)” の例文
わたしたちの千人針を持たないでったひとは、みな千早とやら金剛山とやらで死んでおりますよ。——と。さえずりぬく。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二千に足らぬ兵と留守城のまもりをあずかった夏目吉信は、玄黙口のやぐらの上にのぼって、兵馬の去ってった闇のかなたを、身じろぎもせずに見まもっている。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もともと弟の惣吉が、両親にはひた隠しに隠しながら、友太にだけこの女のことを打ち明けて、あとの一切を委せてったということは、異母兄である友太に寄せる全幅の信頼を示してはいた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
「ああ。引受けたよ。安心してっておいで」
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
選りに選ってなぜこんな凡将を残してったかといえば、樊城はんじょうへ出陣の前、この二将に落度があった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、他人事ひとごとではない。自分らの息子、おい、兄弟たちもみなっているのだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、山寨の留守には統領晁蓋のほか、劉唐りゅうとう呂方りょほう郭盛かくせいなど、本営のかために残ることとなったが、出陣の方には、名だたる男ども、あらましの豪傑が、宋江そうこう麾下きかにしたがってで立った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
在京の兵をひきい、内海の賊徒を平定にったのだ。春四月から八月までかかって、海賊の頭株あたまかぶ以下三十余人を数珠じゅずつなぎにし、意気揚々と、都へ、凱旋がいせんしたときの晴れがましさは、忘れ得ない。
遠くは、海をこえて、朝鮮へまで戦いにっているのである。
ってまいります」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
って参ります」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)