中空なかぞら)” の例文
やまくづして、みねあましたさまに、むかし城趾しろあと天守てんしゆだけのこつたのが、つばさひろげて、わし中空なかぞらかけるか、とくもやぶつて胸毛むなげしろい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空なかぞらへ、まるであやつり人形のように、ちゃんと立止ったではありませんか?
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木立生ひ繁るをかは、岸までりて、靜かな水の中へつづく。薄暗うすぐらい水のなかば緑葉りよくえふを、まつさをなまたのなかば中空なかぞらの雲をゆすぶる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
さわやかなかぜが、中空なかぞらきわたりました。いつたか、まんまるなつきが、にこやかに、こちらをわらっていました。
酒屋のワン公 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ほんのりと暗い中空なかぞらには、弱々しい星影が七つ八つ、青びれて瞬いてゐた。月は星を呑んで次第/\に高く上る。町からはモウ太鼓の響が聞え出した。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
腕も頭も中空なかぞらに失せる。唯ひとり敗殘のからだの上を吹過ぎる東の風が當來たうらいに向つて、生の原子の香を送るばかりだ。
さしあげた腕 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
まことに、わが国高山の指標とまで言われる、われら偃松族の住みかこそは、光明あまねく満ち渡った、青雲の向か伏す中空なかぞらの、別乾坤中の別乾坤けんこんなのだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
すわやと銃を打ち放せばやがてまた羽ばたきして中空なかぞらを飛びかえりたり。この時の恐ろしさも世の常ならず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
月は中空なかぞらにさえて、町には人の通りもなかった。姫はすぐに侍女のさきへ駈け抜けて、侍女が橋のたもとまで来たときに、彼女はもう橋の中ほどまで渡っていた。
鎔鉱炉ようこうろ平炉へいろから流れ出すドロドロの鉄の火の滝。ベセマー炉から中空なかぞらに吹上げる火のと、高熱瓦斯ガスの大光焔。入れ代り立代り開く大汽鑵ボイラー焚口たきぐち。移動する白熱の大鉄塊。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ながれめての方にて折れ、こなたのくが膝がしらの如く出でたるところに田舎家二、三軒ありて、真黒まくろなる粉ひき車の輪中空なかぞらそびえ、ゆんには水にのぞみてつき出したる高殿たかどの一間ひとまあり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
別段別嬪べっぴんとは思わないが、『源氏物語』の中の花散る里——柳亭種彦りゅうていたねひこの『田舎源氏』では中空なかぞらのような、腰がふといようで柔らげで、すんなりしていて、すそさばきのきれいなのが
たちまち、中空なかぞらに凄じいかけりの音が聞え、翼の丈、一間半もあろうかと思われる大鷲が、ゾヨゾヨと尾羽を鳴らしながら舞い降りて来て、むざんに案山子の頭に襲いかかったのである。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ムーア本には「清き中空なかぞらより第一の圓にいたるまでのどけき姿にあつまりて」とあり
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
するとなかから、くもちのぼり、そのくも真中まんなかで、ぱっとったとおもうと、なかから、うつくしいとりして、こえをしてうたいながら、中空なかぞらたかいのぼりました。
まだ何処やらに夕ばえの色が残っている中空なかぞらに暗く濃く黒ずみわたっていた。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
春も初春しょしゅんでもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花さくらが爛熳と咲き乱れて、稍々ややめようという所だ、遠く霞んだ中空なかぞらに、美しくおぼろおぼろとした春の月が照っている晩を
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
降り乱れみぎはこほる雪よりも中空なかぞらにてぞわれはぬべき
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
暮れぬめりすみれ咲く野の薄月夜うすづくよ雲雀ひばりの声は中空なかぞらにして
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
中空なかぞらに紫あかる月夜雲九十九里の浜の春のしづかさ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大赤城おほあかぎかみ中空なかぞらそびやぐ肩を秋のかぜ吹く
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
中空なかぞらは晴れてうららかなのに
春と修羅 第二集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
丁度ちやうどわたしみぎはに、朽木くちきのやうにつて、ぬましづんで、裂目さけめ燕子花かきつばたかげし、やぶれたそこ中空なかぞらくも往來ゆききする小舟こぶねかたちえました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
庭の橄欖かんらん月桂げっけいは、ひっそりと夕闇に聳えていた。ただその沈黙がみだされるのは、寺のはとが軒へ帰るらしい、中空なかぞら羽音はおとよりほかはなかった。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木立こだちひ繁る阜は岸までつづく。むかひの岸の野原には今一面の花ざかり、中空なかぞらの雲一ぱいに白い光がかすめゆく……ああ、またべつの影が來て、うつるかと見て消えるのか。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
また、あるときはしらさぎにまじって、かぜに、そして、うみうえれて、どちらをても黒雲くろくもがわきたつようなに、なみって中空なかぞらにひるがえることをまなんだのです。
紅すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
流れめての方にて折れ、こなたのくがひざがしらのごとくいでたるところに田舎家二三軒ありて、真黒なる粉ひき車の輪中空なかぞらにそびえ、ゆん手には水にのぞみてつきだしたる高殿の一間あり。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
揃いも揃うた昔に変る日焼づらひげ蓬々ぼうぼうたる乞食姿で、哀れにもスゴスゴと、なつかしい京外れの木賃宿に着いたのが、ちょうど大文字山の中空なかぞらに十四日月のほのめきむる頃おいであった。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やがて定刻間近く檸檬シトロン夾竹桃ロオリエ・ロオズにおおわれたるボロン山の堡塁ほうるいより、漆を塗ったるがごとき南方あい中空なかぞらめがけて、加農砲キャノン一発、轟然どうんとぶっ放せば、駿馬しゅんめをつなぎたる花馬車、宝石にもまごう花自動車
はるかなり我が中空なかぞら
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雪がそのままの待女郎まちじょろうになって、手を取って導くようで、まんじともえ中空なかぞらを渡る橋は、さながらに玉の桟橋かけはしかと思われました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空なかぞらに垂れた北斗の星が、茶碗ちゃわん程の大きさに光っていました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひろ野原のはらはしんとして、だれ一人ひとりとおるものもなかったのです。くろ常磐木ときわぎもりこうにだまってきでています。かぜ中空なかぞらをかすめて、両方りょうほうみみれるようにさむかったのであります。
酔っぱらい星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ああ月は美しいな、あのしんとした中空なかぞら
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
はるかなり我が中空なかぞら
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこで小児こどもは、鈴見すずみの橋にたたずんで、前方むこうを見ると、正面の中空なかぞらへ、仏のてのひらを開いたように、五本の指の並んだ形、矗々すくすく立ったのが戸室とむろ石山いしやま
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、その内に眼の下の部落からは、思いもよらない火事の煙が、風のえた中空なかぞらへ一すじまっすぐに上り始めた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その梯子は鉄で出来ている、極めて幅の狭い、やっと一人がようやくにして登れるかと思う程の梯子であった。それが中空なかぞらに急な傾斜で、二本の長い竿を並行して立てかけたように懸っていた。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
時雨しぐれ村雨むらさめ中空なかぞらを雨の矢數やかずにつんざきぬ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
すさまじくいなないて前足を両方中空なかぞらひるがえしたから、小さな親仁おやじは仰向けにひっくりかえった、ずどんどう、月夜に砂煙がぱっと立つ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東山の上が、うす明るく青んだ中に、ひでりにやせた月は、おもむろにさみしく、中空なかぞらに上ってゆく。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
中空なかぞらの山けたたましをどり過ぐる火輪くわりんの響。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
と見ると、どうしたことかさ、今いうその檜じゃが、そこらになんにもない路を横断よこぎって見果みはてのつかぬ田圃の中空なかぞらにじのように突出ている、見事な。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるでけものの牙のやうな刀樹の頂きを半ばかすめて(その刀樹の梢にも、多くの亡者が纍々と、五體をつらぬかれて居りましたが)中空なかぞらから落ちて來る一輛の牛車でございませう。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時雨しぐれ村雨むらさめ中空なかぞらを雨の矢数やかずにつんざきぬ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
ゆきそのまゝの待女郎まちぢよらうつて、つてみちびくやうで、まんじともゑ中空なかぞらわたはしは、宛然さながらたま棧橋かけはしかとおもはれました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
まるでけものの牙のやうな刀樹の頂きを半ばかすめて(その刀樹の梢にも、多くの亡者が纍々るゐ/\と、五体をつらぬかれて居りましたが)中空なかぞらから落ちて来る一輛の牛車でございませう。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
中空なかぞらの山けたゝまし跳り過ぐる火輪かりんの響。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
すさまじくいなゝいて前足まへあし両方りやうはう中空なかぞらひるがへしたから、ちひさ親仁おやぢ仰向あふむけにひツくりかへつた、づどんどう、月夜つきよ砂煙すなけぶり𤏋ぱツつ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
するとその印を結んだ手のうちから、にわかに一道の白気はっき立上たちのぼって、それが隠々と中空なかぞらへたなびいたと思いますと、丁度僧都そうずかしらの真上に、宝蓋ほうがいをかざしたような一団のもやがたなびきました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)