“征”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
53.2%
17.0%
12.8%
4.3%
おさ2.1%
しちやう2.1%
しちょう2.1%
せい2.1%
2.1%
2.1%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“征”を含む作品のジャンル比率
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.2%
文学 > 日本文学 > 詩歌0.3%
文学 > 日本文学 > 小説 物語(児童)0.2%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
ああ思ひきや、西土せいどはるかにくべかりし身の、こゝに病躯びやうくを故山にとゞめて山河の契りをはたさむとは。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
信長は、自分の危惧きぐをふきとばして、哄笑した。なにかしら、このおとこけばと、安心がついたのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寛正六年のことである。三代の祖先信昌公には、板垣三郎、下山五郎、この二人を先陣として叛臣跡部景家を夕狩沢におめなされた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それ敵がめて来たぞ!」「弓を射ろ槍を飛ばせろ!」「敵は向こうの林の中にいるぞ! 油断をするな油断をするな」
と、考えるまでもなく、戦場から戦場が、殆ど良人の半分の生活だった。遠くは、海をこえて、朝鮮へまで戦いにっているのである。
選りに選ってなぜこんな凡将を残してったかといえば、樊城はんじょうへ出陣の前、この二将に落度があった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いざたせ早や東へ、
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いざたせ早や東へ、
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
板垣退助が参謀となり、岩倉具定を総督とし、土州、因州いんしゅう薩州さっしゅうの兵三千、大砲二十門を引いて、東山道軍と称し、木曾路から諏訪へ這入り、甲府を襲い、甲府城代佐藤駿河守殿をおさめ、甲府城を乗取ろうとしているのじゃ。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「さア、親分何うです、中が死んで、すみが死んで、目のあるのは幾つもありませんぜ。——今更しちやうの當りなんか打つたつて追つ付くもんですか」
「さア、親分どうです、中が死んで、すみが死んで、目のあるのは幾つもありませんぜ。——今さらしちょうの当りなんか打ったって追っつくもんですか」
「そうだ。孔明こうめいを迎えてしょくせいし、三国の一方を占めて帝座にのぼった人物。この人がまだ志も得ず、孔明にも会わず、同族の劉表りゅうひょうに身を寄せて、いわば高等食客をしていた壮年時代に、こんなはなしがある」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お前は二十人の部下を連れて、西の門から乱入しろ。そうして出邸へ火を掛けろ。さて、最後にこの俺だが、残りの二十人を引率し、表門から向かうことにする。一世一代の赤格子めだ、命限り働くがいい」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
森田屋一味の赤格子
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「我レ東ヲチシヨリ、茲ニ六年ニナリヌ、又天皇ノリテ、兇徒キョウトコロサレヌ。」と、後世つくられた、いわゆる「建国の詔」に、その事が明らかにされてある。