左程さほど)” の例文
大学をやめて新聞屋になる事が左程さほどに不思議な現象とは思わなかった。余が新聞屋として成功するかせぬかはもとより疑問である。
入社の辞 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
◆容貌 蒙古人種モンゴリアン系の大きな顔で、赤味がかった頭髪はまだ左程さほど禿げていず、全体に醜くはないが、好男子という程でもない。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
仕合せなことには、賊が血の垂れるのを防ぐ為に、傷口を固く縛って置いてくれたので、出血も左程さほどでなく、ようやく一命をとりとめたのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この深山しんざんすこしばかり迂回うくわいしてかへつたとて、左程さほどおそくもなるまい、またきわめて趣味しゆみあることだらうとかんがへたので、わたくし發議はつぎした。
幸ひに風が無いので、火勢は左程さほど四方には蔓延まんえんせぬけれど、下の家の危さは、見て居ても、殆ど冷汗が出るばかりである。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
左程さほどにもない距離に思われても、歩いてみると案外、紆余うよ曲折のあるのが山道の常で、日本左衛門の飄々乎ひょうひょうこたる姿を、沢辺さわべの向うに見ていながら
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皆さん、従来、日本では黴毒患者の結婚ということが、左程さほどの大問題とはなって居ないようですが、私は花嫁となる人が気の毒でなりませんでした。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
余は幸ひ苺作には力を入れらざりし為め左程さほどにも無之候これなくさふらへども、目下のところ五百ドル程の負債出来奮闘真最中に候。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
とあるのにちょうして明かで、その頃の京都の市中から馬を走らせて行く分には、左程さほどの道のりではなかったであろう。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あいちやんはれを左程さほどおどろきませんでした、種々いろ/\不思議ふしぎ出來事できごとには全然すつかりれてしまつて。それがところますと、突然とつぜんれがあらはれました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それは生の時、その茎葉を揉めば、既に一種の香のある事が分るけれど、しかしその時は左程さほど佳くは感じない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「豪儀じゃ、豪儀じゃ、そちは左程さほどになけれども、そちの身に添う慾心がに大力じゃ。大力じゃのう。ほめ遣わす。ほめ遣わす。さらばしかと預けたぞよ」
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
北海道ほくかいだう移住後いぢゆうご冬時とうじ服裝ふくさうは、内地ないちりしときほとんどことならず。しかして當地たうち寒氣かんき左程さほどかんぜざるのみならず、凍傷とうしやうとう一度いちどをかされたることあらず。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
女中がお車がそろいましたと云って来た。揃いましたは変だとは思ったが、左程さほど気にも留めなかった。霽波が先に立って門口に出て車に乗る。安斎も僕も乗る。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夫は左程さほど日に焼けもせず、相変らずの元気で、東京へ着いた晩に旅館から叔父さんのうちまでお栄を送りに行つて、夜の十時頃までも叔父さんと二人で話し込んだ位だ。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
明治も改元して左程さほどしばらく経たぬ頃、魚河岸うおがしに白魚とあゆを専門に商う小笹屋という店があった。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この嫁の問題で少し家内がごたごたする。男一人と女二人というような配合で、一人の女に気はあるが、の一人の女には左程さほど気が無く、それがごたごたの原因である。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
世間一般の人は左程さほどに思わざるべけれども、唯学者にして始めてこの苦痛の苦味を知るべきのみ。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「持病とあれば左程さほど案じることもなかろう、なおるまで逗留とうりゅうして、それから出発せらるるがい」
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「かしこまりまして御座る。三里と申しても四里近く御座ろうが。道は左程さほどでも——」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
申し付るこそ重役も左程さほど目の無きものどもにもあるまじ殊に其の方が面體めんていかくまで愚鈍うつけ者とも見えず是程のわきまへなきこともあるべからず是には何か仔細しさいあらんとじり/\眞綿まわたで首を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そういう詮議せんぎを必要としない程統一せられていて、読者は左程さほど解釈上思い悩むことが無くて済んでいるのは、視覚も聴覚も融合した、一つの感じで無理なく綜合そうごうせられて居るからである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
友「宜しゅうございます、そう云う腹の腐った女でございますなら思いきりますから、女房にょうぼにでも情婦いろにでも貴方あなたの御勝手になさい、左程さほど執心しゅうしんのあるお村なら長熨斗ながのしをつけて上げましょう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
 〽先や左程さほどにも思やせぬのに、こちゃ登りつめ、山を越えて逢いにゆく。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私達は此の急崖の縁に孤立した岩壁の中途の段の上に立って暫く躊躇した、南日君は狭間を下りて崖上りを試みようとする。下りるのは左程さほどでもないが登るのが危険であるから強いて留める。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
さればと謂ツて、ナンセンスといふ方では無い。相おうに苦勞もあれば、また女性のまぬがれぬ苦勞性のとこもある。無垢むくか何うか、其れは假りに問として置くとして、左程さほど濁つた女で無いのは確だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
山楂子の実は甘酸あまずっぱい味がして、左程さほどまずくもないそうだけれど、そのほこりだらけなのに怖毛おじけをふるって、私達はとうとう手が出なかった。この山楂子売りはハルビン街上風景の一主要人物である。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それについては津浪襲來つなみしゆうらい常習地じようしゆうちといふものがある。この常習地じようしゆうちみぎしるしたような地震ぢしん見舞みまはれた場合ばあひ特別とくべつ警戒けいかいようするけれども、其他そのた地方ちほうおいては左程さほど注意ちゆうい必要ひつようとしないのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
が、寺は其反対に荒れ果てて、門は左程さほどでもなかったが、突当りの本堂も、其側そのそば庫裏くりも、多年の風雨ふううさらされて、処々壁が落ち、下地したじの骨があらわれ、屋根には名も知れぬ草が生えて、ひどさびれていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ですがね、恨みという奴は、恨まれる方では左程さほどに思わなくても、恨む側には何層倍も強く感じられる場合が、往々あるものですからね」
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
有名になった事が左程さほどの自慢にはならぬが、墨汁一滴のうちであんに余を激励した故人に対しては、此作を地下に寄するのが或は恰好かっこうかも知れぬ。
こんな奴は自分で自分の身体からだを弱くしようしようと掛かっている馬鹿者と見える。太陽の光線ひかりに当るのが左程さほどこわければ、来生らいせい土鼠もぐらもちにでも生れ変って来るがいい。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
けれども段々読む中には又左程さほどでもなく、次第々々にやすくなって来たが、その蘭学修業の事は扨置さておき、も私の長崎にいったのは、ただ田舎の中津の窮屈なのがいやで/\たまらぬから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その揺れ方をしっかと覚えていなければならん筈だのに、それを左程さほど覚えていないのがとても残念でたまらない……もう一度生きているうちにああいう地震に遇えないものかと思っている。
そんぜられ其方左程さほどに再吟味致し度とあれば勝手かつてにせよと立腹りつぷくの體にて座を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此の間、彼の頭に殘るやうな出來事と謂へば、ただ生母せいぼくなられた位のことであつた。それすら青春せいしゆんの血のゆる彼に取つては、些と輕い悲哀を感じた位のことで、決して左程さほどの打撃では無かつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それに天性の見栄坊みえぼうも手伝って、矢張やっぱり某大家のように、仮令たとい襟垢えりあかの附いた物にもせよ、兎に角羽織も着物もつい飛白かすりの銘仙物で、縮緬ちりめん兵児帯へこおびをグルグル巻にし、左程さほど悪くもない眼に金縁眼鏡きんぶちめがねを掛け
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
左程さほどおもきをかなくとも差支さしつかへない注意ちゆういであるようにおもふ。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
新聞では左程さほど重大に扱っているわけでもなく、文句も極簡単なものであったが、紋三の眼にはその記事がメラメラと燃えている様に感じられた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(其中にはずかしい議論も織り込まれてはいるが)ただ装飾的で左程さほどひとの情緒をそそる事の出来ないものもあると申し添えなければならなくなります。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忽然たちまち樣々さま/″\妄想まうぞう胸裡こゝろわだかまつてた、今日こんにちまでは左程さほどまでにはこゝろめなかつた、こく怪談くわいだん
聞ん爲斯來りしなり是非とも語り給へと云ひければ白水翁左程さほどに申さるゝことならば是非なきにより語り申さん先づ此よるときは其もとまさし給ふべしと申に靱負ゆきへ呵々から/\わらひ何人か世に生れて死せざるの道理だうりあらんや我幾年の後死するや白水翁はくすゐおう曰く今年死し給は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私は左程さほどにも感じぬけれど、死んだ深山木といい、諸戸といい、曲者はただこの品物を手に入れたいばっかりに、人を殺したのだと云っている。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昨日迄は擦れ合ふ身體から火花が出て、むく/\と血管を無理に越す熱き血が、汗を吹いて總身そうみに煑浸み出はせぬかと感じた。東京は左程さほどに烈しい所である。
京に着ける夕 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
下方したゆるのは矢張やはり印度洋インドやうなみで、ことによつたらマダカツスルじま西方せいほうか、アデンわんおきか、かく歐羅巴エウロツパへん沿岸えんがんには、左程さほどとほところではあるまいとおもはれた。
安井やすゐ餘所よそながらたいといふ好奇心かうきしんは、はじめから左程さほどつよくなかつただけに、乘換のりかへ間際まぎはになつて、まつたおさえつけられてしまつた。かれさむまちおほくのひとごとあるいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
露子は意を決して真暗な林中に入って行った、入って見ると、歩行も左程さほど困難では無く
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
おだやかにかされたとき宗助そうすけれい左程さほどになるほどいたんでゐないとこと發見はつけんした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
孟子の所謂いわゆる恒産無き者は恒心無しとでもうものか、多少でも財産や田畑でんぱたのある者は左程さほどでもないようだが、その他の奴等に至っては、どれもこれも、汗水流して少しばかりの金を儲けるよりは
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)