小雨こさめ)” の例文
書窓しょそうから眺めると、灰色はいいろをした小雨こさめが、噴霧器ふんむきく様に、ふっ——ふっと北からなかぱらの杉の森をかすめてはすいくしきりもしぶいて通る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
みちわずかに通ずるばかり、枯れてもむぐらむすぼれた上へ、煙の如く降りかゝる小雨こさめを透かして、遠く其のさびしいさまながめながら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
念力ねんりき無論むろん大切たいせつで、念力ねんりきなしには小雨こさめひとらせることもできぬが、しかしその念力ねんりきは、なにいても自然しぜん法則さだめかなうことが肝要かんようじゃ。
この年は三月三日の節句に小雨こさめが降ったので、江戸では年中行事の一つにかぞえられているくらいの潮干狩があくる日の四日に延ばされた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
晩方ばんがたちかく、小雨こさめるなかを、あには、たいへとかえりました。みんなが、門口かどぐちまで見送みおくりにると、ふりかえって挙手きょしゅれいのこしてりました。
兄の声 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨になったのでいっそうせいてやってるようすである。もとより湿しっけのあるに、小雨こさめながら降ってるのだから、火足ひあしはすこしも立たない。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「吾妹子が赤裳あかもの裾の湿ぢむ今日の小雨こさめに吾さへれな」(巻七・一〇九〇)は男の歌だが同じような内容である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
此の二三日いとのやうな小雨こさめがひツきりなしに降續いて、濕氣しつきは骨のずゐまでも浸潤しんじゆんしたかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣しつけて、さはるとべと/\する。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
余等は其日の夜汽車で札幌を立ち、あくる一日を二たび大沼公園の小雨こさめに遊び暮らし、其夜函館に往つて、また梅が香丸で北海道に惜しい別れを告げた。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
兼は横に在った露西亜ロシア製の大スコップを引寄せた。そうして手を合わせて拝んでいる少年を片手で宙につるした。小雨こさめの中で金モール服がキリキリと廻転した。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
明日になると、空が曇って小雨こさめが落ちている。窓から首を出して、一面にれた河原かわらの色を眺めながら、おれは梨畑をやめて休養しようかしらと云い出した。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
轟々ごうごうと空に風の鳴る夜、シトシトとはださむい小雨こさめ杉山すぎやまりてくる朝、だれもがきっとかれの身を考えた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上州の奧、同じく利根の上流をなす深い溪間の村に小雨こさめ村といふのがあつた。恐しい樣な懸崖の下に、家の數二十軒ばかりが一握りにかたまつてゐる村であつた。
この流派のつねとして極端に陰影の度を誇張した区劃の中による小雨こさめのいと蕭条しめやか海棠かいどう花弁はなびらを散す小庭の風情ふぜいを見せている等は、誰でも知っている、誰でも喜ぶ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
九月ながつき下旬すゑつかた、けふはことに二一なごりなくぎたる海の、にはか二二東南たつみの雲をおこして、小雨こさめそぼふり来る。
宇左衛門の顔を見ても、口をかない。いや、ただ一度、小雨こさめのふる日に、時鳥ほととぎすの啼く声を聞いて、「あれは鶯の巣をぬすむそうじゃな。」とつぶやいた事がある。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある小雨こさめのふる日、葉子は顔を作って、地紋の黒い錦紗きんしゃの紋附などを着て珍らしく一人で外出した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その晩は葡萄酒に酔つて船へ帰つて寝た。翌てう春雨はるさめの様な小雨こさめが降つて居る。此様こんなに温かいのは異例だとこの地に七八年案内者ガイドをして居る杉山と云ふ日本人が話して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
小雨こさめもよいの、ある秋の夕暮れだった。(ぼくは、あのときのことをはっきりおぼえている。)
かき (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
うして二内部ないぶ連絡れんらくしてるといふことわかつたので、んだか張合はりあひけてる。小雨こさめす。新聞記者連しんぶんきしやれんはそろ/\惡口わるくちはじめる。地主連ぢぬしれんはまご/\してる。
そして伏古ふしこ並びに音更ねとふけ兩部落に於ける樣な好都合の案内者もなく、また笠もなく、じめ/\と冷える小雨こさめの中を、相變らず見すぼらしい部落のあちらこちらを徘徊しながら
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
雲の割れ目から菫色すみれいろの空がちらりと見えるようなこともあったが、それはほんの一瞬間きりで、霧はまた次第にくなって、それが何時いつの間にか小雨こさめに変ってしまっていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どんよりくもつてり/\小雨こさめさへ天氣てんきではあるが、かぜまつたいので、相摸灣さがみわんの波しづか太平洋たいへいやう煙波えんぱゆめのやうである。噴煙ふんえんこそえないが大島おほしまかげ朦朧もうろうかんでる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
九月十一日は小雨こさめの降る日であった。鎌倉から勝三郎の病がすみやかだと報じて来た。勝久は腰部の拘攣こうれんのために、寝がえりだに出来ず、便所に往くにも、人に抱かれて往っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おもしろの春の小雨こさめや、うら向けに羽織かぶりて、つゑかつぎ、石いくつ飛び、わらべさび、声うちあげて、翁こそ帰り来ましぬ。柿がもと、白梅がもとかうかうと帰り来ましぬ。先生らしも。
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
小雨こさめの雨垂れのようにその言葉は、清く、小さく鋭く、クララの心をうった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
立出みちすがら昨夜ゆうべの相方は斯々かく/\なりなどと雜談ざふだんを云つゝ一本のかさに三人が小雨こさめしのぎながら品川を後にして高輪たかなわよりふだつじの方へ差掛さしかゝりける處に夜の引明なれば未だ往來わうらい人影ひとかげもなく向ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おとに立ちて小川をのぞく乳母が小窓こまど小雨こさめのなかに山吹のちる
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
烏玉ぬばたま黒髪山くろかみやま山草やますげ小雨こさめふりしき益益しくしくおもほゆ
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
よみたる古哥に(万葉)「いや日子ひこのおのれ神さび青雲あをくものたなびく日すら小雨こさめそぼふる(よみ人しらず)」又家持やかもちに「いや彦の神のふもとにけふしもかかのこやすらんかはのきぬきてつぬつきながら」▲長浜ながはま 頸城郡くびきごほりり。
捨石すていしに。——小雨こさめのあとのかぜいきれ
夏の日 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
五月雨のなおも降るべき小雨こさめかな 几董
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
薄月に小雨こさめが降り出した
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
今日も小雨こさめ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
忠三郎はそれをあてにして雪のなかを急いだ。幸いに雪は大したことでもなかったが、やがて小雨こさめが降り出して来た。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
余等は其日の夜汽車で札幌を立ち、あくる一日を二たび大沼公園の小雨こさめに遊び暮らし、其夜函館に往って、また梅が香丸で北海道に惜しい別れを告げた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もつと小石川こいしかは白山はくさんうへ追分おひわけのあたりより、一圓いちゑん高臺たかだいなれども、ひかりうすければ小雨こさめのあともみちかわかず。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぬばたまの黒髪山くろかみやま山菅やますげ小雨こさめりしきしくしくおもほゆ 〔巻十一・二四五六〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
小夜さよけてから降り出した小雨こさめのまた何時いつか知らんでしまった翌朝あくるあさ、空は初めていかにも秋らしくどんよりと掻曇かきくもり、れた小庭の植込からはさわやかな涼風が動いて来るのに
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
がったんがったんとだるい音を立てて水車が一日廻っていたが、小雨こさめなどの降る日には、そこいらの杉木立ちの隙に藁家わらやから立ち昇る煙が、淡蒼うすあおく湿気のある空気にけ込んで
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おまけに小雨こさめさへしたので、一先ひとまあやしき天幕てんとしたに、それをけてると、うしろはたけにごそめくおとがするので、ると唯一人たゞひとり、十六七の少女せうぢよが、はたなかくさつてる。
七、八十の兵が、夕方から小雨こさめにぬれたまま、岩の陰や木の下に、じっと、たむろしていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨がちたり日影ひかげがもれたり、るとも降らぬともさだめのつかぬ、晩秋ばんしゅうそらもようである。いつのまにか風は、ばったりなげて、人も気づかぬさまに、小雨こさめは足のろく降りだした。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
まつかしはは奥ふかくしげりあひて、二一青雲あをぐも軽靡たなびく日すら小雨こさめそぼふるがごとし。二二ちごだけといふけはしきみねうしろそばだちて、千じん谷底たにそこより雲霧くもきりおひのぼれば、咫尺まのあたりをも鬱俋おぼつかなきここちせらる。
その日は夜明から小雨こさめが降っていました。それが十時頃になると本降ほんぶりに変りました。ひる少し過には、多少の暴模様あれもようさえ見えて来ました。すると兄さんは突然立ち上ってしり端折はしおります。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おもしろの春の小雨こさめや、うら向けに羽織かぶりて、つゑかつぎ、石いくつ飛び、わらべさび、声うちあげて、翁こそ帰り来ましぬ。柿がもと、白梅がもと、かうかうと帰り来ましぬ。先生らしも。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
九十九折つづらをりになつたその急坂を小走りに走り降ると、坂の根にも同じ樣な村があり、普通の百姓家と違はない小學校なども建つてゐた。對岸の村は生須村、學校のある方は小雨こさめ村と云ふのであつた。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
それから二三度、御消息を御取りかわせになった後、とうとうある小雨こさめの降る夜、若殿様は私の甥を御供に召して、もう葉柳の陰に埋もれた、西洞院にしのとういんの御屋形へ忍んで御通いになる事になりました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小傘をがさとりて朝の水くみ我とこそ穂麦ほむぎあをあを小雨こさめふる里
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
朝着いたミユンヘン市には小雨こさめが降つて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)