たぐひ)” の例文
今更ここに言ふをもちゐないことではあるが、そのたゆみ易き句法、素直に自由な格調、從つてこれは今迄にたぐひのなかつた新聲である。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
われ茉莉まつり素馨そけいの花と而してこの来青花に対すればかならず先考日夜愛読せし所の中華の詩歌楽府がくふ艶史のたぐひを想起せずんばあらざるなり。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
此中桑名屋、豊七の二人は、安石と倶に出迎へた吟平と同じく、出入商人若くは厠役しえきたぐひであらう。今文書に就いて其他のものを挙げる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たとへば吉田白流よしだはくりう氏の「奥州路あうしうぢ」の如き、遠藤教三ゑんどうけうざう氏の「嫩葉ふたばの森」の如き、乃至ないし穴山義平あなやまぎへい氏の「盛夏」の如きは、皆このたぐひの作品である。
西洋画のやうな日本画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あの大川おほかはは、いく銀山ぎんざんみなもとに、八千八谷はつせんやたにりにつてながれるので、みづたぐひなくやはらかになめらかだ、とまた按摩あんまどのが今度こんどこゑしづめてはなした。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高くもたぐるもこのたぐひなるべし —一一一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
好み童女どうぢよまれなる能書のうしよなりと人々も稱譽もてはやしけり此お高一たい容貌みめかたち美麗うるはしくして十五六歳になりし頃はたぐひなき艷女たをやめなりと見る人毎ひとごとに心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
顕微鏡でのぞく黴のたぐひにも其器官に美しい装ひをするものがある。何の必要であらう。何物の為めの装飾であらう。考へたつて分りやうはない。
本の装釘 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
人の世にあるや、とある夕、何事もあらざりしを、久しくえ忘れぬやうに、美しう思ふことあるものなるが、かの歸路の景色、またたぐひなりき。
負けず嫌ひの虚榮心に富んだ感情的のものであるだけ内心では種々いろ/\と思ひ耽ることが多い、或は忍ぶ戀路に身を殺すなどといふやうなたぐひもあらうし
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
斯の子供等の眼に映るやうな都會の賑やかな灯——左樣いふたぐひ光輝かゞやきは私の幼少ちひさい頃には全く知らないものでした。
ロレ おゝ、それは、そなたこひをば、會得ゑとくしてもゐぬことを、たゞ口頭くちさきたぐひぢゃと見拔みぬいてゐたためでもあらう。
其の人を七〇やつこのごとく見おとし、たまたまふるき友の寒暑かんしよとむらひ来れば、物からんためかと疑ひて、宿にあらぬよしをこたへさせつるたぐひあまた見来りぬ。
主のつとめには種々くさ/″\たぐひあり、或は難く或は易し、或は己れの利益にかなひ、或は然らず、基督キリスト我等に語りて曰く
主のつとめ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
(七五)巖穴がんけつ(七六)趨舍すうしや(七七)ときり、かくごときのたぐひ(七八)湮滅いんめつしてしようせられず、かなしいかな
新らしく植付けられた林檎や葡萄ぶだう実桜さくらんぼの苗はいづれも面白いやうにずん/\生長おひのびて行つた。下作したさくとして経営した玉葱たまねぎやキャベツのたぐひもそれ/″\成功した。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
『こんなもの、見てゐても仕樣しやうがない。』と、小池は砂だらけの階段を下りて、ひさしの下にかゝげてある繪馬ゑまたぐひを一つ/\見ながら、うしろの方へ𢌞はらうとした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
垂し鰻屋の臭に指をくはへるたぐひなり慾で滿ちたる人間とて何につけてもそれが出るには愛想が盡る人生居止きよしを營むつひ何人なんぴとの爲にぼくするぞや眺望ながめがあつて清潔な所を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
先の程波浪はらうの中に投げられしはかかる際に危険なりとせらるる硫酸のたぐひなりと云ふ事もこの時に知り申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
れ今の所謂才子が作る所の戯曲ドラマを見るに、是れ傀儡くゞつを操りて戯を為す者のたぐひのみ、作中の人物、一も生人の態なし。其唐突、滑稽なる人をして噴飯せしむる者あり。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
或は車なんどを曳いてあまねく府下を横行なし、所々にて救助を得たる所の米麦又は甘藷さつまいもたぐひくだんの車に積み、もて帰りて便宜の明地あきちに大釜を据ゑ白粥を焚きなどするを
ゆゑに彼の恋は青年を楽む一場いちじようの風流のうるはしき夢に似たるたぐひならで、質はそのぶんに勝てるものなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
去る癸丑の秋より籌海の書數十篇を見るに、蝦夷、樺太、續て伊豆七島、無人島に及ぶ物有れどもまた竹島に及ぶたぐひを見ず。依而よつて此一卷を編輯して以て竹島雜誌と名を冠しむるもの也。
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
万年草まんねんそう 御廟のほとりに生ずこけたぐひにして根蔓をなし長く地上にく処々に茎立て高さ一寸ばかり細葉多くむらがりしょうず採り来り貯へおき年を経といへども一度水に浸せばたちまち蒼然そうぜんとしてす此草漢名を
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
すみれ苧環をだまき、櫻草、丁字草ちやうじさう五形げんげ華鬘草けまんさうたぐひは皆此方にゑて枕元を飾るべし。
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
必ずしも世にたぐひのないでもない、實際自分も少からず遭遇した事もある。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
意味はまだわからない。広田先生にいて見るつもりでゐる。かつて与次郎に尋ねたら、恐らくダーターフアブラのたぐひだらうと云つてゐた。けれども三四郎から見ると、二つのあひだには大変なちがひがある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
容貌優雅にして、進退のやさしさ、義仲などのたぐひにはあらず。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田地持のたぐひ何時いつしかに流浪の身となつたものが多い。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
知らずや、かゝる雄誥をたけびの、世にたぐひ無く烏滸をこなるを
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
汝のたぐひ、二十人、我に向ひて戰ふも
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
歎く葦原のたぐひのみでない
傾ける殿堂 (新字旧仮名) / 上里春生(著)
みつ、砂糖のたぐひと思はん。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
落人おちうどへば、をどつた番組ばんぐみなにうしたたぐひかもれぬ。……むらさきはうは、草束くさたばねの島田しまだともえるが、ふつさりした男髷をとこまげつてたから。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへたぐひを見ざる程ならむ 五二—五四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
又『ろおれんぞ』がわが身の行儀を、御主『ぜす・きりしと』とひとしく奉らうず志は、この国の奉教人衆の中にあつても、たぐひ稀なる徳行でござる。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此家は古の墳墓のあとなり。このたぐひの穴こゝらあれば、牧者となるもの大抵これに住みて、身をまもるにも、又身を安んずるにも、事足れりとおもへるなり。
秋の日は銀杏の葉を通して、部屋の内へ射しこんで居たので、変色した壁紙、掛けてある軸、床の間に置並べた書物ほんと雑誌のたぐひまで、すべて黄に反射して見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
賞なくばあらじとて、十両の金を給ひ、二二かたなをもゆるして召しつかひけり。人これを伝へ聞きて、左内が金をあつむるは、二三長啄ちやうたくにして飽かざるたぐひにはあらず。
心持ち顏をあかくして、お光はニタ/\笑ひながら、小池のしたやうにして、繪馬ゑまたぐひを見て𢌞はつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
申樂さるがくの者が度々急使を以て召され、又放鷹はうようの場では旅人までが往來を禁ぜられるたぐひである。忠之が江戸からの歸に兵庫の宿で、世上の聞えをも憚らずに、傀儡女くぐつめを呼んだこともある。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
鳥の声ぞと聞けば鳥の声なり、秋の声ぞと聞けば、おもしろさ読書のたぐひにあらず。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そのはだの色の男に似気無にげなく白きも、その骨纖ほねほそに肉のせたるも、又はその挙動ふるまひ打湿うちしめりたるも、その人をおそるる気色けしきなるも、すべおのづか尋常ただならざるは、察するに精神病者のたぐひなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ヂュリ (獨語的に)類無たぐひないわがこひが、たぐひないわが憎怨にくしみからうまれるとは! ともらではや見知みしり、うとったときはもう晩蒔おそまき! あさましい因果いんぐわこひにくかたきをば可愛かはゆいとおもはにゃならぬ。
胆力はいのちりのはげしい、親爺おやぢの若い頃の様な野蛮時代にあつてこそ、生存に必要な資格かも知れないが、文明の今日から云へば、古風な弓術撃剣のたぐひと大差はない道具と、代助は心得てゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また小石川金剛寺坂下こいしかはこんがうじざかしたの下水を人参川にんじんがはと呼ぶたぐひである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
知らずや、かゝる雄誥をたけびの、世にたぐひ無く烏滸をこなるを
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
不思議といふもたぐひなし。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我このことばを聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこのたぐひなるべし 八八—九〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
奥に三味さみの聞ゆるたぐひにあらざるをもつて、頬被ほゝかぶり懐手ふところで、湯上りの肩に置手拭おきてぬぐひなどの如何いかゞはしき姿を認めず、華主とくいまはりの豆府屋、八百屋、魚屋、油屋の出入しゆつにふするのみ。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)