋江そうこうは今日しも、深い思案に沈んでいた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何だな、吝臭けちくさえ。途中ですようなら始めっから出ねえがいい。お前この節はいやにしまになったな。」とけなされると
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
その時はちょうど解脱げだつ仏母の小堂の横の石段に上って居りました。それからセラ大寺の大本堂の前を通って自分のへやに着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なかなか由緒ゆいしょのある寺でくわしい事はここで申す必要はありませんから略しますがそこにある坊さんのこやについて宿りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そこには紅女や老婆が門口をふさぐように集まっていた。成の細君もそのいえへ入っていった。そこには密室があってすだれを垂れ、簾の外に香几こうづくえがかまえてあった。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
庚午かのえうま、皇子大津を訳語田をさだいへ賜死みまからしむ。時に年廿四。妃皇女山辺みめひめみこやまべみくしくだ徒跣すあしにして、奔赴はしりゆきてともにしぬ。見るひと歔欷なげく。皇子大津は天渟中原瀛真人あまのぬなかはらおきのまひと天皇(天武天皇)の第三みこなり。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ふたゝび荊棘けいきよくえだとり香花かうくわ神前しんぜんさしはさみくうず。次にあつま各童わらべども手に木刀をとりみち隊閙たいだうしすべて有婚こんれいして无子こなきをんな木刀をもつ遍身へんしん打之これをうち口に荷花蘭蜜こばらみとなふ。
王問うてその鐘に血を塗るため殺されにくを知り、これをゆるせ、われその罪なくしておののきながら死地に就くに忍びずと言う。
その人のうちに泊り込んで、私は此寺ここに仮入学をしたいがどういう手続にすればよいかと尋ねますと、いろいろ教えてくれました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
○そも/\我国の垂氷つらゝをいはんに、しばらおいてまづいへ氷柱つらゝをいはん。
こん弁慶縞べんけいじま高柳郷たかやなぎごうにかぎれり。右いづれも魚沼うをぬまぐんの村々也。此ちゞみをいだす所二三ヶ村あれど、もつはらにせざればしばらくおきてしるさず。縮は右村里の婦女ふぢよらが雪中にこもあひだ手業てわざ也。
鼓瑟ことのてしばしとだえ鏗爾こうじとしてしつさしおきてち、対えて曰く、三子者さんししゃよきに異なり。子曰く、何ぞいたまん、またおのおのその志をいうなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そが中にしやを築きて居れるは膠州の黄生とて、終日ひねもすふみ読みくらしたる。ある日のことなりき。
『聊斎志異』より (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
双輪船は夜にシアトル港を出航して、轟々たる音とともにはるかな太平洋に向かった。天のかなたは雲がとざし、すべてが広く果てしなく、帆柱の上を吹く風にはおのずから清涼の気がある。
西航日録 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ナンジノ知ラザル所ハ、人ソレコレテンヤ」である。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)