すみ)” の例文
広い室内のすみの方へ、背後うしろに三角のくうを残して、ドカリと、傍床わきどこの前に安坐あんざを組んだのは、ことの、京極きょうごく流を創造した鈴木鼓村こそんだった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
よるもうっかりながしのしたや、台所だいどころすみものをあさりに出ると、くらやみに目がひかっていて、どんな目にあうかからなくなりました。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ろうをぬったひげだるまの目は、むこうのすみでぴかぴか光っているし、すさのおのみことは刀をいて八頭の大蛇だいじゃを切っていました。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
「もうおしまひだ、もうおしまひだ、望遠鏡、望遠鏡、望遠鏡」と狐は一心に頭のすみのとこで考へながら夢のやうに走ってゐました。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
世に越後の七不思議なゝふしぎしようする其一ツ蒲原郡かんばらこほり妙法寺村の農家のうか炉中ろちゆうすみ石臼いしうすあなよりいづる火、人みな也として口碑かうひにつたへ諸書しよしよ散見さんけんす。
部屋のすみにころがされて、泣き叫ぶ赤児の声も耳にはいらないのか、一日じゅう寝そべったまま、天床てんじょうか壁をぼんやりとながめていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なあおすみ、お豊がこう化粧おつくりした所は随分別嬪べっぴんだな。色は白し——姿なりはよし。うちじゃそうもないが、外に出りゃちょいとお世辞もよし。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いつか散歩のついでに町の花屋で買って来たサイネリヤが、雑誌や手紙や原稿紙の散らばった卓子テイブルすみに、わびしくしおれかかっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さうして座敷ざしきすみ瞽女ごぜかはつて三味線さみせんふくろをすつときおろしたとき巫女くちよせ荷物にもつはこ脊負しよつて自分じぶんとまつた宿やどかへつてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
雅楽所を出る時は、それがほんのつけたりになってしまった。自分はいよいよ彼に別れる間際まぎわになって、始めてかどすみに立った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一体いつたい東海道とうかいだう掛川かけがは宿しゆくからおなじ汽車きしやんだとおぼえてる、腰掛こしかけすみかうべれて、死灰しくわいごとひかへたから別段べつだんにもまらなかつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天井はエナメル塗りの打ち出しブリキ板で張られ、床は質の好い瀬戸物で敷きつめられてゐた。東のすみには古びた上流しが附いてゐた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
東京あたりでもすみのことを隅ッコといい、うんコ・しッコなどと語尾のコを附ける場合が少くないが、東北地方にはことにそれが多い。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
認めあれはと問えば今が若手の売出し秋子とあるをさりげなくはらにたたみすぐその翌晩月の出際でぎわすみ武蔵野むさしのから名も因縁づくの秋子を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
先生と高瀬と一緒にその室へ行った時は、大尉はすみのところに大きな机を控えていた。高瀬は、大尉とは既に近づきに成っていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
きつとその辺のすみつこにうち倒れて、口からあわを吹いてゐるのだらう。ひよつとすると、もう死んじまつてゐるかも知れない……。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
したには小石こいしが一めん敷詰しきづめてある。天井てんぜうたかさは中央部ちうわうぶは五しやくずんあるが。蒲鉾式かまぼこしきまるつてるので、四すみはそれより自然しぜんひくい。
大きい古いけやきの樹と松の樹とが蔽い冠さって、左のすみ珊瑚樹さんごじゅの大きいのがしげっていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
僕はいまだに泣き声を絶たないめす河童かっぱに同情しましたから、そっと肩をかかえるようにし、部屋へやすみ長椅子ながいすへつれていきました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その代り、日中でもよく何かにつまずいて、のめる程暗いすみに転がったまま、その漁夫がうなっているのを、何日も何日も聞かされた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
この相談を受けた時、二葉亭の頭のすみッコにマダ三馬さんば春水しゅんすいの血が残ってるんじゃないかと、内心成功を危ぶまずにはいられなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
なんという俳優か名前はわからなかったが角帯をしめた四十歳前後の相当の幹部らしいひとが二人、部屋のすみ籐椅子とういすに腰かけていた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうおもえばますます居堪いたまらず、ってすみからすみへとあるいてる。『そうしてからどうする、ああ到底とうてい居堪いたたまらぬ、こんなふうで一しょう!』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
女は激しい痙攣けいれんでも起したかのように、ふるえる手にいきなり鶴見の見ていた本を取り上げて、引き破って、座敷のすみに放りやった。
寅彦のファンは日本中にたくさんあって、先生の全集はすみから隅まで、何回となく繰り返して読んだという熱心な人がよくある。
天災は忘れた頃来る (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そしてどこかもぐり込むすみでもないかと、きょろきょろ探し廻ってるうちに、ある立派な帽子屋ぼうしやの店が閉め残されてるのを見つけました。
不思議な帽子 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「今晩あたり来ようものなら、ひと打ちだ」と、台所のすみで鼻のさきを赤くして、おしきせの酒をちびりちびりとやるげなんもあった。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それよりか、これまでの学校でやって来た白鳥会の気持ちを、塾の共同生活のすみから隅まで生かす、といったほうがみこみやすいかね。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
灰及び燒け木は竪穴たてあなすみより出づる事有り、また貝塚の中より出づる事有り。飮食物いんしよくぶつ煮焚にたきは屋内にても爲し又屋外にても爲せしが如し。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
アントアネットは車室の向こうすみにすわり、窓の方を向いて、黙って涙を流した。彼らは三人とも同じ理由で泣いているのではなかった。
たとへ汝は世界の涯より涯まで歩めばとて、すべてのものは無なり。たとへ汝の家のすみに止まりたればとて、すべて在るものはみな無なり
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
このときし地下室をのぞいていた者があったとしたら、すみんだ空樽あきだるの山がすこし変にじれているのに気がついたであろう。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
室のすみに一つのかめがあってい酒を貯えてあったので、それを取って飲んだが、すこしすくなくなると渓の水を汲んで入れた。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
二室ふたしつを打抜いた広間には、一列にデスクが並んで、十数名の男女が事務をっている。北川は、その一方のすみのタイピスト達の席を眺めた。
わたし是非ぜひ怠惰屋なまけやになるのだ、是非ぜひなるのだ』と言張いひはつてかない。さくらかはくどころか、いへすみはうへすつこんでしまつて茫然ぼんやりして居る。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
かくして、お前は心のすみに容易ならぬ矛盾と、不安と、情なさとを感じながら、益〻ますます高く虚妄きょもうなバベルの塔を登りつめて行こうとするのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鼠はその間にふすまを伝わって天井のすみの壁のくずれの穴へ入ってしまいましたが、郁太郎の泣き声は五臓からしぼり出すようです。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
土佐の山村でも、隅葺すみふきさんというただ一人の屋根葺き職を頼み、すみのむつかしい仕事だけを引受けてもらうことにしていた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「どうか、平和で、静かで、風にも散らぬ樹となり、花を結ぶよう——」母性のうれいを眸にこめて、隣の室のすみをながめた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ニヤリとわらったまつろうが、障子しょうじすみへ、まるくなったときだった。藤吉とうきち案内あんないされたおこのの姿すがたが、影絵かげえのように縁先えんさきあらわれた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
身屋むや贄殿にえどのの二つのすみには松明が燃えていた。一人の膳夫かしわでは松明のほのおの上で、鹿の骨をあぶりながら明日の運命を占っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「あなたがもう少し落着かれるまでは。部屋の向うのすみに行ってください、あすこなら私たちの話すことが聞えませんから」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼は久し振りに学校へ出掛けて行く中学生のようであったが、その昔の中学生がまだ根強く心のすみはびこっているのであった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「殿様は今お帰りになるではありませんか。どこのすみにはいっておいでになったのでしょう。あのお年になって浮気うわきはおやめにならない方ね」
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さいはひ美吉屋みよしやの家には、ひつじさるすみ離座敷はなれざしきがある。周囲まはり小庭こにはになつてゐて、母屋おもやとの間には、小さい戸口の附いた板塀いたべいがある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
或庭の光景で、其処そこの紅梅はもう散ってしまったが、その頃庭のすみには連翹がもう黄色い花をつけていた、というのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
森要人先生は、その女学校でもたいした重要なひとでもないらしく、朝礼の時間でも、庭のすみに呆んやり立っていられた。
私の先生 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私はゆうべこのホテルに着くなりすぐ目に入れたところの、廊下のすみにほうり出されていた、びかかったようなタイプライタアを思い出した。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「さア、親分何うです、中が死んで、すみが死んで、目のあるのは幾つもありませんぜ。——今更しちやうの當りなんか打つたつて追つ付くもんですか」
隣の物干しの暗いすみでガサガサという音が聞こえる。セキセイだ。小鳥が流行はやった時分にはこの町では怪我人けがにんまで出した。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)