足下あしもと)” の例文
尺八の穴みなビューッと鳴って、一角の大刀を大輪おおわに払うと、払われたほうは気をいらって、さっとそのさき足下あしもとからずり上げる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風がはげしくなり、足下あしもとくもがむくむくとき立って、はるか下の方にかみなりの音までひびきました。王子はそっと下の方をのぞいてみました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
よろよろと、足下あしもともさだまらぬ机博士を、荒くれ男が左右から、ひったてるようにして、やってきたのは首領かしらの待っている特別室。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くぬぎからならと眼をつけ、がさ/\と吾がみ分くる足下あしもとの落葉にも気をつけ、木を掘ったあとのくぼみを注視し、時々立止って耳を澄ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
睦田むつだ老巡査はフト立ち止まって足下あしもとを見た。黄色い角燈かくとうの光りの輪の中に、何やらキラリと黄金色きんいろに光るものが落ちていたからであった。
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
帯の間に、いつ手が這入はいったか、余は少しも知らなかった。短刀は二三度とんぼ返りを打って、静かな畳の上を、久一さんの足下あしもとへ走る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
足下あしもとの悪い道を夜になって帰るのは好ましくない。この辺に小屋があらば今夜は泊って、明朝早く六万平へ往こうと決心した。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
野村は子供のように微笑しながら、心もち椅子をずらせて、足下あしもとに寝ころんでいた黒犬を、卓子掛テエブルクロオスの陰からひっぱり出した。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蝙蝠かわほりのような怪しい鳥が飛んで来て、蝋燭の火をあやうく消そうとしたのを、重太郎は矢庭やにわ引握ひっつかんで足下あしもとの岩に叩き付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
生憎あいにくよるからつてそらにははげしい西風にしかぜつて、それにさからつてくおしな自分じぶんひど足下あしもとのふらつくのをかんじた。ぞく/\と身體からだえた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
而して、町端まちはずれの寺などに行って、落葉の降る墓場の中に立って、足下あしもとのその名も知らない冷たな墓石をなでて考え込む。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
小高き丘に上りしほどに、ふと足下あしもとに平地ありて広袤こうぼう一円十町余、その一端には新しき十字架ありて建てるを見たり。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足下あしもとには層をなして市街の屋根が斜めに重なり、対岸には珠江しゆかう河口かこういだいた半島が弓形きゆうけいに展開し、其間そのあひだひさごいた様な形で香港ホンコン湾があゐを湛へて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
お島は二人の間にはさまれて、やがて細い崖道を降りて行ったが、目が時々涙に曇って、足下あしもとが見えなくなった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
見よ見よわが足下あしもとのこのこいしは一々蓮華れんげ形状かたちをなし居る世に珍しき磧なり、わが眼の前のこの砂は一々五金の光をもてる比類たぐいまれなる砂なるぞと説き示せば
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
悲鳴をあげて、三田の鼻さき迄逃げて來た女の足下あしもとに、薄禿の頭を突出して四這になつて居る男があつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
千々岩ちぢわ灘に対して立つ時、足下あしもとに深く落込おちこんでいる渓谷は、絹笠の山脚さんきゃくと妙見の山脚が作る山領さんりょう谷である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
我等は暗きあなの中巨人の足下あしもとよりはるかに低き處におりたち、我猶高き石垣をながめゐたるに 一六—一八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
足下あしもとのぞくと崖の中腹に生えた樹木のこずえすかして谷底のような低い処にある人家の屋根が小さく見える。
何しろ極く狭い田舎なので、それに足下あしもとから鳥が飛立つ様な別れ方であつたから、源助一人の立つた後は、祭礼おまつり翌日あくるひか、男許りの田植の様で、何としても物足らぬ。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
久しぶりに旧師の飛衛を訪ねた時、しかし、飛衛はこの顔付を一見すると感嘆かんたんしてさけんだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我儕われらのごとき、足下あしもとにも及ぶものでないと。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
突然足下あしもとから雉子きじが飛び出したのに驚かされたり,その驚かされたのが興となッて、一同笑壺えつぼに入ッたりして時のうつッたのも知らず、いよいよ奥深くはいッて往ッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
逸作は、息子の手紙をたたんだりほぐしたりしながら比較的実際的な眼付きを足下あしもと一処ひとところへ寄せて居た。逸作は息子に次に送るなりの費用の胸算用むなざんようをして居るのであろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
足下あしもとに獣と鳥とがゐる、鍬は地を耕すことを意味し、獣と鳥とは地上の生物を意味し、しかもこの二種の動物は人間の顔をしてゐて、殊に獣の尻尾には星の燈火が燃えてゐる
あるひ其頃そのころ威勢めをひ素晴すばらしきものにて、いまの華族くわぞくなんとして足下あしもとへもらるゝものでなしと、くちすべらしてあわたゞしくくちびるかむもをかし、それくらべていま活計くらしは、きえしもおなじことなり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うなると日頃ひごろ探檢氣たんけんきしやうじて、危險きけんおもはず、さらおくはうすゝむと、如何いかに、足下あしもと大々蜈蜙だい/″\むかでがのたくツてる——とおもつたのはつかで、龕燈がんどうらしてると
いつの間にか、三人は椅子から離れて、キャラコさんの足下あしもとの床へ坐り込んでしまった。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
涙ながらに手をつかへて、吾が足下あしもと額叩ぬかづく宮を、何為らんとやうに打見遣りたる貫一は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ぴきの白い蝶だ、最早もう四辺あたりは薄暗いので、よくも解らぬけれど、足下あしもとあたりを、ただばたばたと羽撃はうちをしながら格別かくべつ飛びそうにもしない、白い蝶! 自分は幼い時分の寐物語ねまのかたりに聞いた
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
こう云いながら鬼小僧は、足下あしもとに置いてあった盃洗を取り上げ、グイと左手で差し出した。それからこれも足元にあった、欠土瓶かけどびんをヒョイと取り上げたが、ドクドクと水を注ぎ込んだ。
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
直ぐ足下あしもとには、小川が流れてゐたが、水面には螢の影が、入亂れてうつつてゐる。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
彼の寝床の帷幄は、私は敢て断言するが、一つの手でわきへ引き寄せられた。足下あしもとの帷幄でも、背後うしろの帷幄でもない、顔が向いていた方の帷幄なのだ。彼の寝床の帷幄は側へ引き寄せられた。
だしぬけにいななく声足下あしもとに起こりて、馬上の半身坂より上に見え来たりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
が、それは多分何物をも見てはいなかっただろう。勿論もちろん、彼女は、私が、彼女の全裸の前に突っ立っていることも知らなかったらしい。私は婦人の足下あしもとの方に立って、此場の情景に見惚みとれていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
まへこゝろ虚僞いつはりがなく、まこと夫婦めをとにならうなら、明日あす才覺さいかくして使者つかひをばげませうほどに、何日いつ何處どこしきぐるといふ返辭へんじをしてくだされ、すれば、一しゃう運命うんめいをばおまへ足下あしもと抛出なげだして
そしてここに住む者の冷静でむらのない気質に相応した波だちのない永久的なおちつきが、琥珀色こはくいろの夕方の空におけるごとくそこを支配している。天はわれわれの頭上のみならず足下あしもとにもあるのだ。
「寂しいです」朴は足下あしもとみつめながら沈んだ声で答えた。「こうして達者でいるときは何でもないですが、病気なんかすると心細いですよ。ふだんは親切な人でもそうした時はいやがりますからね」
いつもそれへ女が腰を掛けると、その足下あしもとに男は横になっている。一枚の暖かい、鼠色ねずみいろの毛布を持って来て、それを敷物にも上掛うわがけにもするのである。そこに横になって頭を女のひざの上に載せている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
夫人は、この青年を、彼女の「足下あしもと」にひざまずかせようという意図でもあるように夫人の片言微笑には、孔雀くじゃく尾羽おばねを、一杯に広げたような勿体もったいぶった風情があり、華やかな巧緻なこびに溢れていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おお君等の足下あしもとに何と地面が掘り下げられてゆくよ。
地を掘る人達に (新字新仮名) / 百田宗治(著)
「まあ、これは綺麗ですこと、ジエィンさん! この足下あしもとにも及ばないリードのお孃さん方はさておき、リードお孃さんの先生がおきになるのにも負けないくらゐ立派な畫ですわ。それから、佛蘭西語はなすつたのですか?」
足下あしもとなる犬は驚きて耳を立てたり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
今まで俊助の足下あしもとに寝ころんでいた黒犬は、この時急に身を起すと、階段の上り口をにらみながら、すさまじい声でうなり出した。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は時々生温なまぬるい水に足下あしもとを襲われました。岸へ寄せる波の余りが、のしもちのようにたいらにひろがって、思いのほか遠くまで押し上げて来るのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「わからぬか! ああせねば和議はまとまらん。たとえ成立しても、わが足下あしもとを見て、和議などはすぐ反古ほごとし、追い撃ちして来るは明らかである」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巡査が松明を振翳ふりかざす途端に、遠い足下あしもとの岩蔭に何かは知らず、金色こんじきの光を放つ物が晃乎きらりと見えた。が、松明の火のうごくにしたがって、又たちまちに消えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
くべきときためにのみうまれてかへる苅株かりかぶかへし/\はたらいて人々ひと/″\周圍しうゐから足下あしもとからせまつて敏捷びんせううごかせ/\とうながしてまぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうしてその真中の自分の足下あしもとには鉄と氷の二タ通りの死骸が虚空を掴んで倒れたまま、これも自分を睨んでいます。青眼先生はその氷の死骸を指して——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
耳無地蔵の足下あしもとなどに、さま/″\の他の無名草ななしぐさ醜草しこぐさまじり朝露を浴びて眼がさむるように咲いたつゆ草の花を見れば、竜胆りんどうめた詩人の言を此にもりて
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
空には蜻蛉とんぼなどが飛んで、足下あしもとくさむらに虫の声が聞えた。二人は小高い丘のうえに上って、静かな空へ拡がって行く砲兵工廠ほうへいこうしょうの煙突の煙などをしばらく眺めていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)