がち)” の例文
その頃、崖邸のおじょうさんと呼ばれていた真佐子は、あまり目立たない少女だった。無口で俯向うつむがちで、くせにはよく片唇かたくちびるんでいた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やがて、ピューと汽笛きてきが鳴って、車がつく。待ち合せた連中はぞろぞろがちに乗り込む。赤シャツはいの一号に上等へ飛び込んだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして女が両側の店を覗き覗き、きよろ/\してゐるやうだつたら、その女は屹度うつだから、とて不在るすがちな海員の女房には出来かねる。
われはこの生客せいかくの前にて、我身の上の大事を語らるゝを喜ばねど、二人は親しき友なるべければと自ら思ひのどめて、遲れがちしたがひ行きぬ。
少焉しばし泣きたりし女の声はやうやく鎮りて、又湿しめがちにも語りめしが、一たびじようの為に激せし声音は、おのづから始よりは高く響けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やはり前に述べました極めて明晰な頭脳と、厭人えんじん的にハニカミがちな性格に押え付けられているらしく思われるのであります。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寝ざめがちに二十三日の朝を迎えた。寒かったせいもあるが、何とも分らぬ異常な期待に目が冴えて眠れなかったのである。
の一こと/″\涙含なみだぐんだ。このやさしい少女せうぢよ境遇きやうぐうかはつてたのと、天候てんかうくもがちなのとで、一そう我々われ/\ひとこゝろやさしさがかんじられたのであらう。
忘れがち……と言うよりも、思出おもいださない事さえ稀で、たまに夢にて、ああ、また(あの夢か。)と、思うようになりました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あまりに強く、あまりに多いために、ややもすれば軽蔑されがちの運命にあることは、かの鳳仙花ほうせんかなどと同様であるが、私は彼を愛すること甚だ深い。
我家の園芸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ独り、黄ばんだる林の下道を歩いて、青い空の見える淋しい湿しめがちな小道を行くと、涼しい秋の風が身に浸み、何となく痛みを胸に覚ゆるのである。
せざりし者と泣々なく/\たのもらひ乳の足ぬがちなる養育やういくつなぐ我が子の玉のほそくも五たいやせながら蟲氣むしけも有ぬすこやかさえん有ればこそ親子と成何知らぬ兒に此憂苦いうく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さうしてともすれば鈍りがちな私の心の重い歩みをせきたてて、前方にむかつて私の背中を押しやるのである。
柘榴の花 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
なみだ藥鍋くすりなべした炭火ずみびとろ/\とがち生計くらしとて良醫りやういにもかゝられねばす/\おもこゝろぐるしさよおもへばてんかみほとけ我爲わがためにはみなあだいまこの場合ばあひ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ただ惜むらくは予言者は自国に名誉を得ない、とかく彼らはいわゆる愛国者のために排斥せられ迫害され、その予言の的中するまでは無視されがちなものである。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
まるで、その言葉を裏書うらがきでもするように、生人形の首が、パッチリと目を見開いたのである。涼しい黒目がちの目だ。その黒目が右に左にキョロキョロと動いた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
半死の人を乗せたボートの重みと、つかれ切った腕にとったオールは、とかく波にさらわれがちであった。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
暁の街をスピードを早めて追い掛けたが、こっちはボロ自動車であるから、ともすればおくがちである。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
紫のうちでは赤がちの京紫よりも、青勝の江戸紫の方が「いき」と看做みなされる。青より緑の方へ接近した色は「いき」であるためには普通は飽和の度と関係してくる。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
しかるに女にはよくありがちだよ、隠さないでも済む事をイヤに隠したがってわざわざ外の人に心配をかける。そうすると外の人はいよいよ疑うとこういう順序になる。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
晶子はレエニ夫人に日本の扇や友禅いうぜんを捧げた。夫人もまた有名な詩人である。氏は夫人が近年病気がちである事を話して、日晶子を招待せうだいして夫人に引合ひきあはさうと云はれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「若い方……余計なことだが年寄の老婆心と思ってな」老人は遠慮がちに低い声で云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
捨てられし後は国を慕うはますます切なり、朝は送るに良人りょうじんなく、夕は向うるに恋人なく、今は孤独の身となりて、ととのうべきの家もなく、閑暇がちにて余所事よそごとに心を使い得るにもせよ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「どうも内の狆がめすだもんですから、いろんな犬が来て困ります」と云って置いて、「畜生々々」と顧みがちに出て行く犬を叱っている。狆は帳場から、よそよそしい様子をして見ている。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
玄関の板間いたのまに晨は伏目ふしめに首を振りながら微笑ほゝゑんで立つて居た。榮子は青味の多い白眼がちの眼で母をじろと見て、口をゆがめた儘障子に身を隠した。格別大きくなつて居るやうではなかつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼女は不在がちな住職の眼を忍んで、其の寺に同居していた若い青年画家とたわむれた。それが住職に知れかかると、住職の不在中、寺の道具や金目な物を売払って、其の青年画家と駈け落ちした。
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その朝は殊に其数が多かつた。平生へいぜいの三倍も四倍も……遅刻がち成績できの悪い児の顔さへ其中に交つてゐた。健は直ぐ、其等の心々に溢れてゐる進級の喜悦よろこびを想うた。そして、何がなく心が曇つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
最早もはや三月みつき近くなるにも心つかねば、まして奈良へと日課十里の行脚あんぎゃどころか家内やうちをあるく勇気さえなく、昼は転寝うたたねがちに時々しからぬ囈語うわごとしながら、人の顔見ては戯談じょうだんトつ云わず、にやりともせず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし今まで己はゆるかせにしがちであったが、敬虔な目を
二人は足がはやい。鬚男は後から苦しそうにいて行くが、兎角とかく遅れがちだ。峠を下ると下から馬に乗った男が登って来た。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その時分は二人共まだ考えのまとまらない青二才でしたが、それでも私は思索にふけがちな兄さんと、よく神の存在について云々したものであります。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……チャンチキ、チャンチキ、ヒューラとはやして、がったり、がくり、列も、もう乱れがちで、昼の編笠をてこ舞に早がわりの芸妓げいしゃだちも、微酔ほろよいのいい機嫌。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又は抑圧されがちなる妙齢の美人と人間の祖先たる下等動物中STEGOCEPHALIAを象徴したる三ツ眼の怪物との二種類によって代表されおり、且つ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たまたまこの事を述べてもとかく誤解を来しがちであるために遠慮をしておった位な事であるが、吾輩の所信はすでに数多き著書のうちにあちらこちらに漏らしてある。
平民道 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
病中不眠がちのわたしはこの頃その響きをいよいよ強く感じるようになった。夜も宵のあいだはまだ好い。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やり手といわれる様な人にはありがちのことなんでしょうが、主任というのはそんな男だったのです。
盗難 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
家は狭いし道具はすくないし、何事も足らぬがちで私は何となく鼻がつかえるような気がたしました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
見たる其時より懇意こんいの者へ頼んで置たが何分にも急場の事故かし呉人くれて一寸ちよつとなく殊に此程は何や斯や不時ふじの物入續きがちにて夫にかねての心願にて人のいやがる貧家ひんかの病人療治れうぢ勿論もちろん施藥せやく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その言葉によると、兄の淡窓は身体からだが弱く、食が細いので、始終遠慮がちと少食の損を知つてゐる。それとは打つて変つて、自分は健康で、いつも無遠慮と過食とから後悔する事が少くない。
平八郎は格之助のおくがちになるのを叱り励まして、二十二日の午後に大和やまとさかひに入つた。それから日暮に南畑みなみはたで格之助に色々な物を買はせて、身なりを整へて、駅のはづれにある寺に這入はひつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
黒人たちが、われがちにと、大さわぎをして怪塔ロケットのわるいところを直すことにかかっていたとき、怪塔の入口のところを、ぶらりとはいってきたのは、別人ならぬ大利根博士でありました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日曜の鐘を聞いて白いレエスの帽をかぶつた田舎ゐなか娘が幾人も聖書を手にしなが坂路さかみちを伏目がち寺へ急ぐ姿も野趣に富んで居た。帰りには十分間に一度通る単線の電車に乗つて市内へ引返ひつかへして来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
兎角凝り固まったような形になりがちだ。7400
かさねて十日とうか半月はんつきさては廿日はつかにつらき卯月うづきすぎたり五月雨さみだれごろのしめりがちのき忍艸しのぶたぐひのきてはかねどいけのあやめのながきおもひにかきらされてそでにもみづかさのさりやすらん此處こゝ別莊べつそう人氣ひとげくなくりの八重やへ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
遅れがちな私達は自然獣の足跡を慕う猟夫のように、水を噴いた草鞋の痕にいて、脇目もふらず辿って行く、早月川の谷を下りた時のことが不図思い出された。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
界隈かいわい景色けしきがそんなに沈鬱ちんうつで、濕々じめ/\としてるにしたがうて、ものもまた高聲たかごゑではものをいはない。歩行あるくにも内端うちわで、俯向うつむがちで、豆腐屋とうふやも、八百屋やほやだまつてとほる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二三人の医者に診てもらつたのであるが、どこの医者にもたしかな診断を下すことは出来ないで、おそらく年ごろの娘にありがち気鬱病きうつびようであらうかなどと云ふに過ぎなかつた。
兄は大抵不在がちである。ことに忙がしい時になると、うちで食うのは朝食あさめし位なもので、あとは、どうして暮しているのか、二人の子供には全く分らない。同程度に於て代助にも分らない。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大抵のうちに当てはまるように書いてあるじゃないの。東京の郊外で主人が留守がちで、奥さんが後妻で、娘があって、犬が飼ってあるうちだったら、そこいらにイクラでもある筈なんですからね。
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
増田博士は胡坐あぐらいて、大きいこわい目の目尻めじりしわを寄せて、ちびりちびり飲んでいる。抜け上がった額の下に光っている白目がちの目はすこぶる剛い。それに皺を寄せて笑っている処がひどく優しい。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)