しきり)” の例文
こんな筈はなかったのにと、白シャツ一枚でしきりに我と我が喉のくびり方を研究している中に悪寒さむけを覚えて、用心の為め又三四日休んだ。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しきりに後妻を勧めるものがあって、城下から六七里離れた、合歓ねむの浜——と言う、……いい名ですが、土地では、眠そうな目をしたり
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨がしきりなので、帰るときには約束通り車を雇った。寒いので、セルの上へ男の羽織を着せようとしたら、三千代は笑って着なかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たれも爲るものるまじと思ひしきりかなしく心は後へひかれながら既に奉行所ぶぎやうしよへ來り白洲しらす引居ひきすゑられたり此日伊勢屋三郎兵衞方にては彼旅僧を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
痩容そうようあに詩魔しまの為のみならんや。往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧じんむしばしば高鳥を悲しましめ、泥沙でいさしきりに老龍を困しましむ。
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平安朝以後漢語が多く国語中に用いられると共にかような音もしきりに用いられ、自然イやウが他音の下に来るものが甚だ多くなった。
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
が、何を思い出したか、嫣然にやにや笑いながら、「それでも忠一君はの女に思惑でも有ったと見えて、しきりからかって騒いでいましたよ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また或る日川越しをする時であったが、旅客の多勢が集っていてその荷物なども容易に舟に積んでくれない。旅客はしきりにあせっている。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ようやく晴に向わんとする梅雨の空から来る風が、しきりに紗の羽織を吹く。「吹もどす」の一語に惜別の情が含まれていることは勿論である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
毎々つねづね申され候事に、神道を明白に人々の腹へ入る如く書を著し、 天朝より開板して天下へ御頒示はんじされたしとしきり祈念きねん仕り居られ候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
第一 病気の敵 今や我邦わがくに露西亜ろしあに向って膺懲ようちょういくさを起しました。我が海陸軍は連戦連勝の勢いでしきりに北亜の天地を風靡ふうびします。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
神田伯山かんだはくざんおうぎを叩けば聴客『清水しみず治郎長じろちょう』をやれと叫び、さん高座にのぼるや『睨み返し』『鍋焼うどん』を願ひますとの声しきりにかかる。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
看護婦の腕の下から寢臺の上に見えるものは、何だか小さな肉塊やうのもので、それを醫員がしきりんだりゆすつたりしてゐるのであつた。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
私の徒労に帰した速記法の一端を御披露に及ぶと、私は、たとえば「私」とか「デアル」という様なしきりに現れる言葉を一字の記号にした。
文字と速力と文学 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
面白くはやりし一座もたちましらけて、しきりくゆらす巻莨まきたばこの煙の、急駛きゆうしせる車の逆風むかひかぜあふらるるが、飛雲の如く窓をのがれて六郷川ろくごうがわかすむあるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
正金銀行支店の諸君から日本料理の生稲いくいねへ招かれて一を語りふかした。小島烏水うすゐ永井荷風二君の旧知ぞろひで二君の噂がしきりに出た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それもうあらうかとはゝなどはしきりにいやがるのでわしあしんでる、無論むろん病院びやうゐんけば自宅じたくちがつて窮屈きゆうくつではあらうが
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ええ、存じています。あの衝当つきあたりにあるのが摂津国屋の墓でございます。」抱かれている穉子おさなごはわたくしを見て、しきりに笑っておどり上がった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
胆潰きもつぶれたれど心をしずめ静かにあたりを見廻みまわすに、流しもとの水口の穴より狐のごとき物あり、つらをさし入れてしきりに死人の方を見つめていたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
其娘が出入の若い大工と物置の中にひそむ日があった。昔男と道行の経験があるおかみはしきりと之を気にして、裏口から娘の名を呼び/\した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
やがて銀之助は応接室を出て、たもとの職員室へ来て見ると、丑松と文平の二人が他の教員に取囲とりまかれ乍らしきりに大火鉢の側で言争つて居る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
はじめにいた一度結婚したことのある婢は、何故なにゆえかすぐ逃げだしてしまったと云うことも思いだした。彼の考えはしきり放縦ほうじゅうな女の話へ往った。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
雲を吐く老杉の梢では四十雀しじゅうからしきりに囀り、清い谷川の水が其そばをゆたかに流れ、朱色の躑躅つつじの花が燃え上る炎のように木の下闇を照していた。
秩父のおもいで (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
雲黒く気重く、身され心ふさがれ、迷想しきり蝟集ゐしふし来る、これ奇なり、怪なり、然れども人間遂にこれを免かること難し。
というのは、ふと顔を上げて入口の方を見ると、そこに、電車の中で見た鳥打帽の探偵が友人らしい男としきりに話しながら陣取っていたからである。
被尾行者 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
幸い貯えて有りました烏犀角うさいかくを春見がしきり定木じょうぎの上で削って居ります所へ、夕景に這入はいって来ました男は、矢張やはり前橋侯の藩でごく下役でございます
その頃兄はしきりに水墨画に親しんでいられました。私の学校通いにかぶったあじろがさに、何かかれたのもその頃でしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
『貴女一人は殺しません。私も死にますから御安心なすって下さい』としきりに女の耳に口をあてて言っていたが、その中多勢の人が騒ぎだしたので
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
僧侶はしきりにこの児に対して愛憐の情を催し、菓子を与えてその家に誘い帰り、これに文字を教えてみると、果して一を聴いて十を識るの才がある。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
黎元れいぐわん撫育むいくすることやや年歳としを経たり。風化ふうくわなほようして、囹圄れいごいまむなしからず。通旦よもすがらしんを忘れて憂労いうらうここり。頃者このごろてんしきりあらはし、地しばしば震動す。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
確かに南室を離れずにしきりに窓際で荷物の整理をしていたのを、一人は裏庭の浴室の湯にひたりながら、一人はその浴室の裏の広場で薪を割りながら
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
毎日々々まいにち/\面白おもしろ可笑をかしあそんでうちあることその老爺をやぢさんこしらへてれた菱形ひしがた紙鳶たこ甲板かんぱんばさんとて、しきりさはいでつたが、丁度ちやうど其時そのとき船橋せんけううへ
いつしか逃げ込んで来た青蛙が一匹、しきりにゆらぐ蚊帳の中途に飛びついたまま光った腹を行燈の灯に照らされている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
階下の室には人多くゆききする足音あのとしきりに、屋外の大渠たいきよには小舟の梶音かぢのと賑はしかりき。われは暫し目蕩まどろみしに、ふとマリアの死せることを知り得たり。
と、眠気が催すまでに悪落着がして来て、悠然ゆつたりと改めて室の中を見廻したが、「敷島」と「朝日」と交代にしきりに喫ひながら、遂々たうたうゴロリと横になつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ソクラテスの女房は、うかして機嫌の悪い時には、一しきり我鳴りたてた揚句あげくはてが、いきなり水甕みづかめの水を哲学者の頭に、滝のやうにけたものだ。
先刻来慢性的嘔吐おうとを催す事しきりなり。こはほとんど平常の事なれど今夜はやや多量なり。晩飯を喰ひ過ぎたりと見ゆ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もしや昨夜の出来事は皆彼の幻覚に過ぎなかったのではないか。そんなことがしきりに考えられた。もう一度昼の光の下でたしかめて見ないでは安心が出来なかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それがこの冬ごろから、息子の方からしきりに帰つて来てくれと言つて、しまひにはわざ/\人をよこしたりした。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
癇走かんばしつた声が打叩きする音に交つてしきりきこえる。鏡子は立つてかうとしてまた思ひ返して筆をとつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
取次の下女としきりに問答して居る様子、狭い家だからスグ私が聞付ききつけて、玄関に出てその客を座敷に通したことがあるが、成るほど殿様といって下女に分る訳けはない
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ところが生憎あいにく不漁しけで休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨あらしの中を遥々はるばる車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返しょげかえってしきりに愚痴ったので、帳場の主人が気の毒がって
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
途々みちみち母は口をきわめて洋行夫婦をしきりうらやましそうなことを言っていましたが、その言葉の中には自分の娘の余り出世間しゅっせけん的傾向を有しているのを残念がる意味があって
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母はもとより泣いた、快活な父すら目出度い目出度いと言いながら、しきりに咳をしてはなんでいた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私はかうして彼の歸りを待つてゐた。私の心の荷を下ろし私を混亂させてゐる謎の解決を彼に求めようとしきりに思ひながら、讀者よ、彼が歸つて來るまで待つてゐて下さい。
尊氏は、それを聞くと、勅許を待たずして、関東に下り、時行をうて、そのまゝ鎌倉に止まり、新田義貞を除くことを名として、しきりに兵をあつめた。叛心既に明らかである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
諸王不穏の流言、ちょうに聞ゆることしきりなれば、一日帝は子澄を召したまいて、先生、疇昔ちゅうせき東角門とうかくもんの言をおぼえたもうや、とおおす。子澄直ちにこたえて、あえて忘れもうさずともうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此宇合の歌なども、今日はしきりに家の我が枕のある床の様子が、目に浮んで思ひ去りにくい。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
今迄男の前に立って両腕を組んで、足で折れた鉄砲を蹴やった一番せいの高い獰悪どうあく面構つらがまえをした眼の怪しく光る黒い洋服を着た男はこの時しきりと気を揉むように四辺あたりを歩き廻り始めた。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しきりに登つて見たくなつた。車中知人O君の札幌農科大學に歸るに會つた。夏期休暇に朝鮮漫遊して、今其歸途である。余市よいちに來て、日本海の片影を見た。余市は北海道林檎の名産地。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)