きざ)” の例文
つれなかりし昔の報いとならば、此身を千千ちゞきざまるゝとも露壓つゆいとはぬに、なまじあだなさけの御言葉は、心狹き妾に、恥ぢて死ねとの御事か。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
とき繰返くりかへすやうだけれども、十圓じふゑんたい剩錢つりせん一錢いつせんなるがゆゑに、九圓九十九錢きうゑんきうじふきうせんわかつたが、またなんだつて、員數ゐんすうこまかきざんだのであらう。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕は鎌倉に住んでゐた頃、菅虎雄すがとらを先生に字を書いて頂きこの茶箕ちやみの窪んだ中へ「本是山中人もとこれさんちうのひと 愛説山中話とくことをあいすさんちうのわ」ときざませることにした。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
神変夢想の働きはこの機! とばかり、ずらりと遠輪に囲んだ剣陣が、網をしめるよう……じ、じ、じッと爪先きざみに迫ってゆく。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「水府のきざみは、常陸屋の店で貰つて來たのか、呆れ返つた野郎だ。どんなに詰めたか知らないが懷中煙草入はハチ切れさうぢやないか」
かにの身は粥の五分の一くらい、きざみしょうがを加えれば、香気をよくする。缶詰のかにならばよく水をしぼって用いるとよい。
「だって、このわたしあたまなかきざみつけられた、世間せけんさまを、どうしてわすれることができましょう?」と、ぶとはこたえました。
太陽とかわず (新字新仮名) / 小川未明(著)
眼は開いていてじっと彼を見つめており、あの最後の表情はまるで彼女の額にきざみ込まれたかきつけられたかのように見えた。
かたむいて矢のごとく下る船は、どどどときざみ足に、船底に据えた尻に響く。われるなと気がついた時は、もう走る瀬を抜けだしていた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身長よりも高い熊笹をがさがさと分けて下るが、足とまりは一段一段と段をきざんである。その中には雨水が溜っていて踏むたびに飛び散る。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
心のそこでは、小父のほうただしいとわかっていた。ゴットフリートの言葉がむねおくきざみこまれていた。彼はうそをついたのがはずかしかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
狙いを狂わせ突き損じ、頼春は怒りと恥辱とを、心に深く感じながら、なおジリジリときざみ足で、大弥太の方へ進んで行った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別に美味おいしい鰹節の煎汁を拵えておいて薬味には大根卸だいこんおろしにきざねぎ焼海苔のんだものおろ山葵わさびなぞを牡蠣の上へせて今の煎汁をかけます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
といふのは、私の頭も手もその方にとられて、私が消えないやうに心にきざみたいと願つてゐる、新しい印象を力強く確實にしたのであつた。
たとえふるえているかかとでも、一寸でも退きはしない。じりじりと前へ出ている。勿論、彼もきざむように、足の先で近づいてくる。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世界の一番おしまいに出て来るという弥勒菩薩みろくぼさつの像をきざんで、その中に封じ込めて『男見るべからず』と固く禁制しておいた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
当時、二十代であった、もっとも感受性のつよい青年中野の胸にきざみつけられた幻像は彼の一生を終る日まで消ゆることはなかったであろう。
手代の常吉が、真っ青な顔で揉手もみてをしながら迎えるのを、眉間に深いシワをきざんだ留五郎はちょいとうなずいただけで、さっさと奥へ通った。
だれの善ですか。」諒安はも一度いちどそのうつくしい黄金の高原とけわしい山谷のきざみの中のマグノリアとを見ながらたずねました。
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
また私のむねやはらぎの芽をゑそめたものは、一頻ひとしきり私のはらわたきざんでゐたところの苦惱くなうんだ、ある犧牲的ぎせいてきな心でした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
東妙和尚は、広い庭の真中に植えられた大きな枝垂桜しだれざくらの下の日当りのよいところにむしろを敷いてその上で、石の地蔵をコツコツときざみはじめる。
おつぎは庭葢にはぶたうへむしろいてあたゝかい日光につくわうよくしながら切干きりぼしりはじめた。大根だいこよこいくつかにつて、さらにそれをたてつて短册形たんざくがたきざむ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その当時の悲しい恐ろしい思い出が今も頭にありありときざまれていますので、忰や孫たちにもやかましく申聞かせまして、ほかの道楽はともあれ
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこには同じ大理石の上に、かの聖なるはこを曳きゐたる事と牛ときざまれき(人この事によりてゆだねられざる職務つとめを恐る)
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
顔はあおざめ、躍気やっきとなり、肉をきざみ、掘る。指は、それ自身、血にまみれた傷口きずぐちだ。そして、そこから、釣針が落ちる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
せわしなく煙草の葉を揃える人の手元や、ジャキジャキと煙草の葉をきざんでいる職人の手許てもとを夢中になって眺めていた。
心にきざみつけていたものを拾い上げてみるならば、或いはそういう中から逆に、人類の現実の移動を支配した、古代の社会力とも名づくべきものが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さう云つてしまつてはつとしたが、仕方がなしに眼と鼻の間へクシヤ/\とした皺をきざんで、曖昧な作り笑ひをした。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
げんのしようこ牻牛児ぼうぎゅうじ。植物。草の名。野生やせいにして葉は五つに分れ鋸歯のこぎりばの如ききざみありて長さ一すんばかり、対生たいせいす。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
甚五郎が美人の木像をきざんで、その懐中に鏡を入れておいたら、その美人が動き出したので、甚五郎はおおいに悦び、我が魂がこの木像に這入はいったのだと
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
煙草はたしか「極上国分ごくじょうこくぶ」と赤字を粗末な木版で刷った紙袋入りの刻煙草きざみたばこであったが、勿論国分できざんだのではなくて近所の煙草屋できざんだものである。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けれども爺は、その一本の半分とはくゆらさないうちに唐鍬の柄でそうっと揉み消した。そして、佩嚢どうらんから、なでしこのきざみ煙草を取り出し、二三度吸った。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ここには旅行者たちが自分の名前をきざみつけることのできるような記念石もなければ、どこかに自分の姿をえがかせることのできるような岩壁がんぺきもありません。
身体検査しんたいけんさのときの屈辱感くつじょくかんは、少年の心にいつまでものこっていた。それはむねに深くきざみ込まれてしまったのだ。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
勘「独身ひとりみで煙草をきざんで居るも、骨が折れてもう出来ねえ、アヽ、おめえ嫁に子供あかんぼうが出来たてえが、男か女か」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
左の膝子節ひざこぶしの下に「足の蒲団」といふ一尺ばかりの小蒲団を敷きてそのまま一分きざみにずり行く。敷居の難所を越えて、一間の道中つつがなく、坐敷の寐床に著く。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして、なおらずに、そのおからだをずたずたに切りきざんで、それをうまの飼葉かいばを入れるおけの中へ投げ入れて、土の中へめておしまいになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ましてや金博士の手製になるあやしき爆弾が、十五年間もじっと正しき時をきざんで、正確なる爆発を……
ちかづいてると、鐵門てつもん上部じやうぶには、いわきざまれて「秘密ひみつ造船所ざうせんじよ」の五意味ゐみありあらはれてつた。
櫟社の大木は眠って行く空に怪奇な姿を黒々ときざみ出した。この木をねぐらにしている鳥が何百羽とも知れずその周囲に騒いで居た。鳴声が遠い汐鳴りのように聴えた。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
随分大金が掛って居るようでその構造も非常に立派である。その次第がいちいち石にきざみ付けてある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
運命うんめい人間にんげんかたちきざめり、境遇けふぐう人間にんげん姿すがたつくれり、不可見の苦繩人間の手足を縛せり、不可聞の魔語人間の耳朶を穿てり、信仰しんこうなきのひと自立じりつなきのひと寛裕かんゆうなきのひと
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
で、わたくしがこちらの世界せかいはじめて自分じぶん守護霊しゅごれいにおにかかったときは、すくなからず意外いがいかんじまして、したがってそのとき印象いんしよういまでもはっきりと頭脳あたまきざまれてります。
それらは実に鮮やかに、また鋭くきざみ出されているのであるが、しかしその美しさは、天平の観音のいずれにも見られないような一種隠微いんび蠱惑力こわくりょくを印象するのである。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
室が寂然ひつそりしてゐるので、時計とけいの時をきざおとが自分の脈膊みやくはくうま拍子ひやうしを取つてハツキリ胸に通ふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
やつと灌木くわんぼくの高さしか無いひひらぎよ、僞善ぎぜんの尻を刺すのみ愛着あいぢやくきざたがね、鞭の手燭てしよく取手とつて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
彼は爪先きでさぐって——階段のきざみを一つ一つ登った。粗末な階段はハネつるべのようなキシミを足元でたてた。彼は少し猫背の厚い肩を窮屈にゆがめた。頭がつッかえた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
眉間に十の字に、両頬に耳から口へかけて大きくながれるようにきざみこまれてある青い入墨いれずみも、山の原生林や、渓谷や、素朴な蕃社を背景に眺めてこそ、始めての魅力である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
りゅうなら竜、とらなら虎の木彫をする。殿様とのさま御前ごぜんに出て、のこぎり手斧ちょうなのみ、小刀を使ってだんだんとその形をきざいだす。次第に形がおよそ分明になって来る。その間には失敗は無い。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
また「Mの都合あれば帰宅したけれど思いとまる。節約の結果三銭のきざ煙草たばこ四日をたもつ」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)