えん)” の例文
月は一庭のじゆらし、樹は一庭の影を落し、影と光と黒白こくびやく斑々はん/\としてにはつ。えんおほいなるかへでの如き影あり、金剛纂やつでの落せるなり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
入口のふすまをあけてえんへ出ると、欄干らんかんが四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭をへだてて、表二階の一間ひとまがある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
贅肉いぼあるもの此神をいのり、小石をもつていぼをなで、社のえんの下の𥴩子かうしの内へなげいれおくに、日あらずしていぼのおつる事奇妙なり。
これが精一杯のお世辞の挨拶あいさつだといふやうに、ぶつきら棒に云つた。そして直ぐえんから盆栽棚のたくさん並んでゐる庭へ下りて行つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
猫ならば鼠を捕って新しいうちに食うから、自分も肥え太りまたその辺も片付くのだが、猫入らずでは天井裏やえんの下に不用なものが残る。
屋敷の中に穴をほって隠れて居ようか、ソレでは雨の降るときに困る。土蔵のえんの下に這入はいって居ようか、し大砲で撃れると困る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
町「たとえ此の山奥で餓死うえじにするとも野天のでんで自殺は後日の物笑い、何者のすまいかは知らぬが、少々おえんを拝借いたします、南無阿弥陀仏/\」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
低いえんに腰を掛けたような具合にごくあぶみの紐を短くして足を折って乗って居る。男でも女でも皆乗り方は同じです。私共も始めは大変に困りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
第十 常居ゐま濕氣しめりけすくな日當ひあたりよくしてかぜとほやうこゝろもちし。一ヶねん一兩度いちりやうどかなら天井てんじやうまたえんしたちりはらひ、寢所ねどころたかかわきたるはうえらぶべきこと
養生心得草 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
この二人の姿が消えると、芝居で観る久松のような丁稚でっちが這入って来た。丁稚は大きい風呂敷包をおろしてえんに腰をかけた。どこへか使つかいに行く途中と見える。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
えんへ立って見ると、どうやら、河口へ出た家鴨あひるを、通りがかりの小舟が、網を投げかけたので、驚ろいて橋の下を越して、沖へ出ていったものらしかった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
二十年前までは椿岳の旧廬きゅうろたる梵雲庵の画房の戸棚の隅には椿岳の遺作が薦縄搦こもなわからげとなっていた。余り沢山あるのでえんの下にほうり込まれていたものもあった。
そして、しばらくものをもはずにかんがんだやうにしてゐると、きふみぢかくなつたやうに、けはなしてあるえんはうからうすくらかげはじめるのであつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
寄て見ると左の拇指と人指し指とをいためて居りました——。えんから飛出した時暗がりから不意にり付けたのを短銃ぴすとるで受止めたが切先きが余つてきずつひたのです——。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
わし手早てばや草鞋わらじいたから、早速さツそく古下駄ふるげた頂戴ちやうだいして、えんからとき一寸ちよいとると、それれい白痴殿ばかどのぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山林いえくらえんの下の糠味噌瓶ぬかみそがめまで譲り受けて村じゅう寄り合いの席にかたぎしつかせての正坐しょうざ、片腹痛き世や。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
杉を磨いた丸柱の前にかたまって、移庁論の影弁慶が、南部だとか北部だとか、鮭の鑑定でもないことを云って居るのがあれば、その後をめぐえん欄干らんかんもたれかゝって
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
かいと謂ツても、ンの六でふで、一けん押入おしいれは付いてゐるが、とこもなければえんも無い。何のことはないはこのやうなへやで、たゞ南の方だけが中窓になツてゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
西洋料理人でも日本料理人でも今の有様はえんの下の力持、誰が好い腕を持っている、誰が何料理を得意にすると各々おのおの独得の技倆ぎりょうを持っていながららに世人へは知れていません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
見れば小さな仕事部屋に幾つかの素材と、二、三の簡素な道具とが散らばっている。それだけだが家のえんには彼が刻んだ素晴らしい角型の火鉢が無造作に使われているではないか。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
家がいたづらに広いばかりで陽が当らない——一つは雪が五尺も六尺も一晩に降るために、防寒を第一の目的として建てられたこの国の家屋は、南のえんでも庇が深くて日当りがわるいから
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
今日とりてはしき事をしましたと談次だんじ、先生にわかにたちえんの方にいでらる。
不意に驚く正雄のひざを突のけつつえんの方へと駆けいだすに、それとて一同ばらばらと勝手より太吉おくらなど飛来るほどにさのみも行かず椽先の柱のもとにぴたりと坐して、堪忍かんにんして下され
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
アヽ何かおつかさんにらひにでも来て、留守といふのに気を落したのではないかと、フト私の心に浮んでは、巾着きんちやくの一銭銅貨が急にやりたくなり、考へ直すいとまもなくえんを下りて、一ト走り
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
離れるものは没義道もぎどうに離れて行く。未練も会釈えしゃくもなく離れて行く。玄関から座敷に引き返した小夜子は惘然もうぜんとして、えんに近く坐った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
贅肉いぼあるもの此神をいのり、小石をもつていぼをなで、社のえんの下の𥴩子かうしの内へなげいれおくに、日あらずしていぼのおつる事奇妙なり。
子供のキャッチボールのそれ球をわんわんのようにってえんの下にさがしに行ったりどろだらけな靴下をつくろってやることもあります。
枝折戸しをりどぢて、えんきよほどに、十時も過ぎて、往来わうらいまつたく絶へ、月は頭上にきたりぬ。一てい月影つきかげゆめよりもなり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
わか坊様ばうさまれてかはつこちさつさるな。おら此処こゝ眼張がんばつてるに、)と横様よこさまえんにのさり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかるにその年の夏のはじめ、一匹のかわずえんから座敷へ這上って、右お部屋様の寝間の蚊帳かちょうの上にヒラリと飛び上ったので、取あえず侍女こしもと共を呼んでその蛙を取捨てさせた所が
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
も一度立って、廻りえん障子しょうじも、次のへのふすまも、丸窓の障子もみんな明けて来た。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私の父といふは三つのとしえんから落て片足あやしき風になりたれば人中に立まじるも嫌やとて居職いしよくかざり金物かなものをこしらへましたれど、気位たかくて人愛じんあいのなければ贔負ひいきにしてくれる人もなく
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「また始めやがツた。」と俊男はまゆの間に幾筋いくすぢとなくしわを寄せて舌打したうちする。しきり燥々いら/\して來た氣味きみで、奧の方を見て眼をきらつかせたが、それでもこらえて、體をなゝめに兩足をブラりえんの板に落してゐた。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
高坏たかつき、茶碗、皿、壺、鉢など見たいと思ったものがえんにずらりとならぶ。その現物と一々照し合せ、画を描いて寸法を定め注文にとりかかる。天目てんもく白磁はくじとの両方である。凡てで幾百個になったのか。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
えんから足をぶらさげれば、すぐとかかとこけに着く。道理こそ昨夕は楷子段はしごだんをむやみにのぼったり、くだったり、仕掛しかけうちと思ったはずだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
会葬者は、座敷にもえんにも並み余り、本堂の周囲の土に立っている。わたくしは会葬者中の親族席を見廻す。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ヒイヽン! しつ、どうどうどうと背戸せどまわひづめおとえんひゞいて親仁おやぢは一とううま門前もんぜん引出ひきだした。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
春にいたれば寒気地中より氷結いてあがる。その力いしずへをあげてえんそらし、あるひは踏石ふみいしをも持あぐる。冬はいかほどかんずるともかゝる事なし。さればこそ雪も春はこほりそりをもつかふなれ。
えん栗山桶くりやまおけがおいてあって、御簾みすのかかっているうちの話に移っていった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
まをすまいと思ふ時はどうしても嫌やでござんすとて、ついと立つてえんがはへいづるに、雲なき空の月かげ涼しく、見おろす町にからころと駒下駄こまげたの音さしてゆきかふ人のかげ分明あきらかなり、結城さんと呼ぶに
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「私? 私はね、そうね——裏二階がいいわ——まわえんで、加茂川がすこし見えて——三条から加茂川が見えても好いんでしょう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日向ひなたえんなどに小さい眼をおとなしくしばたたいて居る所などの氏は丁度ちょうど象かなどの様に見えます。
春にいたれば寒気地中より氷結いてあがる。その力いしずへをあげてえんそらし、あるひは踏石ふみいしをも持あぐる。冬はいかほどかんずるともかゝる事なし。さればこそ雪も春はこほりそりをもつかふなれ。
初めのうちはえんに近く聞えた声が、しだいしだいに細く遠退とおのいて行く。突然とやむものには、突然の感はあるが、あわれはうすい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜中に急に風呂を沸かさせたり、えんの下の奥にしまつてある重いものを取出さしたり——さういふときには兄の鞆之助とものすけが、ぶつ/\いふ召使を困りながら指揮して、そのしょうに当つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
もし人声がにぎやかであるか、座敷から見透みすかさるる恐れがあると思えば池を東へ廻って雪隠せついんの横から知らぬえんの下へ出る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
椅子いすテーブルの点茶式や、洋食を緩和して懐石の献立中に含めることや、そのときまで、一部の間にしか企てられていなかった方法を一般に流布せしめるえんの下の力持とはなった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もっとも吾輩はえんの下にいるから実際叩いたか叩かないか見えようはずがないが、この禿頭の音は近来大分だいぶ聞馴れている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
座敷の正面に荒家に不似合いの立派な仏壇が見え、正座に蓮如上人を据え、源右衛門と妻のおさきが少し離れてへりくだって相対して居る。蓮如上人の弟子竹原の幸子坊はえんに腰掛けている。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
長いそでをふらつかせながら、二三歩膝頭ひざがしらえんに近くり寄って来る。二人の距離が鼻の先にせまると共にかすかな花は見えた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)