いそ)” の例文
そのうち船がある小さな島を右舷に見てそのいそから十町とは離れないところを通るので僕は欄に寄り何心なにげなくその島をながめていた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
近くのいそ茶屋で、そのまま歓送の宴が張られた。遅れせに見送りに来た藩士も加えて、人数はいつか二十名近くにもなっている。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄どんよりと曇り掛けた空と、その下にあるいそと海が、同じ灰色を浴びて、物憂ものうく見える中を、妙に生温なまぬるい風が磯臭いそくさく吹いて来ました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ここいらの鼻垂はなったらしは、よういそだって泳げようか。たかだかせきでめだかをめるか、古川の浅い処で、ばちゃばちゃとふなるだ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いそに波が砕けるように、どどん、どどん、と云うしぶきを上げ、車室の中までびしょびしょになるので、皆あわてて窓を締めた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「入りぬるいその草なれや」(みらく少なく恋ふらくの多き)と口ずさんで、そでを口もとにあてている様子にかわいい怜悧りこうさが見えるのである。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
故郷のさまが今一度その眼前に浮かぶ。母の顔、妻の顔、けやきで囲んだ大きな家屋、裏から続いたなめらかないそあおい海、なじみの漁夫の顔……。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私の心は千里はなれたいそにいて、浪にくるくる舞い狂っていたのである。私のはじめての本の出版。それで、すべてに、合点がついた。宿題。
部屋の下はすぐ海で、いそのにおいが強く鼻にくる。そのにおいは俺に、海を渡ってはるばる朝鮮へ行くのだということを改めて胸に浮ばせる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
稻妻いなづま! おまへ何處どこつたの、さあ、これから競走かけつくらだよ。』と、わたくしひざからをどつて、いぬ首輪くびわをかけて、一散いつさんいそなみかたはしした。
その間も寂しい鬼が島のいそには、美しい熱帯の月明つきあかりを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子やしの実に爆弾を仕こんでいた。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小さい島はどこでも同じようであるが、後は山、前は海、いその松風、波の音、捕われ人の心を慰めるには、余りにもわびしい寒々とした景色であった。
しおが大きく退く満月の前後には、浦粕うらかすの海はいそから一里近い遠くまで干潟ひがたになる。水のあるところでも、足のくるぶしの上三寸か五寸くらいしかない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いそにうちよせてくる小波さざなみに、さぶ/\足を洗はせながら、素足で砂の上を歩くのは、わけてたのしいことでした。
さがしもの (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
それは風の無い夢の中のようなで、あとから後からとふくらんで来て、微白ほのじろいそに崩れているなみにも音がなかった。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いそからは、満潮のさざめき寄せる波の音が刻々に高まりながら、浜藻はまもにおいをめた微風に送られてひびいて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いそがプーンと高く、三人の鼻をうった。すばらしく大きい、れたばかりとうなずかれる新鮮な栄螺だった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
朝早あさはやく、いそ投釣なげづりをしてゐるひとがありました。なかなかかゝらないので、もうやめよう、もうやめようとおもつてゐました。と一ぴきおほきなやつがかかりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
場所は川原でなくともいそばた・海のほとり、または遠くの見える丘の上・橋のたもとなどを選ぶこともあった。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
貝類はいそにて集むる事も有り、干潟ひかたにてひろふ事も有り、時としては深く水をくぐりてことも有りしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
これに引換え出雲の方はおだやかで温かで細かいところがあります。男性と女性とにもたとうべきでしょうか。一方は波風の烈しいいそがそうさせたのかも知れません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
紀州田辺の紀の世和志と戯号した人が天保五年に書いた『弥生やよいいそ』ちゅう写本に、厳島いつくしまの社内は更なり、町内に鹿夥しく人馴れて遊ぶ、猴も屋根に来りてつどう。
潮風しおかぜに吹き流されて。この島のいそにでも打ちあげれば、あまの子が拾うてたきぎにでもしてしまうだろう。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
なんぞやあともかたもこひいそあはびの只一人ひとりものおもふとは、こゝろはんもうらはづかし、人知ひとしらぬこゝろなやみに、昨日きのふ一昨日をとゝひ雪三せつざう訪問おとづれさへ嫌忌うるさくて、ことばおほくもはさゞりしを
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いそは、人形を草の上に寝かしました。柔かい青い草は、ほんとに気持のよい寝床でした。
博多人形 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
いそうへふる馬酔木あしび手折たをらめどすべききみがありとはなくに 〔巻二・一六六〕 同
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その日よりして三好の家に辰弥の往復はいそ打つ波のひまなくなりぬ。善平との間はさながら親戚みうちのごとくなれり。家内の皆々は辰弥のこのたびの事件におもなる人なることを知りぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
一体こういう馬鹿げた形のものが、生きていることさえ不思議なのに、実際に南海のいそのほとりに地質年代の昔からずっと生存を続けて来ているということは、全く論外の沙汰さたである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
こう一は、あたまに、いろんなことをかんがえながら、はらっぱのなかに、まって、えびを鼻先はなさきへぶらさげてにおいをかいでみました。まだ、うみおよいでいた時分じぶんの、いそのこっていました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
さかなとりべます。さかなはひとりでにいそがってます。あなってその中にかくれて、とりこえをまねていると、とりはだまされてあなの中にとびんでます。それをとってべるのです。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
温くて呆んやりしていて、いそはマチスの絵にあるようななぎさだ。——古奈では白石館と云うのに泊った。ここでは芸者が一時間壱円で、淋しかったのでてるはと云うひとに三時間ほどいて貰った。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
みずうみも山もしっとりとしずかに日が暮れて、うす青い夕炊きの煙が横雲のようにただようている。舟津のいその黒い大石の下へ予の舟は帰りついた。老爺も紅葉の枝を持って予とともにあがってくる。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
石油かんに、海がめやふかの油を入れ、小さなあなをいくつかあけて、二缶も三缶も、海に投げこんだ。しかし、岩にあたってあれくるい、まきあがるいその大波には、油のききめは、まったくなかった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
宇津木兵馬はその駕籠を守って、差出さしでいそにさしかかります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「福島いそ……といふ人が居ますか。」
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
さあ、あなた、いそへ出ませう
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
東海とうかい小島こじまいそ白砂しらすな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
春の風いその月夜は唯白し
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
港屋の二階に灯が一つついて、汽車のふえがヒューと鳴るとき、おれの乗っていた舟はいその砂へざぐりと、へさきをつき込んで動かなくなった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みのほかに、ばんどりとてたものあり、みのよりははうおほもちふ。いそ一峯いつぽうが、(こし紀行きかう)に安宅あたかうらを一ひだりつゝ、とところにて
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それと、妻の静に、妻の母のいそ禅師ぜんじと、わずか四人を連れたきりであったと、四天王寺の僧は、後で、取調べをうけた鎌倉の武士へ語った。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ているうちに小舟が一そういそを離れたと思うと、舟から一発打ち出す銃音つつおとに、游いでいた者が見えなくなった。しばらくして小舟が磯にかえった。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「寒いですねえ、こちらは。いその香がしますね。海から、まっすぐに風が吹きつけて来るのだから、かなわない。こちらは、毎晩こんなに寒いのですか?」
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
いそにはたまにする木が生えていたり、真珠を持った貝があったりするから、黄金こがねときれいなきぬをどっさり積んだ商人船あきんどぶねが都の方から来て、それと交易かえかえして往くことがあるよ
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まだ老翁ろうおうの記憶のさかいまで、その利用は単純を極めており、前代文献の書き伝えたかぎりでは、舟はただいそづたいにぎめぐり、たまたま二つの海角かいかくの間を直航するときだけは
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なみ江丸えまるさへ無事ぶじであつたら、わたくしうまかぢをとつて、ぐに日本につぽんまでおくつてあげるのだが、此前このまへ大嵐おほあらしばんに、とうとういそ打上うちあげられて、めちや/\になつて仕舞しまつたから
いそは、可愛かあい博多人形を持っていました。その人形は、黒い薔薇色ばらいろほおを持った、それはそれは可愛かあいらしい人形でありましたから、お磯はどの人形よりも可愛がっていました。
博多人形 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
大君おほきみみことかしこみいそ海原うのはらわたる父母ちちははきて 〔巻二十・四三二八〕 防人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
左の方から、例のいそッ臭い汐風しおかぜが吹いて来る度に、その青白いひらひらは一層数が多くなって、しわがれた、老人の力のないせきを想わせるような、かすれた音を立てながらざわざわと鳴って居る。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから一月ほど御側おそばにいたのち、御名残り惜しい思いをしながら、もう一度都へ帰って来ました。「見せばやなわれを思わむ友もがないそのとまやのしばいおりを」——これが御形見おかたみに頂いた歌です。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)