“雫(しづく)” の例文
この壁柱(かべはしら)は星座(せいざ)に聳(そび)え、白雲(はくうん)に跨(また)がり、藍水(らんすゐ)に浸(ひた)つて、露(つゆ)と雫(しづく)を鏤(ちりば)め、下草(したくさ)の葎(むぐら)おのづから、花(はな)、禽(きん)、鳥(とり)、虫(むし)を浮彫(うきぼり)したる氈(せん)を敷(し)く。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
と一と通り詮索して見ましたが、酒は雫(しづく)も殘さなかつたさうで、徳利や猪口は勿論綺麗に洗つて何んの手掛りも殘つては居ません。
かれの雫(しづく)とともに汝その後(のち)書(ふみ)のうちにて我にこれを滴(したゝ)らし、我をして滿たされて汝等の雨を他(ほか)の人々にも降らさしむ。 七六—七八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其処(そこ)をお考へ遊ばしたら、如何(いか)に好かん奴であらうとも、雫(しづく)ぐらゐの情(なさけ)は懸けて遣(や)らう、と御不承が出来さうな者では御座いませんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「へへへ……」少僮(ボオイ)は口を歪めたまゝ、珈琲皿を受取つてなかを覗き込んで見た。不味い珈琲はたつた一雫(しづく)も残つて居なかつた。
おどろいて手にもったその一つぶのばらの実を見ましたら、それは雨の雫(しづく)のやうにきれいに光ってすきとほってゐるのでした。
よく利く薬とえらい薬 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それだのに同(おな)じ雪(ゆき)を戴(いたゞ)いたこゝの庇(ひさし)は、彼女(かのぢよ)にその冷(ひ)え切(き)つた心(こゝろ)を温(あたゝ)められて、今(いま)は惜(を)しげもなく愛(あい)の雫(しづく)を滴(したゝ)らしてゐるのだ。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
俊男はまた頽默(ぐつたり)考込むだ。絲のやうな雨が瓦を滑(すべ)ツて雫(しづく)となり、霤(あまおち)に落ちて微(かすか)に響くのが、何かこツそり囁(さゝや)くやうに耳に入る。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
やがて来る日の悲しさが思はれて胸がいつぱいになつた事などの思ひ出が氷の雫(しづく)と同じやうに心からしみ出すのを覚えた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
午過(ひるすぎ)に歸(かへ)つて來(き)て見(み)ると、御米(およね)は金盥(かなだらひ)の中(なか)に雜巾(ざふきん)を浸(つ)けて、六疊(でふ)の鏡臺(きやうだい)の傍(そば)に置(お)いてゐた。其上(そのうへ)の所(ところ)丈(だけ)天井(てんじやう)の色(いろ)が變(かは)つて、時々(とき/″\)雫(しづく)が落(お)ちて來(き)た。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
雨が少し降りだしてゐまして、その雨の雫(しづく)が木から落ちかゝる度に、二匹の子犬はさも悲しさうに泣きたてるのです。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ほかひ人が、田舎の粗野な人々の石の様な心に、油の様な雫(しづく)をたらして行く。其証拠は、万葉集に、よく現れてゐる。
万葉集の解題 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
この時われ等(ら)が周囲には寂(せき)として何の声も聞えず、唯(た)ゞ忽ち断へ忽ち続く、物寂しき岩間の雫(しづく)の音を聞くのみなりき。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
庭先(にはさき)の栗(くり)の木(き)の枯葉(かれは)からも、枝(えだ)へ掛(か)けた大根(だいこ)の葉(は)からも霜(しも)が解(と)けて雫(しづく)がまだぽたり/\と垂(た)れて居(ゐ)る。庭(には)へ敷(し)いてある庭葢(にはぶた)の藁(わら)も只(たゞ)ぐつしりと濕(しめ)つて居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しつとりと降りそそぐ初秋の雨は、草屋根の下では、その跫音(あしおと)も雫(しづく)も聞えなかつた。ただ家のなかの空気をしめやかに、ランプの光をこまやかなものにした。
海の雫(しづく)の中にゐる小さい動物などを見る Merz(メルツ) の望遠鏡がある。晴れた夜の空の星を見る。これは翁が自然科学の記憶を呼び返す、折々のすさびである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
案じ夏とて谷間に雪あるに郎(をとこ)は單衣(ひとへぎぬ)にて上(のぼ)られぬ梢の雫(しづく)巖(いはほ)の滴(したゝ)り何とてそれにて凌(しの)がれん袷(あはせ)を贈りまゐらせたやとの情彼(か)の孤閨を守る婦(をんな)が夫が遠征の先へ新衣を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「それで帰らうと云ふんだな、帰り給へ。」と注(つぎ)置きのビールを一息に呷つて、「君は帰る家があるから好い。僕は無い。」と唇に流れる雫(しづく)を平手でペツと拭いた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
右に石川郎女の和(こた)え奉った歌は、「吾(あ)を待つと君が沾(ぬ)れけむあしひきの山(やま)の雫(しづく)にならましものを」(巻二・一〇八)というので、その雨雫になりとうございますと
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
述(のべ)ければ先々緩(ゆる)りと安座(あんざ)して火に煖(あた)り給へといふ吉兵衞は世にも有難(ありがた)く思ひ火に煖(あた)れば今まで氷たる衣類(いるゐ)の雪も解(とけ)て髮(かみ)よりは雫(しづく)滴(したゝ)り衣服は絞(しぼ)るが如くなれば彼(かの)男もこれを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
岸(きし)の上(うへ)に集(あつ)まつた一隊(たい)は、それこそ滑稽(こつけい)で觀物(みもの)でした——鳥(とり)の諸羽(もろは)は泥塗(どろまみ)れに、動物(けもの)は毛皮(もうひ)と毛皮(もうひ)と膠着(くツつ)かんばかりに全濡(びしよぬれ)になり、雫(しづく)がたら/\落(お)ちるので體(からだ)を横(よこ)に捩(ひね)つて
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それに、道を急いで来た為に、いやに身体(からだ)は蒸(む)されるやう。襯衣(シャツ)の背中に着いたところは、びつしより熱い雫(しづく)になつた。額に手を当てゝ見れば、汗に濡(ぬ)れた髪の心地(こゝろもち)の悪さ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
目の前に建て連(つら)なつた店々の屋根から、軒から、解けた雪の雫(しづく)が冷たさうにポタポタと落ちる。かつと陽を受けて、雫に濡(ぬ)れた飾窓(ショウウヰンド)のガラスが泣いたやうにギラギラ光つてゐた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
冷たい風が傘の上にぱら/\と雫(しづく)を落した。それ等の音も光も色も彼れは間違ひなく見聞きし得られる五官を具(そな)へてゐながら、自分の知りたいことの些(ちつ)とも分らないのが齒痒かつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
... へてつもりし越(こし)の湖(みづうみ)は五月雨山(さみだれやま)の森の雫(しづく)か」▲柿崎(かきざき)(頸城郡にある駅也) 親鸞聖人(しんらんしやうにん)の詠(よみ)玉ひしとて口碑(こうひ)に伝(つた)へし哥に「柿崎にしぶ/\宿(やど)をもとめしに主(あるじ)の心じゆくしなりけり」按(あん)ずるに
が、船頭は一向平気なもので、無愛想な老爺(おやぢ)の、竹の子笠をかぶつたのが、器用に右左へ棹(さを)を使ふ。おまけにその棹の雫(しづく)が、時々乗合の袖にかかるが、船頭はこれにも頓着する容子がない。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
旋風器(せんぷうき)の起す風はわが髪の雫(しづく)たるる濡髪(ぬれがみ)となるをすら救はず候(さふら)へば、その音(おと)の頭に響く音(おと)の愈(いよ/\)疎(うと)ましく覚え、それも止(と)め候(さふら)うては身は唯(たゞ)𤍠湯の中にあると思はばよからんと心を定め申し候(さふらふ)。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
その雫(しづく)は丁度秋の野の黄色い草に置く露のやうに、籠に凝(こご)りつきました。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
と、お糸さんはちよつぽりと、お出額(でこ)の下の小さな眼に雫(しづく)をうかべて
日本橋あたり (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
時々(とき/″\)白銀(しろがね)の雫(しづく)のポタリと墜(お)つるは、誰(た)が水を汲みて去りしにや。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
春の日のうららにさして行く船は竿(さを)の雫(しづく)も花と散りける
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほそほそと雫(しづく)しだるる糸ざくら西洋婦人濡(ぬ)れてくぐるも
桜 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
上から落ちてくる雫(しづく)はだん/\はげしくなりました。
時男さんのこと (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
われにまた山の鐘鳴るゆふべなり雫(しづく)や多き涙や多き
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子、増田雅子、与謝野晶子(著)
落つる夕日のまんまろな光ながめてひと雫(しづく)。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
若葉して御目(おんめ)の雫(しづく)ぬぐはゞや 芭蕉
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
母(はゝ)ぎみはそよ一雫(しづく)
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
たえまなく雫(しづく)流るる
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
雫(しづく)したたり添ひ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
雫(しづく)こぼるゝ苔(こけ)の上(うへ)
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
傘の雫(しづく)と
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
盂蘭盆(うらぼん)の墓詣(はかまうで)に、其(そ)のなき母(はゝ)を偲(しの)びつゝ、涙(なみだ)ぐみたる娘(むすめ)あり。あかの水(みづ)の雫(しづく)ならで、桔梗(ききやう)に露(つゆ)を置添(おきそ)へつ、うき世(よ)の波(なみ)を思(おも)ふならずや。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
平次が行つた時は道だけは泥濘(ぬかるみ)をこね返してをりましたが、田圃も庭も雪に埋もれて、南庇(みなみびさし)から雪消(ゆきげ)の雫(しづく)がせはしく落ちてゐる風情でした。
楢(なら)の葉はパチパチ鳴り雫(しづく)の音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
谷 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「誰が、彼處(あすこ)へ彼様(あんな)糸(いと)をかけたのだらう。」と周三は考へた。途端(とたん)に日はパツと輝(かゞや)いて、無花果の葉は緑の雫(しづく)が滴(こぼ)るかと思はれるばかり、鮮麗に煌(きらめ)く。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
雨は段々濃(こ)くなつた。雫(しづく)の落(お)ちない場所は僅かしかない。二人(ふたり)は段々(だん/\)一つ所へ塊(かた)まつて来(き)た。肩と肩と擦(す)れ合ふ位にして立ち竦(すく)んでゐた。雨の音(おと)の中(なか)で、美禰子が
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
苛(さいな)まれしと見ゆる方(かた)の髪は浮藻(うきも)の如く乱れて、着たるコートは雫(しづく)するばかり雨に濡(ぬ)れたり。その人は起上り様(さま)に男の顔を見て、嬉(うれ)しや、可懐(なつか)しやと心も空(そら)なる気色(けしき)。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宮川氏のお説教を聴きながら、自分ひとり洋服のまま天国に登つた気持で居た刀自は、吃驚(びつくり)して立ち上つた。裾からは水鳥の尻尾のやうに熱い雫(しづく)がぽた/\落ちて来た。
あしびきの山の雫(しづく)に、妹待つと、我立ち濡れぬ。山の雫に(大津皇子——万葉集巻二)
古代生活に見えた恋愛 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
褒め行くうち山人汗を雫(しづく)と流して大草臥(おほくたびれ)となれば露伴子は此(こゝ)ぞと旅通を顯して飛ぶが如くに上(のぼ)る此(こゝ)に至つて不思議にも始め弱りし梅花道人ムク/\と強くなり山も震ふばかり力聲を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)