まと)” の例文
こうして、現実の敗北と架空な戦勝との不思議なまとい合せのまま時が経つうちに、その矛盾の間から、深刻な社会問題が生れて来た。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
胡麻塩羅紗ごましほらしやの地厚なる二重外套にじゆうまわしまとへる魁肥かいひの老紳士は悠然ゆうぜんとして入来いりきたりしが、内の光景ありさまを見るとひとしく胸悪き色はつとそのおもてでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
山の井の家には薬局、受附など真白まっしろな筒袖の上衣をまとって、粛々と神の使であるがごとく立働くのが七人居て、車夫が一人、女中が三人。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
後から暗い影の附きまとっているような東京を離れて、独りで遠くへ出るにしても、母親の体の落着きを見届けておかなければならぬとも思った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鰍の群れはこの冷たい水を喜んで、底石にまとわりながら上流へのぼってゆく。そのころ瀬をあさる鰍押しの網に入ったものが、一番上等といえるのである。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
娘は手に持っていた団扇うちわをさし上げた。蛍の光はそれにちょっとまとわったが、低く外れて海の上を渡り、また高く上って、星影に紛れ込んで見えなくなった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その節子の初心なところが彼女の若いことを証拠立てていて、かえっていじらしく岸本の心にまといついた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえばその昔女郎の足にまとわって居た下駄だとか、或いは高家の隠居が愛用して居た莨入たばこいれだとか、そういったトリヴィアルなものに、特殊な床しい美が発見されるのです。
幼き頃の想い出 (新字新仮名) / 上村松園(著)
谷間の岩を縫ひつ、まとひつ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
脊の高い瘠男やせおとこの、おなじ毛糸の赤襯衣を着込んだのが、法衣ころもらしい、坊主袖の、ぶわぶわするのを上にまとって、すねを赤色の巻きゲエトル。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四つも五つも年上のこの女に附きまとわれるのをうるさがって、二階にいた中江という書生も、そのころはどこへか引っ越して行方ゆくえが知れなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
此の御方を母とし、御前様おんまへさまを夫と致候て暮し候事も相かなひ候はば、私は土間にね、むしろまとさふらふても、其楽そのたのしみぞやと、常に及ばぬ事をこひしく思居りまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
まだ丑松が師範校の窓の下で歴史や語学の研究に余念も無い頃に、もう彼の若い夫婦は幼いものにまとひ付かれ、朝に晩に『父さん、母さん』と呼ばれて居たのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その瀟洒しょうしゃ風采ふうさいは、あたかも古武士がよろいを取って投懸けたごとく、白拍子が舞衣まいぎぬまとうたごとく、自家の特色を発揮してあまりあるものであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お今は荷物などを作る自分の傍に、始終着きまとって離れなかった静子に声かけながら、かどを離れて行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何か職業を尋ね顔に、垢染あかじみた着物を身にまとひ乍ら、素足のまゝで土を踏んで行くものもあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
宮は鳩羽鼠はとばねずみ頭巾ずきんかぶりて、濃浅黄地こいあさぎぢに白く中形ちゆうがた模様ある毛織のシォールをまとひ、学生は焦茶の外套オバコオトを着たるが、身をすぼめて吹来るこがらし遣過やりすごしつつ、遅れし宮の辿着たどりつくを待ちて言出せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
きりかすれて、ひた/\とまとひつく、しもかとおもつめたさに、いたが、かれ硝子がらすおもてをひたとけたまゝ、身動みうごきもしないで見惚みとれた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この三、四日、何だか家中うちじゅう引っ掻き廻されているような、一種の不安が始終頭脳あたまに附きまとうていたが、今夜の女の酒の飲みッぷりなどを見ると、一層不快の念がきざして来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恍惚こうこつとしてひとみを凝らしたりしが、にわかにおのれがまといし毛布ケットを脱ぎてけたれども、馭者は夢にも知らで熟睡うまいねせり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そっちこちで悪いうわさが耳に入り、そのうち放浪時代から付きまとっていた、茨城いばらき生まれの情婦が現われたりして、彼女が十年働いてめた貯金も、あらかたその手切れに引きされてしまった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
見ろ、あの竜宮に在る珠は、悪竜がまとめぐって、その器に非ずしてみだりに近づく者があると、呪殺すと云うじゃないか。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣びゃくえまといて、死骸しがいのごとく横たわれる、顔の色あくまで白く、鼻高く、おとがい細りて手足は綾羅りょうらにだも堪えざるべし。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乞食僧はその年紀とし三十四五なるべし。寸々ずたずたに裂けたる鼠の法衣ころもを結び合せ、つなぎ懸けて、辛うじてこれをまとえり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……とびらあさうして、しかくらおくに、一人面蛇体にんめんじやたいかみの、からだを三うねり、ともに一ふりつるぎまとうたのが陰影いんえいつて、おもてつるぎとゝもに真青まつあをなのをときよ。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
柳の影を素膚すはだまとうたのでは、よもあるまい。よく似た模様をすらすらと肩もすそへ、腰には、淡紅ときの伊達巻ばかり。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つまを高々と掲げて、膝で挟んだあたりから、くれないがしっとり垂れて、白い足くびをまとったが、どうやら濡しょびれた不気味さに、そうして引上げたものらしい。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
虎の皮には弱ったと見えて、火の車を飛ばした三個みつの鬼が、腰に何やらん襤褸ぼろまとっていた、は窮している。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鯰入ねんにゅう。花道より、濃い鼠すかしの頭巾ずきんつら一面に黒し。白き二根にこんひげ、鼻下より左右にわかれて長くすそまで垂る。墨染の法衣ころもまとい、ひれの形したる鼠の足袋。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
刺身ッていやあ一寸試いっすんだめしだ、なますにすりゃぶつぶつぎりか、あのまた目口めくちのついた天窓あたまへ骨がつながって肉がまといついて残る図なんてものは、といやな顔をするからね。ああ
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
刺身さしみツていやあ一寸試いつすんだめしだ、なますにすりやぶつ/\ぎりか、あのまた目口めくちのついた天窓あたまほねつながつてにくまとひついてのこなんてものは、といやかほをするからね。あゝ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と見るとしゃちに似て、彼が城の天守に金銀をよろった諸侯なるに対して、これは赤合羽あかがっぱまとった下郎が、蒼黒あおぐろい魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
霜威そうい凜冽りんれつたる冬の夜に、見る目も寒く水を浴びしとおぼしくて、真白の単衣ひとえは濡紙を貼りたる如く、よれよれに手足にまといて、全身の肉附は顕然あらわに透きて見えぬ。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともの優しい、客は年の頃二十八九、眉目秀麗びもくしゅうれい瀟洒しょうしゃ風采ふうさいねずの背広に、同一おなじ色の濃い外套がいとうをひしとまとうて、茶の中折なかおれを真深う、顔をつつましげに、脱がずにいた。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
制服をまといたる判事、検事は、赤と青とカバーを異にせるテーブルを別ちて、一段高き所に居並びつ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昨夜ゆうべ、この露路に入った時は、紫の輪袈裟わげさを雲のごとく尊くまとって、水晶の数珠じゅずを提げたのに。——
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じつながめる、と鳥居とりゐはしらなかへ、をんな姿すがたいてうつる……木目もくめみづのやうにはだまとふて。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
又水の上を歩行あるいて来たものがある。が船に居るでもなく、すそが水について居るでもない。たかく、霧とおんなじねずみの薄い法衣ころものようなものをまとって、むこうの岸からひらひらと。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またみづうへ歩行あるいてたものがある。がふねるでもなく、すそみづについてるでもない。たかく、きりおんなじねずみうす法衣ころものやうなものをまとつて、むかうきしからひら/\と。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あの、雪に、糸一条ひとすじかからぬか、と疑えば、非ず、ひたひたと身に着いた霞のようなきぬをぞまとう。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとところには矢張やツぱり丈足たけたらずのむくろがある、とほくへけてくさなかけたが、いまにもあとの半分はんぶんまとひつきさうでたまらぬから気臆きおくれがしてあし筋張すぢばると、いしつまづいてころんだ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其の鎧の、「ゆらぎ糸の紅は細腰にまとひたる肌着のくかとなまめいたり。」綺麗ぢやありませんか。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もとところにはやっぱり丈足じょうたらずのむくろがある、遠くへけて草の中へけ抜けたが、今にもあとの半分がまといつきそうでたまらぬから気臆きおくれがして足が筋張すじばると石につまずいて転んだ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またまったく心持の可い時でないと見えんから、見えない時でも見るように、見るようにと心掛ける——それでも、散らかって、まとまらないで、更に目に宿らん事が多い。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
召連れたる下男は銀平という、高田が気に入りの人非人。いずれも法衣ころもまといたる狼ぞかし。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なれども、僧都が身は、こうした墨染の暗夜やみこそけれ、なまじ緋の法衣ころもなどまとおうなら、ずぶぬれ提灯ちょうちんじゃ、戸惑とまどいをしたえいうおじゃなどと申そう。おしも石も利く事ではない。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
啊呀あなやと見る時、別なるがまたうなじまといて左なるとからみ合いぬ。恐しき声をあげて浅尾のうめきしが、輪になり、さおになりて、同じほどのくちなわすじともなく釜の中よりうねり出でつ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つやのある護謨布ゴムぬのおおいかけた、小高い、およそ人の脊丈ばかりな手術台の上に、腰にまとったくれないこぼるるばかり両の膚を脱いだ後姿は、レエスの窓掛をすか日光ひのひかりに、くッきりと
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と胸のうちで繰返して、その目と、髪と、色艶いろつやと、一つ一つまとまり掛けると……おぼえがある!
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卯辰山うたつやまの山のにあって、霞をまとい、霧を吸い、月影に姿を開き、雨夜あまよのやみにもともし一つ、百万石の昔より、往来ゆききの旅人に袖をあげさせ、手をかざさせたものだった、が、今はない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)