には)” の例文
ソン将軍は馬をとめ、ひたひに高く手をかざし、よくよくそれを見きはめて、それからにはかに一礼し、急いで、馬を降りようとした。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
太く短く楽しむのか、細く長く楽しむのか、それとも又た夫婦間に衝突のある生活なのか、にはかに決定することの出来ない問題である。
しかれども形勢にはかに一変し、自国の胸底より文学の新気運湧き出でゝ、今や其勢力充実して殆ど全欧を凌駕せんとするに至れり。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
永禄二年正月にはかに浅沼あさぬま檜垣御坊ひがきごばうの宗徒共を御退治可有由仰出あるべきよしおほせいだされ、志太遠江守しだとほたふみのかみに三千餘騎の兵を附て征伐に向はせける。
「本当ですか。」記者はにはかに昂奮かうふんした。「これはすばらしい。あなたはその人の名をよく覚えてゐるんですね。」
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
洗ふ水音みづおと滔々たう/\として其の夜はことに一てんにはかに掻曇かきくも宛然さながらすみながすに似てつぶての如きあめはばら/\と降來る折柄をりから三更さんかう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今まで、一言半句も、文章を生む苦しみを経験せない、永い祖先以来の生活の後、にはかに漢文学を模倣して書くだけの能力は、社会的にまだ熟しても居ない。
叙景詩の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
そのなくやと試みたれど、さらに声の聞えねば、にはかに露の身にさぶく、鳴くべき勢ひのなくなりしかとあはれみ合ひし、そのとし暮れて兄はむなしき数にりつ。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今まで何にも見えなかつた舷側には、この時にはかに砲門がずらりと開いて、大砲がによき/\と頭を出し、前後の甲板には十八サンチ砲がにゆうつとせり上つた。
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「ウラスマル君!」と私はせんかたも尽きて、今はこらへてゐた息をにはかに強く外方へと押し出した。その声につれて、初めて燈火はゆらぎ、太い異人の腕は動いた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
即ち疾驅してこれをくだる。半里程はんりていにして、當面にはかに一大奇山の蜃氣樓のごとく聳立しやうりつしたるを認む。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
しも気遣きづかひたりし身体にはさはりもなくて、神戸直行ちよくかうと聞きたる汽車の、にはかに静岡に停車する事となりしかば、其夜は片岡かたをかの家族と共に、停車場ステーシヨンちかき旅宿に投じぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
『来た、来た。』と、背の低い駅夫が叫んだので、フオームはにはかに色めいた。も一人の髯面ひげづらの駅夫は、中に人のゐない改札口へ行つて、『来ましたよウ。』と怒鳴つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかいくらもたがやさぬうちにちてにはかにつめたくつた世間せけん暗澹あんたんとしてた。おしな勘次かんじしてひど遣瀬やるせないやうな心持こゝろもちになつて、雨戸あまどひかせてくらはうむいぢた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彫像てうざうつたとききた一天いつてんにはかに黒雲くろくも捲起まきおこして月夜つきよながらあらればした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さあ、それを聴いた村の人達は、大変感心しまして、にはかに愚助を「愚助大和尚」とあがめ奉つて、こんな大和尚様を、こんな古寺に置くのは恐れ多いと云つて、早速お寺の改築に取かかりました。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
宗助そうすけさむいとながら、單衣ひとへ寐卷ねまきうへ羽織はおりかぶつて、縁側えんがはて、雨戸あまどを一まいつた。そとのぞくとなんにもえない。たゞくらなかからさむ空氣くうきにはかにはだせまつてた。宗助そうすけはすぐてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「えツ、何だす?」玉江はにはかに生々として来た父の顔を見た。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
これや我が目のにはかにもひしならめ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それと同時に、林の中はにはかにばさばさ羽の音がしたり、くちばしのカチカチ鳴る音、低くごろごろつぶやく音などで、一杯になりました。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
江口君三たび論ずらく、「プロレタリア文学勃興と共に、にはかに色を染め加へし赤大根あかだいこんの輩出山の如し」と。何ぞその痛快なる。
八宝飯 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
老たる人はよろよろたよたよと二人ながら力なささうの風情ふぜい、娘が病ひのにはかに起りて私はもう帰りませぬとて駆けいだすを見る折にも、あれあれどうかしてくれ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
以て久八助命じよめい仰せ付られ下し置れ候樣ひとへに願ひ上奉つり候と頻りに繰返し/\願ひ立ける程に有合一同の者共昨日迄何とも言ざりし吉兵衞がにはかにさへぎつて助命を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『人が悪いなあ。——然し考へて御覧なさい。僕なんかお爺さんになる前に、まだ何か成らなければならんものがありますよ。——ああ、此方こつちを見てる。』にはかに大きい声を出して
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しな夕刻ゆふこくからにはかに痙攣けいれんおこつた。身體からだがびり/\とゆるぎながらあしめられるやうにうしろつた。痙攣けいれん時々ときどき發作ほつさした。そのたびごと病人びやうにんられないほど苦惱くなうする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かれは其処から一里に近い田舎町の旅舎やどや昨夜ゆうべわざ/\やつて来て宿を取つてゐたのであるが、その出した名刺を見た村長は、にはかに言葉を丁寧にして、紳士の綺麗な顔を恐る/\見た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
愛児の不憫ふびんさ、さぐりなれたる母の乳房に離れて、にはかに牛乳を与へらるゝさへあるに、哺乳器のふくみがたくて、今頃は如何いかに泣き悲しみてやあらん、なれが恋ふる乳房はこゝに在るものを
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
宗助そうすけ此朝このあさみがくために、わざといたところけて楊枝やうじ使つかひながら、くちなかかゞみらしてたら、廣島ひろしまぎんめた二まい奧齒おくばと、いだやうらした不揃ぶそろ前齒まへばとが、にはかにさむひかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
にはかに誇大妄想家とならない女が。……
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それから十間ばかり行く間一番おしまひに小屋から出た男は腕を組んで立って待ってゐたがにはかに歩き出してやっぱりついて行った。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
僕はこの頃雑誌の広告などに僕の「筋のある小説」さへ「筋のない小説」と云ふ名をつけられてゐるのを見、にはかにこの文章を作ることにした。
おいたるひとはよろ/\たよ/\と二人ふたりながらちからなさゝうの風情ふぜいむすめやまひのにはかにおこりてわたしはもうかへりませぬとていだすををりにも、あれあれうかして
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うかゞふに是もしづかなれど昨日きのふ駕籠屋かごや善六に頼まれしわかき女なればとあんじて座敷へ入り見れば無慚むざんあけそみて死しゐたり扨こそ彼侍かのさむらひが女を殺して立退たちのきしとにはかに上を下へと騷動さうどう追人おつて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
川底の石は滑かに、流ははやい。岸の智恵子がにはかの驚きに女児こどもらの泣騒ぐも構はずハラ/\してるうちに、吉野は危き足を踏しめて十二三間も夜川の瀬を追駆おつかけた。波がザブ/\と腰を洗つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
にはかにパノラマにでも向つたやうにはつと自分の眼前に広げられた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
地がにはかに二三じやくも低くなつたやうに
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
みんなは七つ森の機嫌きげんの悪い暁の脚まで来た。道がにはかに青々と曲る。その曲り角におれはまた空にうかぶおほきな草穂くさぼを見るのだ。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
はゝ安兵衛やすべゑ同胞けうだいなれば此處こゝ引取ひきとられて、これも二ねんのちはやりかぜにはかにおもりてせたれば、のち安兵衞やすべゑ夫婦ふうふおやとして、十八の今日けふまでおんはいふにおよばず
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし僕は晩年のメリメエの新教徒になつてゐたことを知ると、にはかに仮面のかげにあるメリメエの顔を感じ出した。彼も亦やはり僕等のやうにやみの中を歩いてゐる一人だつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
涼しい水の調しらべに耳を洗ひながら、猶三十分程も進んで行くと、前面むかふが思ひもけずにはかに開けて、小山の丘陵のごとく起伏して居る間に、黄稲くわうたうの実れる田、蕎麦の花の白き畑、欝蒼こんもりと茂れる鎮守の森
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして何か見付けたやうに、にはかに高く笑ひ出した。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
どうしたのか、牛がにはかに北の方へ馳せ出しました。達二はびっくりして、一生懸命追ひかけながら、兄の方に振り向いて叫びました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
誰様どなたも又のちほど遊ばせて下され、これは御世話と筆やの妻にも挨拶あいさつして、祖母ばばが自からの迎ひに正太いやが言はれず、そのまま連れて帰らるるあとはにはかにさびしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「正に徘はいくわいの間、にはかに数人あり、一婦を擁して遠きより来り、この門の外に至る。」
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一室はにはかに水を打つたやうに静かになつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
またもにはかに不平つのり
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かきは顔をしかめて、しよんぼり立つてこの喧嘩けんくわをきいてゐましたがこのとき、にはかに林の木の間から、東の方を指さして叫びました。
かしはばやしの夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
おとしなさるな、とびもならず、にはかに心付こヽろづき四邊あたりれば、はなかぜれをわらふか、人目ひとめはなけれど何處どこまでもおそろしく、庭掃除にはそうぢそこそこにたヾひとはじとはか
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼はひとり寝てゐるのを幸ひ、窓格子に帯をかけて縊死いししようとした。が、帯にくびを入れて見ると、にはかに死を恐れ出した。それは何も死ぬ刹那せつなの苦しみの為に恐れたのではなかつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
せんをねぢって瓦斯ガスを吹き出させ火をつけたら室の中はにはかに明るくなった。署長はまるで突貫する兵隊のやうな勢でその奥の室へ入った。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)