束髪そくはつ)” の例文
旧字:束髮
それでもやつと呼鈴ベルを押すと、明りのさしてゐる障子が開いて、束髪そくはつつた女中が一人ひとり、すぐに格子戸の掛け金をはづしてくれる。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
香料の匂う束髪そくはつの額を胸につけて、死んだように動かない翠子の様子に、すっかり安心して、目の前にほの白く見えるうなじに軽く接吻した。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
柿内未亡人は束髪そくはつ、光子は島田しまだに結っているが、大阪風の町娘の姿のうちにも、その眼が非常に情熱的で、うるおいに富んでいる。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お下げをやめさせて、束髪そくはつにさせたうなじとたぼの所には、そのころ米国での流行そのままに、ちょう結びの大きな黒いリボンがとめられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
後ろを振り向くと、下からみどりのしたたる束髪そくはつ脳巓のうてんが見える。コスメチックで奇麗きれいな一直線を七分三分の割合にり出した頭蓋骨ずがいこつが見える。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新吉はまた元のようにれ違う人の顔をじろじろ見だした。束髪そくはつの顔、円髷まるまげの顔、銀杏返いちょうがえしの顔、新吉の眼に映るものは女の顔ばかりであった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まげ女優巻じょゆうまきでなく、わざとつい通りの束髪そくはつで、薄化粧うすげしょう淡洒あっさりした意気造いきづくり形容しなに合せて、煙草入たばこいれも、好みで持つた気組きぐみ婀娜あだ
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
円味をもったそでや、束髪そくはつなぞの流行はやって来た時世にあって考えると不思議なほど隔絶かけはなれている寛濶かんかつ悠暢ゆうちょうな昔の男女の姿や
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
流れ入る客はしばらくもとゞまらず。夫妻連れの洋人、赤套レツドコートの英国士官、丸髷まるまげ束髪そくはつ御同伴の燕尾服、勲章まばゆき陸海軍武官、商人顔あり、議員づらあり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
ようよう世心よごころの付きめて、男装せし事の恥かしく髪を延ばすに意を用いたるは翌年十七の春なりけり。この時よりぞ始めて束髪そくはつの仲間入りはしたりける。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼女の毛は、解いたならば、昔の物語に書いてある、御簾みすの外へもこぼれるほど長いに違いないほどたっぷりと濃いのを、前髪を大きく束髪そくはつも豊かに巻いてある。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
のけぞりかえるように、逃げ腰に振り返った途端とたん発止はっし鉢合はちあわせたのは束髪そくはつった裸体の女客であった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、取次に出て来たのは十八九くらゐの、ハイカラな束髪そくはつの女の人であつた。派手なメレンスの帯をしめて、丁度店のお安さんのやうな人馴れたところが見えた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「お這入はいり。今病院へ行ったよ。」と言いながら襖のあく方へ寐返りして見ると玉子ではなくて、髪を流行おくれの束髪そくはつに結った三十前後の女中らしい女である。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちぢれ毛の人が束髪そくはつに結びしを善きことと思いて束髪にゆう人はわざわざ毛をちぢらしたらんがごとき趣有之候。ここのところよくよく濶眼かつがんを開いて御判別可有あるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
丁度油をコテコテなすってかつらのように美くしく結上ゆいあげた束髪そくはつが如何にも日本臭いと同様の臭味があった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
校友の控所にてられたる階上の一室には、盛装せる丸髷まるまげ束髪そくはつのいろ/\居並びて、立てこめられたる空気の、きぬの香にかをりて百花咲ききそふ春ともいふべかりける
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
まげや島田に結つて帽の代りに髪の形を美しく見せる様になつて居る場合に帽はかへつて不調和であるけれども、束髪そくはつ姿にはうも帽の様な上からおほふ物が必要であるらしい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
中村なかむらさんと唐突だしぬけ背中せなかたゝかれてオヤとへれば束髪そくはつの一むれなにてかおむつましいことゝ無遠慮ぶゑんりよの一ごんたれがはなくちびるをもれしことばあと同音どうおんわらごゑ夜風よかぜのこしてはしくを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
秋草には束髪そくはつの美人を聯想すなど考えながらこゝを出でたり。腹痛ようやく止む。かねふち紡績ぼうせき煙突えんとつ草後にそびえ、右に白きは大学のボートハウスなるべし、端艇ボートを乗り出す者二、三。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
水の滴るような束髪そくはつって、真白に白粉おしろいをつけて、緑色の光りの下にチンと澄まして……黒水晶のような眼をパッチリと開いて、こころ持ち微笑ほほえみを含みながら、運転手と一緒に
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
束髪そくはつにして薔薇のかんざしでも挿さしたらお嬢さま然としたものです、何しろ此の山の中に居て冷飯ひやめしって、中の条のお祭に滝縞の単物ひとえものに、唐天鵞絨とうびろうどの半襟に、たもと仕付しつけの掛った着物で
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
当時流行の束髪そくはつで、前髪を切って垂らした額つき、眉と眉とが神経質を思わせて迫っているように見え、その上に黒目がちで眉毛の濃い、切れ長のまぶたが、おのずからにあらわす勝気を
あらしまめし羽織はおりを引っ掛けて、束髪そくはつに巻いていたが、玄人くろうと染みたいきな女だった。
長谷川先生は髪を束髪そくはつに結い、紫の袴を着けている。当時、母や、祖母は丸髷、女中達は蝶蝶髷に結っていた。私は丸髷という髪型を好まない。というより、積極的に疏しく思っていた。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
偶々たまたま大掃除の直後であることは客は知らない。ここでこの人の印象を伝えよう。涼しいという感じがする。晴々という感じがする。顔は微塵みじんも化粧のあとがない。髪は無造作な束髪そくはつというやつだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
曇日くもりびなので蝙蝠かほもりすぼめたまゝにしてゐるせいか、やゝ小さい色白いろじろの顏は、ドンヨリした日光ひざしの下に、まるで浮出うきだしたやうに際立きわだってハツキリしてゐる。頭はアツサリした束髪そくはつしろいリボンの淡白たんぱくこのみ
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
案内を乞うと、白地の単衣ひとえものを着た束髪そくはつの若い女が出て来た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その尿ねうと、れた西洋手拭タヲルと、束髪そくはつ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それでもやつと呼鈴ベルを押すと、明りのさしてゐる障子が開いて、束髪そくはつつた女中が一人ひとり、すぐに格子戸の掛け金をはづしてくれる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「借金は借りるんだから保証人もいるでしょうが——」と妻君頭のなかへ人指ひとさしゆびを入れてぐいぐいく。束髪そくはつが揺れる。道也はその頭を見ている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだ女学校に通っているらしい、髪を束髪そくはつにした娘の半身像で、その裏には「興録さま。取り残されたる千代ちよより」
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はがっかりして引かえして来たが、その束髪そくはつにさした赤い花と、きれいな顔は、眼の前にちらちらとしてもう思想をまとめようとする気分がなくなっていた。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先生せんせい束髪そくはつつた、いろくろい、なりのひく頑丈がんじやうな、でく/\ふとつた婦人をんなかたで、わたしがさういふとかほあかうした。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
曽我貞一の言葉につれて、女史は手を動かして、あるいは腰のまわりに恐ろしそうに触れ、膝を押していたが、最後に両手をあげて、房々ふさふさとした束髪そくはつおさえたときに
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
束髪そくはつで、眼鏡で、大分西洋がつたハイカラ式の弁天様だ、海老茶袴えびちやばかま穿いてねい所が有難い」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かわいて来た洗髪にピンがゆるんで、束髪そくはつがくずれてくるうるささが、しゃっきりして歩かなくってはならない四辺あたりと、あんまり不似合なのに気がつくと、とって帰したいようになった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
きわめて地味な服装で、頭髪も油気のない、なんの技巧もない束髪そくはつであった。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
束髪そくはつった髪は起きている時のように少しも乱れていない。まぶたしずかに閉されているので濃い眉毛まゆげは更にあざやかに、細い鼻と優しいほおの輪郭とはななめにさす朧気おぼろげな火影に一層際立きわだってうつくしく見えた。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
良人おっと沼南と同伴でない時はイツデモ小間使こまづかいをおともにつれていたが、その頃流行した前髪まえがみを切って前額ひたいらした束髪そくはつで、嬌態しなを作って桃色の小さいハンケチをり揮り香水のにおいを四辺あたりくんじていた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
少し旧式の大きい束髪そくはつに手をあてて、首をかしげたが
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
束髪そくはつへ入れるすき毛を買ひになぞ出て行つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
殊に紅唐紙べにとうしれんった、ほこり臭い白壁しらかべの上に、束髪そくはつった芸者の写真が、ちゃんとびょうで止めてあるのは、滑稽でもあれば悲惨でもあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
片方のスリッパを脱ぎ落としたその白足袋しろたびの足もとから、やや乱れた束髪そくはつまでをしげしげと見上げながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのが、ひとけて廊下らうか茶室ちやしつらしい其処そことほされたとき、すぐ子爵夫人ししやくふじんの、束髪そくはつかゞや金剛石ダイヤモンドとゝもに、しろ牡丹ぼたんごと半帕はんけちの、おほふて俯向うつむいてるのをた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
時勢の推移上銀杏返いちょうがえしがすたれて束髪そくはつが流行すると同じように、やむをえぬ次第と考えられます。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
讓は何時いつの間にか土間どまへ立っていた。背の高い蝋細工ろうざいくの人形のような顔をした、黒い数多たくさんある髪を束髪そくはつにした凄いようにきれいな女が、障子しょうじ引手ひきてもたれるようにして立っていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ハア、——老母おつかさんも——」と、嫣然えんぜんとして上り来れるお花は、かしら無雑作むざふさ束髪そくはつに、木綿もめんころも、キリヽ着なしたる所、ほとんど新春野屋の花吉はなきちの影を止めず、「大和おほわさんは学校——左様さうですか、 ...
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
入口のにはくわの鏡台をおいて、束髪そくはつ芳子よしこ(その当時の養女、もと新橋芸者の寿福じゅふく——後に蒲田かまたの映画女優となった川田芳子)が女番頭おんなばんとうに帯をしめてもらって、帰り仕度をしているところであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
男は、女の束髪そくはつすがたを、目をまるくしてみつめていた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)