のき)” の例文
紅き石竹せきちくや紫の桔梗ききょう一荷いっかかたげて売に来る、花売はなうりおやじの笠ののき旭日あさひの光かがやきて、乾きもあえぬ花の露あざやかに見らるるも嬉し。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一面の日当りながら、ちょうの動くほど、山の草に薄雲が軽くなびいて、のきからすかすと、峰の方は暗かった、余りあたたかさが過ぎたから。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のきの低い家の立ち並んだ町を、あちらへ曲りこちらへくねりしているうちに、やがて見覚えのある大通りの町が目の前に現われた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その石町の大提燈というのは、そのころ石町に、のきに大提燈をつるした、名代のうまいもの屋があった。その家のことだった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かみもおはしまさば我家わがやのきとゞまりて御覽ごらんぜよ、ほとけもあらば此手元このてもとちかよりても御覽ごらんぜよ、こゝろめるかにごれるか。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
蔓草は壁に沿ってのきまで這上り、唐館は蜻蛉とんぼ羽蟻はありの巣になっていると見えて、支那窓からばったや蜻蛉がいくつも出たり入ったりしている。
晩餐ばんさんをはると踊子をどりこさそ太鼓たいこおとやうやしづけた夜氣やきさわがしてきこはじめた。のきつた蚊柱かばしらくづれてやが座敷ざしきおそうた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
にや輪王りんのうくらゐたかけれども七寶しつぱうつひに身に添はず、雨露うろを凌がぬのきの下にも圓頓ゑんどんの花は匂ふべく、眞如しんによの月は照らすべし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
傘が触って入口ののきに竿を横たえて懸けつるしてあった玉蜀黍とうもろこし一把いちわをバタリと落した途端に、土間の隅のうすのあたりにかがんでいたらしい白い庭鳥にわとりが二
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、その門の下は、斜めにつき出した高いのきに、月も風もさえぎられて、むし暑い暗がりが、絶えまなく藪蚊やぶかに刺されながら、えたようによどんでいる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
両側の店はのきのある限り提灯をつるして居る。二階三階の内は二階三階の檐も皆長提灯を透間すきまなく掛けて居る。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
荒涼たる曠野に、のきも傾いた古い樓臺が一つ聳え、そこへ一人の男が上つて、髮を振り亂して叫んでゐる。
盈虚 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
家ののきにいで家僕しもべが雪をほらんとてうちおきたる木鋤こすきをとり、かのつらゝをうちをらんとて一打うちけるに
のきに高くってある鸚鵡おうむ秦吉了いんこかご、下に置き並べてある白鳩しらはとや朝鮮鳩の籠などを眺めて、それから奥の方に幾段にも積みかさねてある小鳥の籠に目を移した。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
破風はふは正面に向いていて、家の他の部分全体ほどの大きさの軒蛇腹のきじゃばらのきと表口との上にある。窓は狭くて奥深く、窓ガラスが非常に小さくて窓枠がたくさんある。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
一枚だけ明け放した雨戸の隙から型ばかりに吊ってあるのきの古簾の目を通して、梅雨明けのカラリと晴れ上った空に一つ二つ星がキラめいているのが見えていた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
のき傾き壁くずるというほどならねど、位置が位置とて古木森々として昼さえ人足まれなれば、夜は一層もの寂しさ言わん方なきに、このほどよりその堂の後方にて
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
のきの鶏小屋には餌が木箱に残され、それがひっくりかえって横になっていた。ドアは閉め切ってあった。屋内はひっそりして、薄気味悪く、中にはなにも見えなかった。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
欄干てすりに片手載せて、あなたちょいと御覧なさいと小歌が云うのを、貞之進は立ちもせず振向けば、水にも雲が映って居るというだけのことで、先刻さきがた小歌が出て居た中村楼なかむらやのき
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
内端うちは女心をんなごゝろくにもかれずこほつてしまつたのきしづくは、日光につくわう宿やどしたまゝにちひさな氷柱つらゝとなつて、あたゝかな言葉ことばさへかけられたらいまにもこぼれちさうに、かけひなか凝視みつめてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
水のような月の光が畳の上までさし込んで、庭の八手やつでまばらな葉影はあわく縁端にくずれた。蚯蚓みみずの声もかすかに聞こえていた。螢籠ほたるかごのきに吊して丸山さんと私とは縁端に並んで坐った。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
はじかえでなんどの色々に染めなしたる木立こだちうちに、柴垣結ひめぐらしたる草庵いおりあり。丸木の柱に木賊もてのきとなし。竹椽ちくえん清らかに、かけひの水も音澄みて、いかさま由緒よしある獣の棲居すみかと覚し。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そこは湿地のためか育ちがよくて、すくすくと伸びますので、御節供おせっくのきくといって、近所の人がもらいに来るのでした。根を抜くと、白い色に赤味を帯びていて、よい香がします。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
文学という殿堂ののきを深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三本ずつ束にしたこのような枯枝がのきから下っていた——に心を打たれた。
理髪肆とこやの男の白いころもは汚れてるし、小間物屋ののきは傾いてるし、二階屋の硝子窓は塵埃ほこりに白くなつてるし、肴屋さかなやの番台は青く汚くなつてるし、古着屋の店には、古着、古足袋、古シヤツ
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして、のきも柱も濃い色のペンキで塗上げた支那料理屋や、下町の活々した街から追詰おひこくられて来たと思ふ寂れた古本屋や、外に通ふ亭主の手助けする薄資本の煙草屋やが、カツ/\店を張つて居た。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
それはすぐ頭上にちて来そうな感じがして、正三の視覚はガラス窓の方へつっ走った。向うの二階ののきと、庭の松のこずえが、一瞬、異常な密度で網膜に映じた。音響はそれきり、もうきこえなかった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
のき寢鳥ねとりはくくくと悲しさうに空氣をふるはせてなく
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
○竹の露しとどのき打つ夜半もあり
見たこともない氷柱つららすだれのきに下がっており、銀の大蛇おろちのように朝の光線に輝いているのが、想像もしなかった偉観であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
駅前の俥は便たよらないで、洋傘かさで寂しくしのいで、鴨居かもいの暗いのきづたいに、石ころみち辿たどりながら、度胸はえたぞ。——持って来い、蕎麦二ぜん
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のき風鐸ふうたくをつるし、丹塗にぬりの唐格子のはまった丸窓があり、舗石の道が丸くッた石門の中へずッと続いている。源内先生は
前も同じつくりの長屋で、両方から重なりあっているのきが、完全に日光をさえぎり、昼間も、とろんとよどんだ空気に、ものの腐った臭いがする。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
のきづたいに丞相の府内へ忍び込みましたが、その時には俳優が舞台で用いる付け髯を顔いっぱいに付けて、二尺あまりの高い木履ぽくり穿いていました。
荒涼たる曠野に、のきも傾いた古い楼台が一つそびえ、そこへ一人の男が上って、髪を振り乱して叫んでいる。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
卯平うへいはすや/\と呼吸こきふ恢復くわいふくしたまゝくちかない。ぴしや/\と飛沫しぶきどろりつゝ粟幹あはがらのきからもゆきけてしたゝいきほひのいゝ雨垂あまだれまないでよるつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
幾時代もたっているのでまったく古色蒼然そうぜんとしていた。微細な菌が、こまかにもつれた蜘蛛くもの巣のようになってのきから垂れさがり、建物の外側一面をおおいつくしている。
傘が触つて入口ののきの竿に横たへて懸け吊してあつた玉蜀黍の一把をバタリと落した途端に
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
わが昔の家に近かりし処に禅宗寺ありけるが星を祭るとてしょくあまたともし大般若だいはんにゃの転読とかをなす。本堂ののきの下には板を掲げて白星黒星半黒星などをえがき各人来年の吉凶を示す。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ひかげはもうヴェランダののきを越して、屋根の上に移ってしまった。さおに澄み切った、まだ秋らしい空の色がヴェランダの硝子戸を青玉せいぎょくのように染めたのが、窓越しに少しかすんで見えている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
松の袖垣すきまあらはなるに、葉は枯れてつるのみ殘れるつたえかゝりて、古き梢の夕嵐ゆふあらし、軒もる月の影ならでは訪ふ人もなく荒れ果てたり。のきは朽ち柱は傾き、誰れ棲みぬらんと見るも物憂ものうげなる宿やどさま
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
毛氈もうせんを敷いて金屏風を引きまわし、のきには祭礼の提灯を掛けつらね、客を大勢招んで酒宴をしながら、夜もすがらさざめいて明けるのを待っている。
けやきの樹を挾んで、草屋根ののきに赤い提灯をならべ、黒ずんだ格子をつらねた芳屋、樽や、玉川などの旅籠はたごに、ずっこけ帯の姐さんたちが、習慣的な声で
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やがてのきの瓦を踏む音がして、彼は家根やねから飛び下りて来たので、獄卒は先ずほっとして、ふたたび彼に手枷足枷をかけて獄屋のなかに押し込んで置いた。
京の先斗町ぽんとちょうをでも思い出させるような静かな新地には、青柳あおやぎに雨が煙ってのきに金網造りの行燈あんどんともされ、入口に青い暖簾のれんのかかった、薄暗い家のなかからは
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
惘然ばうぜんとして自失じしつして卯平うへいわらびた。かれあわてゝ戸口とぐちしたときすであか天井てんじやうつくつてた。けぶりは四はうからのきつたひてむく/\とはしつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
てたり。大路おおじの人の跫音あしおと冴えし、それも時過ぎぬ。坂下に犬のゆるもやみたり。ひとしきり、一しきり、のきに、棟に、背戸のかたに、と来て、さらさらさらさらと鳴る風の音。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新緑の間に鯉のぼりのはためく、日の光に矢車のきらめく、何と心よいものではないか。のきの菖蒲こそ今は見えぬが、菖蒲湯のすが/\しい香り、これも一寸古俗に心ゆかしさを感じさせられる。
菖蒲湯 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
嘗て一古寺に遊ぶ、のき朽ち柱傾き、破壁摧欄、僅に雨露を凌ぐ。
人生終に奈何 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)