むつ)” の例文
車掌も乗客も全く事柄を物質的に考える事が出来れば簡単であるが、そこに人間としての感情がはいるからどうも事がむつかしくなる。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鈴木が言ふには、洋食といふものはあれで本式にするとむつヶしい作法がある。媒妁人なかうど媒妁人なかうどだから、下手なことをすると笑はれる。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ことの起原おこりといふのは、醉漢ゑひどれでも、喧嘩けんくわでもない、意趣斬いしゆぎりでも、竊盜せつたうでも、掏賊すりでもない。むつツばかりの可愛かはいいのが迷兒まひごになつた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雫石しづくいし、橋場間、まるで滅茶苦茶だ。レールが四間も突き出されてゐる。枕木まくらぎも何もでこぼこだ。十日や十五日でぁ、一寸ちょっとむつぃな。」
化物丁場 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
左様さうですツてネ——其事は私も新聞で見ましたの、——むつしい文句ばかり書いてあるので、くは解りませぬでしたが、何でも兼さんに
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「いいえね、格別、むつかしいことではないのだよ——わたしと二人、夫婦めおとごっこをしてあそんでおくれな——いいでしょう?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
証書は風早の手に移りて、遊佐とその妻と彼とむつの目をて子細にこれを点検して、その夢ならざるをあきらめたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それはね……そのラマンさんという和蘭オランダ人のお医者の話によると、ジキタリスという草を、何とかいうむつヶしい名前の石と一緒に煮詰めた昔から在る毒薬で
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼れ何をく考うるや、まなこいたずらにくうを眺めて動かざるはむつかしき問題ありてを解かんめ苦めるにや
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
相手あひてをんなとしは、むつばかりえた。あかはゞのあるリボンを蝶々てふ/\やうあたまうへ喰付くつつけて、主人しゆじんけないほどいきほひで、ちひさなにぎかためてさつとまへした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
玉川ゴルフ場から十分ぐらいの半径はんけいの中なら、一軒一軒当っていっても多寡たかが知れているではないか。どうして分らぬのか、分らんでいる方がむついと思うが……
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
世間馴れぬお梅はこんなむつしい事件の後仕末について、祖母から相談を掛けられるのを恐れてゐた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ブレークネーは常識の活用と、チャンスの利用とによって、どんなむつい関門をも打ち開き、少しも超自然的の力を借りない。そこが「紅はこべ」叢書の生命である。
歴史的探偵小説の興味 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
無理に恐怖をかくし、泣きたいのを我慢して、むつかしい顔をしているのもなかなかにいじらしい。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
こし申上おかざればかなふ可らずと是も明朝明六時あけむつのお太鼓に登城の用意を申付られたりすでにして翌日よくじつ御城おんしろのお太鼓むつ刻限こくげん鼕々とう/\鳴響なりひゞけば松平伊豆守殿には登城門よりハヤ駕籠かご
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まどから半身はんしんしてゐたれいむすめが、あの霜燒しもやけのをつとのばして、いきほひよく左右さいうつたとおもふと、たちまこころをどらすばかりあたたかいろまつてゐる蜜柑みかんおよいつむつ
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
 御せついはくおよそもの方体はうたいは(四角なるをいふ)かならず八を以て一をかこ円体ゑんたいは(丸をいふ)六を以て一をかこ定理ぢやうり中の定数ぢやうすうしふべからず」云々。雪をむつはなといふ事 御せつを以しるべし。
しかりといえども今の文明の有様にては、充分を希望するはとてもむつヶしきことなれば、必ずしも充分にあらずとも、なるべきだけ充分に近づくことの出来るよう、精々せいぜい注意せざるべからず。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その時の私の心事は実に淋しい有様で人に話したことはないが今打明けて懺悔ざんげしましょう維新前後無茶苦茶の形勢を見てとてもこの有様では独立はむつかしい他年一日外国人から如何いかなる侮辱を
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
文「馬鹿云え、くだあめじゃアあるまいし、これは天地積陰せきいん温かなる時は雨ふり寒なる時は雪と成る、陰陽こって雪となるものだわ、それに草木の花は五片ごひら雪の花は六片むひらだからむつの花というわさ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は、哲学などにも多少の興味を持つてゐるらしく、話材がなくなると勿体振つた口調で昔の学者の名前をあげては色々な場合にそれらの所説を引用して、むつヶしに眉をよせるのが癖だつた。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「そう考えるからむつくなるんだよ。なにも深谷氏の恐れていた奴が、必ずしも犯人だとは限るまい」と東屋氏は改まって、「……とにかく、この辺に、白鮫号の重心板センター・ボードが喰い込んだ跡がある筈だ」
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
と三輪さんは大変にむつしくしてしまった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
むつそ。
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夫婦ふうふはこれに刎起はねおきたが、左右さいうから民子たみこかこつて、三人さんにんむつそゝぐと、小暗をぐらかたうづくまつたのは、なにものかこれたゞかりなのである。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
東京帝国大学の卒業証書も検閲のために差出したが、この日本文は事務の役人にとって自分の場合のラテン語以上にむつかしそうであった。
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ぼくはまず家へ帰ったらおっさんの前へ行って百けたぐらいのむつかしい勘定かんじょうを一ぺんにやって見せるんだ、それからきっと図画だってうまくできるにちがいない。
みじかい木ぺん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして、「むつヶ敷げに理窟をねに來たのぢやらう。用事だけ訊いて成るべく返すやうにせい。」
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
丁度ちょうどその頃、捜査本部では、雁金検事と大江山捜査課長とがむつい顔をして向いあっていた。机の上には、青竜王が痣蟹の洋服の間から見付けた建築図の破片はへんっていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、闇太郎は、笑いそうになったが、急に何を思い当ったのか、むつかしげに眉を寄せて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
てもむついことと一同断念あきらめて居たので御座いますよ、くまア、奥様御都合がおつきなさいましたことネ——山木家は永阪教会に取つては根でもあり、花でもありなので御座いまする上に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
のべ次に御むつしくとも御母公へ伺ひ度儀あり此廿二三ねん以前いぜんに御召使ひの女中に澤の井と申者候ひしやとたづねらるゝに母公答て私し共紀州表に住居ぢうきよ致し候節召使の女も五六人づつ置候が澤の井瀧津たきつ皐月さつきと申す名は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それであとからあとから縫い手が押しかけてくれればともかく、そうでないとすると一分に一針平均はよほどむつヶしいであろう。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
子守こもりがまた澤山たくさんつてた。其中そのなか年嵩としかさな、上品じやうひんなのがおもりをしてむつつばかりのむすめ着附きつけ萬端ばんたん姫樣ひいさまといはれるかく一人ひとりた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
このむつ同胞はらからさがしがそんなに簡単に解けようとは考えてはいなかったからである。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
現在既知の科学的知識を少しの遺漏いろうもなく知悉ちしつするという事が実際に言葉通りに可能であるかどうか。おそらくこれはむつかしい事であろう。
いや、実際むつ七歳ななつぐらいの時に覚えている。母親の雛を思うと、遥かに竜宮の、幻のような気がしてならぬ。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若し窓辺によってるとして、的の下っている樹まで十メートルをへだて置きたらんには、中々あたることむつく、ことに風に樹のゆれて的のクルクル動き出すに於ては、更に難中の難であって
白銅貨の効用 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
科学に対する興味を養成するには、むつかしくて嘘だらけの通俗科学書や浅薄せんぱくで中味のないいわゆる科学雑誌などを読んでもたいして効能はない。
家庭の人へ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それよりも、見事みごとなのは、釣竿つりざを上下あげおろしに、もつるゝたもとひるがへそでで、翡翠かはせみむつつ、十二のつばさひるがへすやうなんです。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たいへんむつそうなお探しものでいらっしゃいますのネ。あたくしにお委せ下されば、イエもう永年の経験でこつはわきまえて居りますから、すぐに貴女さまのご姉妹を探しだしてごらんに入れますわ。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このようなむつヶしい問題は私には到底分りそうもない。あるいは専門の学者にも分らないほど六ヶしい事かもしれない。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「……あに、これからもをつけさつしやい、うちではむかしから年越としこしの今夜こんやがの。……」わすれてた、如何いかにもその節分せつぶんであつた。わたしむつつからこゝのつぐらゐのころだつたとおもふ。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それはむつい医学的な証明でない。つまり仮りに真一にシャム兄弟的なもう一人の人間があって、それと妾とが同じ日に同じ母から分娩されたとしたら、これは常識からいっても所謂いわゆる三つ子である。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
第一本文が無闇むやみむつかしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となくかび臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こつさいりんしんかとてしばをかつぎて、あねさんかぶりにしたる村里むらざと女房にようばうむすめの、あさまちづるさまは、きやう花賣はなうり風情ふぜいなるべし。むつなゝきのこすゝききとめて、すさみにてるも風情ふぜいあり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それが羨ましくなって真似をしたことがあったが、なかなか呼吸がむつかしくて結局は両手の指を痛くするだけで十分に目的を達することが出来なかった。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしその切断の時間を「精密に」予報する事はむつかしい、いわんやその場処を予報する事は更に困難である。
地震雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かなりテヒニークのむつヶしいブラームスのものでも鮮やかに弾きこなすそうである。技術ばかりでなくて相当な理解をもった芸術的の演奏が出来るらしい。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ロンドンの動物園にいたある大鴉などは人が寄って来ると“Who are you ?”とむつかしい声で咎めるので観客の人気者となったという話である。
鴉と唱歌 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)