ふり)” の例文
主の彼は可笑しさをこらえ、素知らぬふりして、宮前のお広さん処へは、其処の墓地にうて、ずッとって、と馬鹿叮嚀ばかていねいに教えてやった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そで両方りやうはうからふりつて、ちゝのあたりで、上下うへした両手りやうてかさねたのが、ふつくりして、なかなにはいつてさうで、……けてつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
とあまり露骨に語り出されてお登和嬢急に顔をあかくし半分は聴かぬふりしてサッサと我家へ帰り去りぬ。去られても今は惜しくなし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
婦人がとかく見て見ぬふりをしていた自分の最大欠点を暴露してそれを絶滅しようとする誠意と勇気とは私どもの学ぶべき所です。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
はやだねとおきやうさとせば、そんならおめかけくをめにしなさるかとふりかへられて、れもねがふてところではいけれど
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二人の親たちも同じような育ちかたで、五郎吉の父はぼてふりの魚屋であり、おふみの父は屑屋くずやや、人足や、手伝いなどを転々としていた。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つばめうれしさうにとうさんを尻尾しつぽはね左右さいうふりながら、とほそらからやうやくこのやまなかいたといふはなしでもするらしいのでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
船廻ふなまわしにした荷のうちに、刀剣のあったのを三十五ふり質に入れて、金二十五両を借り、それを持って往って貞固を弘前へ案内した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
左右さいうふり我元より言葉ことばかざらざるが故に其許のえきは申されずと云ふ靱負問て今も申如く假令如何なることなりとも苦しからず夫を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と少しも間断たれまなく取巻きますと、嬢様は恥かしいが又嬉しく、萩原新三郎を横目にじろ/\見ないふりをしながら見て居ります。
季子は知らないふりもしていられず、ちょっと笑顔を見せて、そのまま歩き過ると、男も少し離れて同じ方向へと歩き初める。
或夜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
素峰子そほうしへさきに立って、白に赤の黒の彩雲閣のフラフを高く高くふりなびかす。ちょうど鉄橋をくぐって出たところである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
老博士はと、ふりかえると、かれもまた勇敢に、タラップを登ってくる。中甲板には、五つの屍骸しがいが、ごろごろしていた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
満枝はさすがあやまちを悔いたる風情ふぜいにて、やをら左のたもとひざ掻載かきのせ、牡丹ぼたんつぼみの如くそろへる紅絹裏もみうらふりまさぐりつつ、彼のとがめおそるる目遣めづかひしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
昼間はそ知らぬふりをして、作り物の様な顔ですましていて、夜になるとムクムクと動き出すのではないかと疑われた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
起きて来た連中れんぢゆうが一銭銅貨を投げるふりをすると彼はかぶりを振つて応じない。五銭はく銅以上を要求するのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
默つて顏をみつめてゐると、『これ上げようかな?』と言つて、花簪をいぢくつたが、『お前は男だから。』とうしろに隱すふりをするなり、涙に濡れた顏に美しく笑つて
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
(手にて拒む如きふりし、暫くを置き、温かに。)僕は幾らか姉さんのたすけになりたいと思うのです。
中には迷信的に坊さんを有難ありがたがっている家もあったが、物をやって、却って村の者からにくまれるようでは馬鹿らしいと言って、坊さんが来ても知らぬふりをしていた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
その歌、そのふり、始に讓らざりき。完備せるものゝ上には完備を添ふるに由なし。姫が技藝はまことに其域に達したるなり。こよひは姫また我理想の女子となりぬ。
たまふり作品さくひんかんじがあらはれるといへば、じつわたしにとつてわすかたいのは亡き岩野泡鳴さんだつた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
今の華族なんて奴は妙に家柄や何かをふりまわすが、その振まわす根性といったら実に軽薄なものなんだ。よしんば親は泥棒にしても子供同士は清浄無垢なものなんだ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なかに唯一人質素じみなフロツクコートを着て、苦り切つた顔をしてゐる男があつた。皇太子はそれを見ると、後をふりかへつた。後には父君のジヨオジ陛下が立つてゐられた。
また鳥取ととり河上かわかみの宮においでになつて大刀一千ふりをお作りになつて、これを石上いそのかみ神宮じんぐうにおおさめなさいました。そこでその宮においでになつて河上部をお定めになりました。
Unhappy Far-off Things も戦争中の作で、しんみりした静かな筆で「ウエレランのつるぎ」と同じような優しい書きふりである、あまり面白い物ではない。
ダンセニーの脚本及短篇 (新字新仮名) / 片山広子(著)
翌朝よくちょう六時に近所の警察署の警部が駆けつけてきてとり調べた。警部は早速本署へ宛て、犯人の皮帽子と短劒たんけんふりを発見したから、至急強盗首領は捕まえる必要があると報告した。
と、呉羽之介は小娘のように、ふりたもとひざに重ね、身をくねらせて話し出すのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
三田は又してもぎやふんとまゐつた。おつぎやおりか同樣、此の娘も衣食の爲めにもの入りをかけたからには、むげにふりもぎつて逃げては濟まないといふ考を持つて居るのであつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
知ぬ事は有ますまい、貴方がたが鎌を掛たからそれを幸いに益々知らぬふりをするのです
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
その男は中田の目の前に、何処に持っていたのか、一ふりの短刀を突き出したのだ。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
丸山の下の横丁まで來ると、其角そのかどを曲る出前持の松公に逢つた。松公は蕎麥そばの出前を、ウンと肩の上へ積上げて、片手に傘をして居たが、女の姿を見て見ぬふりをして行過ぎやうとする。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そんなことでか、もしくは、この弟子が、すこしばかり音曲おんぎょくを解するので、教えておいてくださろうとの御志であったのであろうが、御自分のものふしがつきふりがつくとよく御案内くださった。
古い暦:私と坪内先生 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「さあ、さあ、寝たふりなんぞねえで、起きろ、起きろ、横着な阿魔あまだ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いいえ、気苦労ばかりしているので、なりにもふりにも構えなくなりました」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふものは、碌々ろく/\貝塚かひづか發掘はつくつしてもせずに、たゞちに地中ちちう秘密ひみつつたふりをして、僅少きんせうなる遺物ゐぶつ材料ざいれうに、堂々だう/\たる大議論だいぎろんならべ、うして自個じこ學説がくせつてるのにきふひといでもい。
苦しきを絞りて辛くも呼びたる男の声音こわねを、仙太は何とか聞きけん、お照は聞くとひとしく抱合いたる手をふり放ちて、思わずうしろを見返りたる時、取附きたる男のあせりて這上らんとする重量おもみ
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
がっかりして、ぼくは一週間死んだようになって寝ていた……やり直しだ。ふりだしへもどって、はじめからやり直さねばならない。研究の費用はどうするんだ。何を喰って研究をつづけるのだ。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
が、這麼事こんなこと女主人をんなあるじにでも嗅付かぎつけられたら、なに良心りやうしんとがめられることがあるとおもはれやう、那樣疑そんなうたがひでもおこされたら大變たいへんと、かれはさうおもつて無理むり毎晩まいばんふりをして、大鼾おほいびきをさへいてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「それじゃあ、ただうんうん云って聞いてるふりをしていりゃよかろう」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ドクタアは、岩国の有名な刀鍛冶がつくった、木の箱に入った刀を二ふり手に入れ、私は数個の古い岩国陶器を貰った。我々は世話をしてくれた二十二人の人々に、僅かな贈物をすることが出来た。
冷吉は、さつきからよく寢入つてゐた續きのやうなふりをしてゐた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
この跡ががらりと早変りして、さても/\和御寮わごりょは踊るふりが見たいか、踊る振が見たくば、木曾路に御座れのなど狂乱の大陽気おおようきにでもなられまい者でもなしと亀屋かめやおやじ心配し、泣くな泣きゃるな浮世は車
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
末恐ろしき美々びゞしさとおもたげのふりとを添ふるなんぢ諸金銀よ
銀色のしりふり時計とけいしりふるをみつつに酒をのめばさびしも
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
箱を開くと古錦襴こきんらんの袋の中には問題の太刀が一ふり
いといとせちなるふりくも
秋の日 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
ふりなさいますと
風が添ったか、紙の幕が、あおつ——煽つ。お稲はことばにつれて、すべてしぐさを思ったか、ふりが手にうっかり乗って、恍惚うっとりと目をみはった。……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふり何の用かと思ひましたら今日も亦花見のおとも吾儕わたし昨日きのふ若旦那につれられて行き懲々こり/\したれば何卒なにとぞ之は長松どんか留吉どんに代らせてと言を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つかれたふりをして修行者が寝て居ると、ある月夜の晩に彦五郎の手下が穴の側へ見張に出て見ると、修行者が居るから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)