くり)” の例文
くりけた大根だいこうごかぬほどおだやかなであつた。おしなぶんけば一枚紙いちまいがみがすやうにこゝろよくなることゝ確信かくしんした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
庭を東へ二十歩に行きつくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかくりの木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
親たちは鉱山から少しはなれてはいたけれどもじぶんのくりはたけもわずかの山林もくっついているいまのところに小屋をたててやった。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
髪はうすいくり色で、ごたごたに束ねてあり、後ろの方はもじゃもじゃしていた。身体はきゃしゃで、骨組が細く、動作が手ぬるかった。
西のはずれでたぬき膏薬こうやくなぞを売るように、そこには、名物くりこわめしの看板を軒にかけて、木曾路を通る旅人を待つ御休処おやすみどころもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから太陽が沈み、涼しい夜の空気がくりの木蔭にただよつた時、二人は其処そこに坐つてゐた。ほほと頬とを寄せ合ひ、互ひに腰へ手を廻しながら。
翻訳小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「うん、それはいいところだとも。このとおりけしきはいいし、くりかきはたくさんあるし、こんないいところほかにはあるまい。」
くらげのお使い (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
水無瀬みなせの離宮の風流の御遊びがいと盛んであった際には、古来の歌道のかきもとに対立して、新たにくりもとというたわれ歌の一団が生まれた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小さな梨、粒林檎つぶりんごくりは生のまま……うでたのは、甘藷さつまいもとともに店が違う。……奥州辺とは事かわって、加越かえつのあの辺に朱実あけびはほとんどない。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見得みえかまはずまめなりくりなりつたをべてせておれ、いつでも父樣とゝさんうわさすること、出世しゆつせ出世しゆつせ相違さうゐなく、ひと立派りつぱなほど
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
毛氈もうせんのような草原に二百年もたったかしわの木や、百年余のくりの木がぽつぽつ並んで、その間をうねった小道が通っています。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
客間兼帯の書斎は六畳で、ガラスのまった小さい西洋書箱ほんばこが西の壁につけて置かれてあって、くりの木の机がそれと反対の側にえられてある。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
台山たいさんは叔母の家の持ち山だった。叔父が以前鉄道に勤めていた頃買っておいたとかいう山で、くりの木が植え込まれていた。
そこには臼石うすいしがうずたかく積んであり、そのそばに、亜鉛板トタンいたを樹皮へじかに打ち付けてある枯れかかったくりの木が一本あるのを、よく見ておいた。
大きく叫んだまま、彼の眼はなにものかに吸いつけられ、河童頭かっぱあたまの毛はそそけ立って、じーっと、くりみたいに、五体をかたくすくめてしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
る時は、ごはんの代りに甘薯いもを食べたり、貰つたくりをゆでて、純子ちやんにはやはらかくんで、口うつしに食べさしたりしたこともありました。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
小田原おだわら道了どうりょうさまのお山から取りよせるくりでつくったお赤飯を、母が先生にも差上げたいといったから、持参してお話をして来たと、感慨深そうにした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うりめば子等こども思ほゆ、くりめば況してしぬばゆ、何処いづくよりきたりしものぞ、眼交まなかひにもとなかかりて、安寝やすいさぬ」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
意地が穢くて、摘み食いをするのが得意であり、台所から食堂まで料理を運んで来る間に、くりの甘煮などが一つ二つ減っていたりするのは始終であること。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はツイと立って軒伝いに冷たい雨の頻吹しぶきを浴びながら裏の方に廻って見ると、青いくり毬彙いがが落ち散って
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
この時、風一陣、窓に近きくりこずえものありてみしようなる音す。青年は筆を止めて耳傾くるさまなりしが
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それで二人だけでくりなどをほろほろと音をさせて食べ始めたのも、薫には見れぬことであったからまゆがひそめられ、しばらく襖子の所を退いて見たものの
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
近年、村の柿の木も、くりの木も、れるまでがなっていたことがなかった。みんな待ちきれなかったのだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
源四郎げんしろうはなお屋敷やしきのすみずみの木立こだちのなか垣根かきねのもとから、やほこりのたぐいをはきだしては、物置ものおきのまえなるくりの木のもとでそれをやしている。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あくる日は十三夜で、近江屋でも例年の通りにすすきくりを買つて月の前にそなへた。今夜の月も晴れてゐた。
そこにたいへん大きなくりの木が一本あつて、その枯れた下枝に、小さな蝙蝠かうもりが一匹とまつてゐました。蝙蝠はセンイチを見ても、逃げようともしませんでした。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
赤坂氷川町ひかわまちなる片岡中将の邸内にくりの花咲く六月半ばのある土曜の午後ひるすぎ、主人子爵片岡中将はネルの単衣ひとえ鼠縮緬ねずみちりめん兵児帯へこおびして、どっかりと書斎の椅子いすりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
長女 でもね、よし坊はくりの実をポケットにいっぱい持ってって、三ちゃんに、もういじめないでねって、あやまるんだってさ。よし坊はとても外に出たがるのね。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
先天的に剛に出来ている人と、同じく先天的に柔に出来ている人とあるは、あたかも動物にもかめもあれば海月くらげもあり、植物にもくりもあればいちごもあるがごとくである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼女の眼に村瀬のくり色の肉体が仄見ほのみえた。ただ一つ、菊の花のり場が彼女を思ひ惑はせてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
格幅かっぷくのいゝ身体に豊かに着こなした明石あかしの着物、面高おもだかで眼の大きい智的な顔も一色に紫がゝつたくり色に見えた。古墳の中の空気をゼリーでこごらして身につけてゐるやうだつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
つかねて降る驟雨しゅううしゃくする女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじとはしも取らずお銚子ちょうしの代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色うすねずみいろくりのきんとんを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
客答へて曰く、栗樹は人家ちかき所にるのみ、是より深山にらば一樹をもあたはざるべしと、余又くりを食する能はざるをたんじ、炉辺ろへんくりあぶり石田君もともに大に之をくらふ宿は
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
はては片足進みて片足戻る程のおかしさ、自分ながら訳も分らず、名物くり強飯こわめしうるいえ牀几しょうぎに腰打掛うちかけてまず/\と案じ始めけるが、箒木ははきぎは山の中にも胸の中にも、有無分明うむぶんみょうに定まらず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
道の一方の、小川が森に流れこむほうの側には、かしくりの木立に野葡萄のぶどうつるが厚くからみついて、あたりを洞穴のように真暗にしていた。この橋をわたるのは、世にもつらい責苦だった。
この藪地ジャングルは四方十里、それほどにも渡る広大なもので、沼あり河あり丘あり谷あり、それを蔽うて松、杉、かしわひのき、からまつ、くぬぎくり白楊しろやなぎなどの喬木類が、昼は日光、夜は月光をさえぎ
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「紅茶をれましたからお上んなさい。少しばかりくりでましたから」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
くり 五七・八九 二・九〇 〇・三八 三六・四九 一・一二 一・二二
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
葉子も瑠美子と女中をつれて、潮の退いた岩を伝いながらせせらぎを泳いでいる小魚を追ったりくりいがのような貝を取ったりした。彼女はその毬のなかから生雲丹を掘じくり出すことも知っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ここにこの不慮の椿事ちんじを平気で高見たかみ見物けんぶつをしていたものがあります。さいぜんの武士の一挙一動から、老人の切られて少女の泣き叫ぶ有様を目も放さずながめていたのは、かのくりの木の上の猿です。
町へはいろうとするところに、一本の大きいくりの木があった。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さわるまいぞえ手を出しゃ痛い、伊賀の暴れン坊とくりのいが」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「坊やは何が好き? あり? くり?」とたづねました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
かの郊外の墓地のくりの木の下に
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
くりの電燈はぴつかぴか
虹猫と木精 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
くりのそよげる夜半よは
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
おつぎは晝餐ひる支度したくちやわかした。三にん食事しよくじあとくちらしながら戸口とぐちてそれからくりかげしばらうづくまつたまゝいこうてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その家の前のくりの木の下に一人のはだしの子供こどもがまっ白な貝細工かいざいくのような百合ゆりの十の花のついたくきをもってこっちを見ていました。
四又の百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
アントアネットはきれいなくり色髪の子で、上品で正直なフランス式の小さな丸顔、敏捷びんしょうな眼つき、つき出たひたい、ほっそりしたあご
かぜでもいてくりえだれるやうなあさとうさんがおうちから馳出かけだしてつてますと『たれないうちにはやくおひろひ。』とくりつて
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)