ふる)” の例文
婦人相手のことで、なかなか、その応対が念入りで、私も一生懸命ですから、掛引をするではないが願望を遂げたいために弁をふるう。
もっとも孔は垂直ではなく、途中から横にそれているので、井戸を覗いた感じではなく、勇気をふるえば中へおりて行くこともできる。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
先生はそれを落すために、後ろ向きになって、浴衣を二、三度ふるった。すると着物の下に置いてあった眼鏡が板の隙間すきまから下へ落ちた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでお君さんもほかに仕方がないから、すぐに田中君へ追いつくと、葉をふるった柳の並樹なみきの下を一しょにいそいそと歩き出した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あの万年橋という橋の下に、水車の小屋がありますそうな、そこでお米をいたり、粉をふるったりしてかせぐつもりでございます」
随竜垣に手を掛けて土庇どびさしの上へ飛上って、文治郎鍔元つばもとへ垂れるのりふるいながら下をこう見ると、腕が良いのに切物きれものが良いから、すぱり
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
昔兵威をふるひて天下を取る者は、皆史書に見るところ也。将門天の与ふるところすでに武芸に在り、等輩を思惟するに誰か将門におよばんや。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
己に盛んに飲食させながら、主人は杯にも皿にも手を着けずにゐる。併し此場合に己の食機しよくきふるつたのは、矢張模範として好い事かと思ふ。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
そのまた片っぽには、新聞記事を予審調書のようにして、検事のように論じるのもあれば、弁護士以上の熱弁をふるって弁護するものもあった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おかあさんは伊香刀美いかとみから、どんなことがあっても少女おとめ羽衣はごろもせてはならないと、かたくいいつけられていましたから、つよくびふるって
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
何を……覚えておいでか知らん、大雪の年で、ひさしまで積った上を、やがて、五歳になろうという、あなたを、半てんおんぶでふるって歩行あるいた。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泊めるどころか洋服を着せてやったり、腕環や頸飾りを着けてやったりしているんだから、なおふるってるじゃありませんか。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
くさ邪魔じやまをして、却々なか/\にくい。それにあたらぬ。さむくてたまらぬ。蠻勇ばんゆうふるつてやうやあせおぼえたころに、玄子げんし石劒せきけん柄部へいぶした。
ブラツクウツド雑誌に立て籠つて、クリストフア・ノウスといふ雅号で、何でもござれといつた風に、いろんな方面に得意の才筆をふるつた男だ。
「いつか佛國あつちでお話した時とは大部全體の調子を變へて通俗にしてしまひましたよ。序文だけは然しふるつたつもりです。」
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
「狸とつきあうなんざ、なかなかふるっている。乗りかかった船だ。どんなことだか知らないが、出来ることならやってやろう、言って見るがいい」
とらへんとはかりしもの、これを見て水をくみきたりてあなに入るゝ、こほりたる雪の穴なればはやくは水ももれず、狐は尾をふるはして水にくるしむ。
亭主は四十五六位の正直な男で、せつせとで大豆や小豆あづきに雑つてゐる塵埃ごみふるつてゐるのを人々はよく見かけた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
太祇のみならず天明の秋風の句は一体にふるっておる方ではないようである。さて句意は、蔓草を見るとその蔓の先に秋風は吹いておるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
女装をした男や男装の女の多いのは勿論、すこぶふるつた仮装行列や道化ピエロオ沢山たくさんに出た。男女なんによの大学生が東洋諸国の風俗に扮して歩いて居るのも見受けた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
まなこ閉づれば速く近く、何処いづこなるらんことの音聴こゆ かしら揚ぐれば氷の上に 冷えたるからだ、一ツ坐せり 両手もろてふるつて歌うたへば 山彦こだまの末見ゆ、高きみそら
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ブルブルブル! ふるったのである。その長い頸を振ったのである。水が飛んだのは云う迄も無い。と、首をヌッと上げ、ガーッ、ガーッ! 啼き出した。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは余程ふるっていますよ。なんでも女というものには娼妓のチイプと母のチイプとしかないというのです。簡単に云えば、娼ととでも云いますかね。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
明治の漢詩壇がふるいたるは老人そちのけにして青年の詩人が出たるゆえに候。俳句の観を改めたるも月並連つきなみれんに構わず思う通りを述べたる結果にほかならず候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
何でこの状を目睹もくとして躊躇ちゅうちょすべき。将軍、たちまち着のみ着のまま川の中へ飛び込んで口元をしっかと握り、金剛力をふるい起こし、「エーヤッ」とばかりに引揚げた。
ゾッとしてふるい落すと、彼女の肩から、例の悪魔の象徴赤い蠍の死骸が、ポトリと床に落ちたのであった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おつや (努めて勇気をふるおこして。)いけませんわ。よく考えてみると、警察がやかましいんですよ。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
追ッ払え、という者もあったが、待て待て何流で誰を師にして学んだか訊いてやれという者もあって、取次が面白半分に往復すると、その返辞がまたふるっている。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正雄がある朝十時ごろに、いちを訪ねて行くと、お庄は半襟はんえりのかかった双子ふたこの薄綿入れなどを着込んで、縁側へ幾個いくつ真鍮しんちゅうの火鉢を持ち出して灰をふるっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
甲信武甲の国境を東走して来た秩父山脈は、どの道この辺でこれ位な高度の山を掉尾とうびふるい起して、武蔵野に君臨せしめなければならない筈だ。高さ二千十七米七。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
美人だって? 笑わせやがる。東京の三流の下宿屋の薄暗い帳場に、あんなヘチマの粕漬かすづけみたいなふるわない顔をしたおかみさんがいますよ。あたしには、わかっている。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
村長に致したる處御意をふるふ故村中の者先代憑司が時の取計とりはからひをしたひ汝が村役を上させ先代憑司に仰付られる樣に願ひたるを第一の意趣いしゆぞんじ其上先妻梅事貞實成しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
渋谷しぶやの美術村は、昼は空虚からっぽだが、夜になるとこうやってみんな暖炉ストーブ物語を始めているようなわけだ。其処そこへ目星を打って来たとはふるっているね。考えてみれば暢気のんきな話さ。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
いや、端的に申上げると、このコンクールは群小競争者を簡単にふるい落して、最後に笠森仙太郎と丹波丹六の一騎打の競争になったことは皆様の想像する通りであります。
みね引出ひきだしたるはたゞまいのこりは十八あるべきはづを、いかにしけんたばのまゝえずとてそこをかへしてふるへども甲斐かひなし、あやしきは落散おちちり紙切かみきれにいつしたゝめしかうけとりつう
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
例によって覗いていると、その男はドーブレクに対して流涕りゅうていして哀訴し合掌して嘆願し、最後にはピストルをふるって威嚇したが、ドーブレクはセセラ笑って取りあわない。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
女二人が錯々せっせもみふるったり、稲こきしたりしているに引替え、この雇われた男の方ははかばかしく仕事もしないという風で、すこし働いたかと思うと、すぐに鍬を杖にして
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「隠居さんが采配さいはいふるっている間はいいが、今にいなくなったら博士も困ることだろう。」
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
『僕は唯可笑をかしかつた。口惜しくつて男泣きに泣いたなんかふるつてるぢやありませんか?』
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かしらかみあらば一三〇ふとるべきばかりにすざましく一三一きもたましひそらにかへるここちして、ふるふ振ふ、一三二頭陀嚢づだぶくろより清き紙取りでて、筆も一三三しどろに書きつけてさし出すを
田村俊子たむらとしこ岡田八千代をかだやちよ與謝野晶子よさのあきこ等々とう/\みなふるはないうちに、たゞ一人ひとり時雨女史しぐれぢよしが、三宅みやけやす宇野千代うのちよ平林ひらばやしたいなどのわかひと以上いじやうに、お河童かつぱをんななか餓鬼大將がきだいしやうとして
折よく其處へ主人が歸つて來て、どういふ具合に斷つたものか定めし例の巧みな口前をふるつたのであらう、先づ明晩まで待つて呉れといふ哀願を捧げて、辛くも三人を追ひ歸した。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
とおほめになつて、うちに少々しよう/\のこつてゐたもの褒美ほうびらせました。もちろんひめ難題なんだいにはふるひ、「赫映姫かぐやひめおほがたりめ」とさけんで、またと近寄ちかよらうともしませんでした。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
ところが、あの男はふるってる。負けたらその場で妾を一人ずつ売り飛ばすじゃないか。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
霰は、令一の衣物きものの上に当って、ころころとたもとふるうたびに散ってしまった。けれど頭髪の中に落ちたものや、襟元に溜ったものは、その儘白くなって、体の温味あたたかみで解けかかった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれまはりを掃除さうぢするニキタは、其度そのたびれい鐵拳てつけんふるつては、ちからかぎかれつのであるが、にぶ動物どうぶつは、をもてず、うごきをもせず、いろにもなんかんじをもあらはさぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ねずみみづなかから一びはねて、なほもしさうに全身ぜんしんふるはしてました。『あら御免ごめんよ!』とあいちやんはいそいでさけびました、このあはれな動物どうぶつ機嫌きげんをそこねたこと氣遣きづかつて。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
振返って己の生涯を見れば、走って道がはかどらず、勇をふるって戦いに勝たれず、不幸があっても悲しくないし、幸福があっても嬉しくないし、意味の無い問には意味の無い答が出て来る。
ふるったの振わぬのと翌日の談話にまで興を残したくらいであった、予は随分度数多く参勤した方であるが、文章や歌俳についてこれは得意だなどという話はついに聞かなかったけれど
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
曇るべき月にはすぐに黒くなり、風ある月にはフーフーと音をたてて火がふるうなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)