したし)” の例文
それにしたしみて神を見、かつ己の真相を知り、以てヨブの如き平安と歓喜をあじわうに至るのである。ヨブ記はこの事を教うる書物である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「奈良の公園に鹿がぱなしにしてあるのは気持が良い。吾々はお蔭で、動物の生活にしたしんで彼等を愛する事が出来るやうになる。」
予の欧洲に赴いた目的は、日本の空気から遊離して、気楽に、真面目まじめに、しばらくでも文明人の生活にしたしむことの外に何もなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
もろい女客などは、朝夕したしんだ宿の女どもといい知れぬ名残の惜まれて、馬車の窓からいくたびか見送りつつ揺られて行くのもあった。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
眼科の医者はこの錯覚(?)の為に度々僕に節煙を命じた。しかしこう云う歯車は僕の煙草にしたしまない二十はたち前にも見えないことはなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
投げやりな父に代り病身な母を助けて店の事をほとんど一人で切盛きりもりしたためもあるが、歴史や文学書にしたしんだので早く人情を解し
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
宗助そうすけべつにそれをにもめなかつた。それにもかゝはらず、二人ふたりやうや接近せつきんした。幾何いくばくならずして冗談じようだんほどしたしみが出來できた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
くさかるかまをさへ買求かひもとむるほどなりければ、火のためまづしくなりしに家をやきたる隣家りんかむかひて一言いちごんうらみをいはず、まじはしたしむこと常にかはらざりけり。
お勝手の格子が開いて、ソロリと入つて來たのは、石原の利助の娘で、平次には日頃恩にもなり、したしみも持つて居るお品。
多助は今年三十一歳、山口屋善右衞門は五十三歳と相成り、主従しゅう/″\したしみの深い事すぐれ、善き心掛けの人ばかり寄りまするとは実に結構な事で。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
汝は一見以て彼らを凡人視することもあらん。彼らは尊大ならず。汝は容易に彼らに近づくを得べく、彼らのしたしやすきが故に、れ易しとなさん。
武士道の山 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
余所目よそめにもうらやまるゝほどしたしげに彼れが首に手を巻きて別れのキスを移しながら「貴方あなた、大事をおとりなさい、うちにはわたくしが気遣うて待て居ますから」
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
三山の親切に対してしいて争う事も出来ずに不愉快な日を暮す間に、大阪の本社とは日に乖離かいりするが東京の編輯局へは度々出入して自然したしみを増し
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
たちましたしみ、忽ちうとんずるのが君のならいで、み合せた歯をめったに開かず、真心を人の腹中に置くのが僕の性分であった。
またともゆめむ。たび蒋侯神しやうこうじん白銀しろがね甲胄かつちうし、ゆきごと白馬はくばまたがり、白羽しらはひてしたしみづからまくらくだる。
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其内に追々進みて近きに来り、瑞暲北宝は無事に群中にありて大に安堵せり。然るにの両種馬は、予が傍らに来りて心あるが如く最もしたしく接したり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
鈴木の女主人おんなあるじは次第に優にしたしんで、立派な、気さくな檀那だんなだといって褒めた。当時の優は黒い鬚髯しゅぜんを蓄えていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
削らざればすなわち朝廷の紀綱立たず。之を削ればしんしたしむの恩をやぶる。賈誼かぎ曰く、天下の治安をほっするは、おおく諸侯を建てゝその力をすくなくするにくは無しと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
他所者たしよものといふが第一、加之それに頑固いつこくで、片意地で、お世辞一つ言はぬたちなもんだから、兎角村人にしたしみが薄い。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一度以前に呼んだことのあるのを覚えていて、年増としま芸者の〆治は、したしげな笑顔で、無造作な口を利きました。私の目的にとっては、それが何よりの幸でした。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さら彼女かのじょはその生涯しょうがいもっと重要じゅうようなる時期じき、十七さいから三十三さいまでを三浦半島みうらはんとうらし、四百ねんぜん彼女かのじょ守護霊しゅごれいしたしめる山河さんが自分じぶんしたしんだのでありました。
年々としどしの若葉ともいふ可きあらたの月日、またない月日、待受けぬ月日、意外の月日、すきになる月日、おそろしい月日は歸つて來ても、過ぎた昔のしたしみのある、願はしい
落葉 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
常に妹のやうにしたしんでゐて軍人の妻君は、今度の戦争で、未亡人とつたのであるから、教授夫人は例の気象とて殆んど自身の不幸のやうに悲しみ、良人にすゝめて
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
わらべヶ丘おかがどれほどの童ヶ丘になりきたったか。この機会にしたしく観て置きたいと私は思ったのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ほしいままに寒風が通り、湖水の光もそれをよろう山嶽も、その山嶽の上に無限に畳まって見える山嶽の雪も、ついに僕をして大戦後に起った熱烈難渋な芸術にはしたしましめなかった。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
貫一は読了よみをはるとひとしく片々きれきれに引裂きて捨ててけり。宮の在らば如何いかにとも言解くなるべし。彼のしたし言解いひとかば、如何に打腹立うちはらだちたりとも貫一の心のけざることはあらじ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は人種同志が持つ特別なしたしみというものが、非常に人間には存在するものだと思っている、よほどの特別仕立ての人間でない限りは、人は同じ人種と結婚したがるものだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「的場へは済生学舎の書生さんたちが来ます。私がこんな恰幅かっぷくをしているものですから、雲岳女史などいってしたしんでくれます」などといって、はつはうれしそうにしていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この半白の頭をした男の人は、さっきより一層したしくなったように木之助には感じられた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
この話は死んだ某氏の娘がしたしく話したのを聞いた人から自分が聞いたのである。
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
冬になって骨あらわに瘠せて見えると「あらお山が寒そうな」という。雪げに見えなくなると、お光は終日ひねもす悵然ちょうぜんとして居る。年とる程したしみが深うなって、見れば見る程山はいよいよいきて見える。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
この中で住友は伊予の別子の銅山を元禄以来開いており、その地は幕府領ではあるが、私の藩が預かっていたから住友と特別のしたしみもあった訳だが、それでも金の事となると随分談判に骨が折れた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
お前の顔は不思議なしたしみのないものに見える
幸福が遅く来たなら (新字旧仮名) / 生田春月(著)
出代に早くしたしむ子供かな 五城ごじょう
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
開き見るに古金こきん許多そくばくあり兵助大いに喜び縁者えんじや又はしたしき者へも深くかくおきけるが如何して此事のもれたりけん隣家りんか山口やまぐち郎右衞門ろゑもんが或日原田兵助方へ來りやゝ時候の挨拶あいさつをはりて四方山よもやまはなしうつりし時六郎右衞門兵助にむかひて貴殿には先達せんだつて古金のいりかめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
くさかるかまをさへ買求かひもとむるほどなりければ、火のためまづしくなりしに家をやきたる隣家りんかむかひて一言いちごんうらみをいはず、まじはしたしむこと常にかはらざりけり。
最も頑固な家族制度の中に旧式な生活を維持している大華族や大富豪ほど四民平等的のしたしみを持ちがたい者はありません。
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
二葉亭も院本いんぽんや小説に沈潜して好んで馬琴ばきん近松ちかまつの真似をしたが、根が漢学育ちで国文よりはむしろ漢文を喜び、かつ深く露西亜文にしたしんでいたから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ページとほさないで、を送ることがあると、習慣上なにとなく荒癈の感を催ふした。だから大抵な事故があつても、成るべく都合して、活字にしたしんだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
滞留期が短くて、すべて表面ばかりを一瞥いつべつして来たに過ぎない予等ですらうであるから、久しく欧洲の内景ないけいしたしんだ人人は幾倍かこの感が深いことであらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鹿太は元服すると間もなく、これまで姉のやうにしてしたしんでゐた丈と、真の夫婦になつた。此頃から鹿太は岡山の阿部守衛あべもりゑの内弟子になつて、撃剣を学んだ。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其際伴氏は上等士官として艦長の代理たり。其際には最もしたしく且つ予と年齢もおなじきを以て最も親くせり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
一度冥途めいど徜徉さまよってからは、仏教にしたしんで参禅もしたと聞く。——小母さんは寺子屋時代から、小僧の父親とは手習傍輩てならいほうばいで、そう毎々でもないが、時々は往来ゆききをする。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
故友に於ては最も王達善おうたつぜんしたしむ。故に其の王助教達善おうじょきょうたつぜんによすの長詩の前半、自己の感慨行蔵こうぞうじょしてまず、道衍自伝としてる可し。詩に曰く
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
昔、あの菅原雅平すがわらまさひらしたしゅう交っていた頃にも、度々このような議論を闘わせた。御身も知ってられようが、雅平まさひらは予と違って、一図に信を起し易い、云わば朴直な生れがらじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
性来多く山水の美にしたしまざりし貫一は、ことに心の往くところを知らざるばかりによろこびて、清琴楼の二階座敷に案内あないされたれど、内にはらで、始より滝に向へる欄干らんかんりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
俺が死ぬんだから、ここで一つ華やかにして見せようというようなのがある。内心、人と和し神としたしみ、心に一点の悔ゆることなく、安らけく死を迎う、これはすこぶる少いものだと思う。
「死」の問題に対して (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私は更に俯瞰ふかんして、二層目の入母屋いりもやいらかにほのかに、それは奥ゆかしく、薄くれないの線状の合歓ねむの花の咲いているのを見た。樹木の花を上からこれほど近くしたしく観ることは初めてである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
されば東洋人はあるいは風月にしたしみ、あるいは詩歌管絃かんげんたのしみに従いて、人生の憂苦をその時だけ忘れるをもって「慰め」と思っている。したがってなお低級なる「慰め」の道も起り得るのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
境遇ところひとこころうつすとやら、自分じぶん現世時代げんせじだいしたしんだのとそっくりの景色けしきなかひしいだかれて、べつすこともなくたった一人ひとりらしてりますと、かんがえはいつとはなしにとおとおむかし