おもて)” の例文
それからまもなく、おもてに自動車のとまる音がして、小林少年が、手に小型のトランクをさげて、書生に案内されてはいってきました。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
毛利右馬頭うまのかみ元就、正頼と一味し、当城へも加勢を入れ候。加勢の大将はそれがしなり、元就自身は、芸州神領おもてへ討出で、桜尾、銀山の古城を
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
此女このをんなくにかられてたのではない、江戸えどつたをんなか知れない、それは判然はつきりわからないが、なにしろ薄情はくじやうをんなだから亭主ていしゆおもてき出す。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
なにとして今日けふはとうなじばすこゝろおなおもてのおたか路次口ろじぐちかへりみつ家内かないのぞきつよしさまはどうでもお留守るすらしく御相談ごさうだんすることやまほどあるを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
現在犬にあやしまれているんです……漁師村をおもてに、この松原を裏にして、別荘があって、時々ピアノが聞えたんで、聞きに来た事もある。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千々岩さんも悪い、悪いがそこをねエ若旦那。こんな事がおもてざたになって見ると、千々岩さんの立身もこれぎりになりますから。ねエ若旦那
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それから三千代のる迄、代助はどんな風にときすごしたか、殆んど知らなかつた。おもてに女の声がしたとき、彼はむね一鼓動いつこどうを感じた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
尋ね出してをつと道十郎殿の惡名をすゝがせん者をと夫より心を定め赤坂あかさか傳馬町でんまちやうへと引取られ同町にておもてながらもいとせま孫店まごだな借受かりうけ爰に雨露うろ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「——ありがとうございました。して、これから大久保おおくぼさまのご本殿ほんでんか、おおもてへまいるには、どこにり口がありましょうか……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのために、うちわのいてあるおもてが、赤黒あかぐろげてしまったのです。そして、しょうちゃんのおかあさんもげてしまいました。
遠方の母 (新字新仮名) / 小川未明(著)
船は二枚棚につくり、上棚の内部を、おもて、胴の間、はざまの間、ともの間の四つに区切り、胴の間は役人溜りで弓矢鉄砲などもおいてある。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おもて二階を借りている伊東さんというカフェーの女給じょきゅう襟垢えりあか白粉おしろいとでべたべたになった素袷すあわせ寐衣ねまきに羽織をひっかけ、廊下から内をのぞいて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しなおもて大戸おほどけさせたときがきら/\と東隣ひがしどなりもりしににはけてきつかりと日蔭ひかげかぎつてのこつたしもしろえてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
このへんから西方雲煙うんえんおもて夕陽せきようの残光を受けて立つ日本アルプスの重畳じゅうじょうは実に雄麗壮大の眺めであった。濃霧の中を冒して渋温泉へ下る。
おもて書きは全部漢字で書くのが得意で、金釘流かなくぎりゅうの大小いろいろまじった字であるが、とにかく配達にはことかかないような漢字を書いていた。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
私は従弟にあたるひとしという二つ年下の子にあてた手紙を半紙に書いて、折り畳んでおもてに「いとこのひとしちゃんへ」と書いた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
おゆうが帰って来たとき、お島は自分の寝床へ帰って、おもての様子に気を配りながら、まんじりともせず疲れた体をよこたえていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今日は子供部屋の畳を取りかえると云って中庭中に、台を持ち出してひどい風に吹かれながら縫いなおしのおもてをさして居た。
通り雨 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この市に住んで醤油の行商をしていた男、留守の家には女房が一人で、或る日の火ともしごろにおもての戸をあけてこの女が外に出て立っている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は彼女がうちにいないと云うことを確かめるために、二階にかけ上がりました。私は二階にかけあがりながら、偶然に窓からおもてをチラッと見ました。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
とうさんがおうちおもてあそんでりますと、何時いつでもさかうへはうからりてて一しよるのは、この三らうさんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
たとえ思想は絶対的であっても、これを言葉に発するときには、思想の上も下も、前も後も、おもてうらも、ことごとく同時に言い現すことは出来ぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
夫婦と覺しき男女なんによおもてをのみ飾りたる衣をまとひて板敷の上に立ちたるが、客をぶことの忙しさに、聲は全くれたり。
如何どうでもましょうといって、ソレカラ私儀わたくしぎ大阪おもて緒方洪庵こうあんもとに砲術修業に罷越まかりこしたい云々うんぬんと願書を出して聞済ききずみになって、大阪に出ることになった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
街道にはもう往来おうらいも絶えた。おもてもうす暗くなつた。亭主もいよ/\思ひ切つて店を仕舞はうとするところへ、いつもの女の影が店のまへにあらはれた。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「江戸おもてから、取調べの役人がまいられて、この証拠の菅笠を御見付けになったが、それ——この黒い所は血じゃ」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
一、百韻は初折しょおりおもて八句裏十四句、二の折表十四句裏十四句、三の折表十四句裏十四句、四の折表十四句裏八句なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
緑色にとおった小天地、白い帆かけ舟が一つ中にともした生命いのちの火のつゞく限りいつまでもと其おもてはしって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
備後びんごの国に入れば、もう広島県であります。備後といえばすぐ「備後表びんごおもて」や「備後絣びんごがすり」の名が浮びます。おもてとは畳表のことで、良質を以て名が聞えます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この基本訓練がすんで、むしろこれはむずかしいものだということがわかる時があって、おもて芸に入るのである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
通りに大きな鉄の門があつて、一直線に広い石の路次ろじがある。夜はその片側にが一つともる。路次ろじの上には何階建てかのおもての家があることは云ふ迄もない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たぶん退けのおそい駅員がおもてを通るのだろう。それも、ゆっくり自分の家に帰って行く途中に違いない。まさか泥坊どろぼうをしに庭の塀をじ登っているのではあるまい。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
うちじゅうたずねまわっても、うらからおもてへとさがまわっても、もうどこにもくず姿すがたえませんでした。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ただいとふにはゆるは彼方あなたの親切にて、ふた親のゆるしし交際のおもて、かひな借さるることもあれど、唯二人になりたるときは、家も園もゆくかたもなう鬱陶いぶせく覚えて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
酒場さかばじゅうのものが色をうしなってさわぎたてた。ちょうどきあわせていた警官けいかんは、さすがにほかの者たちよりは落ちついており、すぐにおもてのドアをしっかりとしめてやった。
この豪邁なる感傷の歌を声高く歌って、暮れ行く海のおもてをながめている時、不意に潮が満ちて来て、その足もとを洗ったものですから、茂太郎が、あっ! と驚きました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何年かおもてがえをしたことのない、真黒くなって処どころに穴のあいた畳のことを考えてみた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
藤澤へ來ると、相模屋といふ茶店のおもて通に五六人の人が立つて騷いで居るぢやありませんか。
ふと繪葉書屋ゑはがきやおもてにつり出した硝子張がらすばりのがくの中にるともないをとめると、それはみんななにがし劇場げきぢやう女優ぢよいうの繪葉書で、どれもこれもかね/″\見馴みなれた素顏すがほのでした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
毎日それらの話が見て来たように伝えられたが、二十六日の日に、内府殿が秀頼様へ御挨拶のため大坂おもてへ御出ましになり、それと共に父も大坂へ送られたことが知れて来た。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふとおもて河岸かわぎしでカーンカーンと岩をたたく音がした。二人はぎょっとして聞き耳をたてた。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一円紙幣で百枚! 全然まるで注文したよう。これを数える手はふるえ、数え終って自分は洋燈ランプの火をじっと見つめた。直ぐこれを明日銀行に預けて帳簿のおもてを飾ろうと決定きめたのである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
縱令よし天保の法度が出なかつたとした所で、よしまたその爲めにおもてを質素にし裏を贅澤にすると云ふ樣な傾向にならなかつたとした所で、派手な冬の衣裳は周圍と調和せぬのである。
海郷風物記 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
要吉の仕事しごとの第一は、毎朝まいあさ、まっさきにきて、おもての重たい雨戸あまどをくりあけると、年上の番頭ばんとうさんを手伝てつだって、店さきへもちだしたえんだいの上に、いろんなくだものを、きれいに
水菓子屋の要吉 (新字新仮名) / 木内高音(著)
が食事が済んで、肩を並べておもてへ出ると——すぐもう冗談まじりの気軽な会話が始まった。どこへ行こうと何の話をしようとどうでも結構な、ひまで何不足ない連中のやるあれである。
ところが、七回のおもてに、いっきょ、その二点を取りかえされ、同点に追いこまれてしまった。こうなると、アールクラブの選手せんしゅたちは、追われる者の心ぼそさを感じないわけにはいかない。
星野くんの二塁打 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
舟のおもての屋根のように葺くのでありますから、まことに具合好く、長四畳ながよじょうへやの天井のように引いてしまえば、苫は十分に日も雨も防ぎますから、ちゃんと座敷のようになるので
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
幸子は一人おもて格子こうしさんを両手で握ってごとごとゆすっていた。彼女は二つだ。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
もしなおかかる者をして囚徒を取り締らしめんには、囚徒は常に軽蔑を以て取締りを迎え、おもてに謹慎を表していんに舌を吐かんとす、これをしも、改化遷善を勧諭する良法となすべきやは。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
俺とか君とか鈴木とか、おもてに出てしまった人間なんて、チットも恐ろしくない。これからは顔の知られない奴だって。彼奴きゃつ等だって、ちァんと俺たちの運動の方向をつかんだ云い方をするよ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)