縁先えんさき)” の例文
庭に飼ってある鶏が一羽縁先えんさきから病室へ上って来て菓子鉢の中の菓子をついばみかけたが、二人はそんな事にはかまわず話をつづけた。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ニヤリとわらったまつろうが、障子しょうじすみへ、まるくなったときだった。藤吉とうきち案内あんないされたおこのの姿すがたが、影絵かげえのように縁先えんさきあらわれた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
六時、起きて雨戸をあけると、白いひかりがぱっと眼をた。縁先えんさきまで真白だ。最早もう五寸から積って居るが、まださかんに降って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
こしすずがリリンリリンと、足をかわすごとに鳴りつづけ、やがて、リッ と鳴りやんだのが、大石先生の家の縁先えんさきである。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ただしもとこの寺に一匹の狸がいて、夜分縁先えんさきにきて法談を聴聞ちょうもんしていたが、のちに和尚の机の上から石印を盗んでいずれへか往ってしまった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
女房は縁先えんさきたたずみながら、松の上の権助を見上げました。権助の着た紋附の羽織は、もうその大きな庭の松でも、一番高いこずえにひらめいています。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
縁先えんさきで、新聞しんぶんんでいたおじいさんは、ふとかおげた拍子ひょうしに、これがはいってじっと眼鏡めがねそこから、とんぼのくるしがるのをたのであります。
二百十日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
第一だいいち二階にかい其窓そのまどにも、階下した縁先えんさきにも、とり/″\に風情ふぜいへる、岐阜提灯ぎふぢやうちんと、鐵燈籠かなどうろうすだれ葭簀よしずすゞしいいろ
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
縁先えんさきの左横手に寄って柘榴ざくろふしている。この柘榴は槙にも劣らぬ老木である。駱駝らくだの背のこぶのような枝葉の集団が幾つかもくもくと盛りあがっている。
縁先えんさきみぎはう小六ころくのゐる六でふまがつて、ひだりには玄關げんくわんしてゐる。そのむかふをへいえん平行へいかうふさいでゐるから、まあ四角しかく圍内かこひうちつてい。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そろそろあししておやしろ縁先えんさきまでちかづいて、みみてますと、どこかで大ぜいさわいでいるおとこえました。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
夕顔の花の咲いている窓先か、縁先えんさきかに机を据えて、筆耕書が何か写し物をしている、というだけのことである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
開塾後かいじゅくごは、食事は朝昼晩、塾生といっしょに本館でとることになっていたので、台所は四畳半の縁先えんさき下屋したやをおろして当分間に合わせることになっていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
朝の縁先えんさきに福寿草のあの黄金色こがねいろの花が開いているのを見ると、私達はなんとなく新春の気分にひたって来ます。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お葉は更にって縁先えんさきに出た。左の手には懐紙ふところがみを拡げて、右のかいな露出あらわに松の下枝したえだを払うと、枝もたわわつもった雪の塊は、綿を丸めたようにほろほろと落ちて砕けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
といつて、やはりつき時分じぶんになると、わざ/\縁先えんさきなどへなげきます。おきなにはそれが不思議ふしぎでもあり、こゝろがゝりでもありますので、あるとき、そのわけをきますと
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
かゝさんれをつても御座ござんすかとたづねて、針箱はりばこ引出ひきだしから反仙ゆふぜんちりめんのはしをつかみし、庭下駄にはげたはくももどかしきやうに、でゝ縁先えんさき洋傘かうもりさすよりはや
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ただにわかに足をうかすようなあるきかたをして縁先えんさきへきてしまった。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
唯一人、縁先えんさきで孫の縫物をしている老母が、一学の姿を見ると
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縁先えんさきにまくら出させて
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
疑ふ樣も御座なく候と申立るに伊奈殿否々いな/\すこしにても心當り有れば申立よて其者は宿内の者か他村かとありける時恐れながら申上ますと支配人しはいにんの五兵衞縁先えんさきちか這出はひいで只今たゞいま平吉が申立し通り右心當りの儀はうたがはるゝものゝ先も歴々れき/\の身代に候ゆゑ何とも申上兼ると云ければ伊奈殿何々なに/\わるく致すと歴々れき/\でも油斷ゆだん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それにはこたえずに、藤吉とうきちから羽織はおりを、ひったくるように受取うけとった春信はるのぶあしは、はやくも敷居しきいをまたいで、縁先えんさきへおりていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なかには主人あるじ宗匠そうしょう万年青おもとの鉢を並べた縁先えんさきへ小机を据えしきり天地人てんちじんの順序をつける俳諧はいかいせんに急がしい処であった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
実際庭は縁先えんさきからずっと広い池になっていた。けれどもそこにはKは勿論、誰も人かげは見えなかった。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
縁先えんさきの簾を捲上げると、すぐそこに燕子花の咲いているのが見える、という眼前の趣を捉えたのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
と云って、縁先えんさきえてある切株の上の小さな姫蘆ひめあし橢円形だえんけい水盤すいばんへ、そっこぶしの中のものを移した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのうつくしい姿すがたのまま、はちかつぎはかまわず縁先えんさきにしいたきたないやぶだたみの上にすわろうとしますと、おとうさんの中将ちゅうじょうはあわててって行って、はちかつぎのそばにると、その手をって
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
不意ふいおどろ正雄まさをひざきのけつゝえんかたへといだすに、それとて一同いちどうばら/\と勝手かつてより太吉たきちおくらなど飛來とびくるほどにさのみもかず縁先えんさきはしらのもとにぴたりとして、堪忍かんにんしてくだされ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かぎなりにまがった縁先えんさきでは、師匠ししょう春信はるのぶとおせんとが、すで挨拶あいさつませて、いけこいをやりながら、何事なにごとかを、こえをひそめてはなっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なかには主人あるじ宗匠そうしやう万年青おもとはちならべた縁先えんさき小机こづくゑしきり天地人てんちじんの順序をつける俳諧はいかいせんいそがしいところであつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
僕は僕の部屋へ帰って来ると、また縁先えんさきの手すりにつかまり、松林の上に盛り上ったY山のいただきを眺めました。山の頂は岩むらの上に薄い日の光をなすっています。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
不図縁先えんさきを黒い物が通ると思うたら、それは先月来余の家に入込んで居る風来犬ふうらいいぬであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そんなふうでいったんかえりはかえったものの、縁先えんさきすわって、一人ひとりぽつねんと山の上のつきをながめていますと、もうじっとしていられないほどかなしくなって、なみだがぼろぼろめどなくこぼれてきました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
かわやへ出る縁先えんさきの小庭に至っては、日の目を見ぬ地面の湿け切っていること気味わるいばかりである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしは——まだ子供だったわたしはやはりこう云う日の暮に線香せんこう花火に火をつけていた。それは勿論東京ではない。わたしの父母の住んでいた田舎いなかの家の縁先えんさきだった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
菊の花しおるるまがきには石蕗花つわぶき咲き出で落葉らくようの梢に百舌鳥もずの声早や珍しからず。裏庭ののほとりに栗みのりて落ち縁先えんさきには南天なんてんの実、石燈籠いしどうろうのかげには梅疑うめもどき色づきめぬ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
O君は返事をする前にちよつとまゆをひそめるやうにし、縁先えんさき紫苑しをんへ目をやつた。何本かの紫苑はいつのにかこまかい花をむらがらせたまま、そよりともせずに日を受けてゐた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
どうも今の人が柳浪先生らしき気がしてならぬ故そつと建仁寺垣けんにんじがきれ目より庭越しに内の様子を窺へば、残暑なほ去りやらぬ九月の夕暮とて障子しょうじけ放ちし座敷の縁先えんさき
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
M子さんはふすまをあけたまま、僕の部屋の縁先えんさきたたずみました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さかずき持つ妓女ぎじょ繊手せんしゅは女学生が体操仕込の腕力なければ、朝夕あさゆうの掃除に主人が愛玩あいがん什器じゅうきそこなはず、縁先えんさきの盆栽も裾袂すそたもとに枝引折ひきおらるるおそれなかりき。世の中一度いちどに二つよき事はなし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わたしはもうこの先二度と妻を持ちしょうを蓄え奴婢ぬひを使い家畜を飼い庭には花窓には小鳥縁先えんさきには金魚を飼いなぞした装飾に富んだ生活を繰返くりかえす事は出来ないであろう。時代は変った。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
縁先えんさきはぎが長く延びて、柔かそうな葉のおもてに朝露が水晶の玉をつづっている。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)