うつゝ)” の例文
世俗に色彩の夢を見ないといふが、ゴツホなどは夢とうつゝをごつちやにして、晩年あの黄色な繪具でカンバスを塗りこくつたのらしい。
砂がき (旧字旧仮名) / 竹久夢二(著)
名下めいか虚士きよし無しなど云へど名のみは當にならぬ世なり木曾道中第一の名所は寐覺ねざめの里の臨川寺りんせんじうつゝにも覺え名所圖繪の繪にて其概略そのあらまし
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
思へばうつゝとも覺えで此處までは來りしものの、何と言うて世を隔てたるかどたゝかん、我がまことの心をば如何なる言葉もて打ち明けん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
帝劇のボックスに、夫人と肩を並べて、過した数時間は、信一郎に取つては、夢ともうつゝとも分ちがたいやうな恍惚たる時間だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
実にうつゝのような心持で参りましたのでございましたが、貴方さまのお助けで、思い掛けなくあやうい処をのがれまして、誠に有難う存じまする
んでも、坐禪ざぜんを組んでも、諦めきれないのが、お喜代のポチヤポチヤした可愛らしさだ——眼の前にチラ付いて、寢ては夢、さめてはうつゝ
明日より何方いづかたへ行かむとするぞ。汝が魂、何処いづこにか在る。今までの生涯は夢なりしか。うつゝなりしか。まこと人の心に神も仏も無きものか。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
平八郎父子が物を言ひ掛ければ、驚いたやうに返事をするが、其間々あひだ/\は焚火の前にうづくまつて、うつゝともゆめとも分からなくなつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
如何どうかんがへても聖書バイブルよりは小説せうせつはう面白おもしろいにはちがひなく、教師けうしぬすんでは「よくッてよ」小説せうせつうつゝかすは此頃このごろ女生徒ぢよせいと気質かたぎなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
昏々こんこんと眠りにはいりながらも、伊香保でのさまざまな思ひ出が夢になり、うつゝになり、ゆき子は寝苦しく息がつまりさうだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
爾時そのとき我血は氷の如く冷えて、五體ふるひをのゝき、夢ともうつゝとも分かぬに、屍の指はしかと我手を握り屍の唇はしづかに開きつ。
もんでゐた所ろ今方いまがたやすみなされたのでやう/\出てまゐりましたと云つゝ上りて火鉢ひばちそば身をひつたりと摺寄すりよせすわれば庄兵衞魂魄たましひも飛してうつゝ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少しも眠れなかつた如く思はれたけれど、一睡の夢の間にも、豪雨の音聲におびえて居たのだから、固よりゆめうつゝかの差別は判らないのである。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
よし原がよひにうつゝをぬかして、三年越しの身持放埓、この叔父が陰になりひなたになり、隱しても庇つてももう及ばぬ。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
伯爵はたゞの一度も、夫人以外の女性にうつゝをぬかしたことなんぞないんだ。そこはまことに、さつぱりしたもんだつた。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
フリツツは好い心持に、うつゝの夢を見てゐる。大方今に己達のゐるのを知らずに、寺院の戸を締めるだらう。さうしたら己達は二人切りになるだらう。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
眠りはしかく我に頼めなき者となりしかど、もしうつゝの味気なきに較ぶれば、斯かるゝ丈も慰めらるゝひまあるなり。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
午前二時頃、彼らは、恐ろしい夢にうなされた。宿舎の二百人ばかりのつわものが、同時に、息の根をとめられ、うーッと唸って、うつゝで立ちあがった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
かねて見置みおきしすゞり引出ひきだしより、たばのうちをたゞまい、つかみしのちゆめともうつゝともらず、三すけわたしてかへしたる始終しじうを、ひとなしとおもへるはおろかや。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ロミオ おゝ、有難ありがたい、かたじけない、なんといふうれしいよる! が、よるぢゃによって、もしやゆめではないからぬ。うつゝにしては、あんまうれぎてうそらしい。
それがむごたらしく殺された上に、何一つ残らず、髪の毛までも切り取られている有様に、夢ともうつゝともわきまえかねて、たゞぼんやりしてしまいました。
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
狼狽うろたへて飛び起きさまに道具箱へ手を突込んだは半分夢で半分うつゝ、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿つばのみにつつかけて怪我をしながら道具箱につかまつて
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
學士がくし昨夜さくや礫川こいしかはなるそのやしきで、たしか寢床ねどこはひつたことをつて、あとはあたかゆめのやう。いまうつゝともおぼえず。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
幻ともなくうつゝともなく太鼓の音が或ひは遠く、或ひは近く津波の勢ひで殺到して来る花々しさに巻き込まれて、思はずはねあがると次のやうな歌をうたひながら
バラルダ物語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
無定限な夢の世界から定限あるうつゝの世界へ呼びさました。人は初めてゆるぎなき大地に足を着けて、人間の生活を如實に觀た。物質の力の偉大なことも初めて知ることが出來た。
生みの力 (旧字旧仮名) / 片上伸(著)
女は打ち顫へつゝ、うつゝともなく手を引かれて小走りに駈け出したが、走せつゝも何だか心にかゝる。何かもう一度一寸戸口まで引き返さなければ濟まぬやうな心持があとに引かれる。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
それはうつゝの日でみたどの夕影よりも美しかつた、何の表情もないその冷たさ、透明さ。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
しめやかなおとあめはなほつゞいてゐる。すこしばかりえとするさむさは、部屋へやなか薄闇うすやみけあつて、そろ/\と彼女かのぢようつゝ心持こゝろもちにみちびいてく。ぱつと部屋へやがあかるくなる。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
日出雄少年ひでをせうねんは、そのいづみながれ美麗びれいなる小魚こざかな見出みいだしたとて、うをふに餘念よねんなきあひだわたくしある大樹たいじゆかげよこたはつたが、いつか睡魔すいまおそはれて、ゆめとなくうつゝとなく、いろ/\のおもひつゝまれてとき
なかゆめうつゝうつゝともゆめとも知らずありてなければ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
領巾ひれふるや、夢の足なみ軽らかにうつゝなきさま。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かをり、うつゝにほふ今
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
うつゝの夢を逃れ來て
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
寝ても覚めても夢にもうつゝにも忘れる事が出来ませんで、其の時は諦めますと云って出にかゝったが、お園が何とも云わぬから仕方がない
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
父親の歸りを心配して、小用場の窓から、まぼろしともうつゝともなく、此晩の樣子を見て、そのまゝ氣を喪つてしまつたといふことだ。
唯だアヌンチヤタと別れむことは、猶うつゝとも覺えず。又逢はむ日は遙なる後にはあらで、明日の朝にはあらずやとおもはる。
それは、また所謂、うつゝながら夢のやうでもあつた。あの頃の奥村圭吉が、今の東義一ではないかとさへ思はれるのだ。
花問答 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
夢かうつゝかや是も矢張やつぱり小西屋が破談に成た故で有うあゝ悦ばし嬉しとて手のまひ足のふむ所も知ざるまでに打喜うちよろこび夫ではばんに待てゐるから急度きつとで有るよと念を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
淡きこと水の如きは大人の心か、昔の仇を夢と見て、今のうつゝに報いんともせず、恨みず、亂れず、光風霽月の雅量は、流石は世を觀じたる瀧口入道なり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
彼女が、砂を噛むやうなうつゝと、胸ぐるしい悪夢との間に、さまよつてゐたときだつた。彼女は、何者かが自分を襲つて来るやうな、無気味な感じがした。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
うつゝに於ける我が悲恋は、雪風凛々りん/\たる冬の野に葉落ち枝折れたる枯木のひとり立つよりも、激しかるべし。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
女房共が騒ぐやうに何で此際女などにうつゝを抜かしてゐる筈もないのに……太郎を迎へに寄越すなんて……
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それよりも土地とちて、ゆめともうつゝともわからない種々いろ/\ことのあるのは、べつではない、をんなのために、仕事しごとわすれたねむりさまして、つゝしんで貴老あなたをしへけさせやうとする
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
濁醪どぶろく引掛ひつかける者が大福だいふく頬張ほゝばる者をわら売色ばいしよくうつゝかす者が女房にようばうにデレる鼻垂はなたらしあざける、之れ皆ひとはなあなひろきをしつしりあなせまきをさとらざる烏滸をこ白者しれものといふべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
むねいだきて苦悶くもんするはかたなかりし當時たうじのさまのふたゝうつゝにあらはるゝなるべし。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それさへ狐兎ことゆるに任せ草莱さうらいの埋むるに任せたる事、勿体なしとも悲しとも、申すも畏し憚りありと、心も忽ち掻き暗まされて、夢ともうつゝとも此処を何処とも今を何時とも分きがたくなり
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ぽかりといたら、あさかまへたやうに硝子ガラスそとからわたしのぞいてゐた。ゆめうつゝさかひごろに、ちかくで一ぱつ獵銃れふじうおとひゞいたやうだつけ、そのひゞきで一そうあたりがしづかにされたやうなあさである。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
うつゝの籠に囚はれて
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
夢にうつゝへ難き
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「二十年間、夢にもうつゝにも、口癖くちぐせにいつたのは、——俺はきつと檢校になる、どんな事をしても檢校になる——と」