芙蓉ふよう)” の例文
今になつて思へば白芙蓉ふようのやうな感じの女だつた大田ノ王女が、病身ながらまだ存命で、正妃であつてくれた頃はまだしもよかつた。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
白馬は疎林そりんの細道を西北へ向ってまっしぐらに駆けて行った。秋風に舞う木の葉は、鞍上の劉備りゅうび芙蓉ふようの影を、征箭そやのようにかすめた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つぎ御小姓組おこしやうぐみなる勤仕きんしこうあらは有章公いうしやうこうの御代に御徒頭おかちがしらとなり其後伊勢山田奉行ぶぎやう仰付られ初て芙蓉ふよう御役人のれつに入りけるなり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今日けふごと浪路なみぢおだやかに、やがあひとも※去くわこ平安へいあんいはひつゝ芙蓉ふようみねあふこと出來できるやうにと只管ひたすらてんいのるのほかはないのである。
甲斐は暗い庭を見やりながら、今年はまだ芙蓉ふようが咲かないな、と思った。その庭の芙蓉はいつも、よそよりもずっと早く咲いた。
こっちの手水鉢ちょうずばちかたわらにある芙蓉ふようは、もう花がまばらになったが、向うの、袖垣そでがきの外に植えた木犀もくせいは、まだその甘い匂いが衰えない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
萩に、ススキに、芙蓉ふようが咲いて、昼の虫が、絶え絶えに鳴く。いわゆる造庭の法則を無視して、しかも無限の味わいがあった。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
唐物からものかご芙蓉ふよう桔梗ききょう刈萱かるかやなど秋草を十分にけまして、床脇の棚とうにも結構な飛び青磁の香炉こうろがございまして、左右に古代蒔絵こだいまきえの料紙箱があります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
また紅い芙蓉ふようや黄のカンナを、妻と二人の子を、その一人は生れてやっと一と月にしかならぬ篁子こうこのことを
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
わずかに築山つきやまの蔭に貧弱な芙蓉ふようが咲いているのと、シュトルツ邸の境界寄りに、一叢ひとむら白萩しらはぎがしなだれている外には、今は格別人眼をくような色どりもない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
芭蕉ばしょう芙蓉ふようはぎ野菊のぎく撫子なでしこかえでの枝。雨に打たれる種々いろいろな植物は、それぞれその枝や茎の強弱に従ってあるものは地に伏し或ものはかえって高くり返ります。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
狭いが、群集ぐんじゅおびただしい町筋を、斜めにやっこを連れて帰る——二個ふたつ前後あとさきにすっと並んだ薄色の洋傘こうもりは、大輪の芙蓉ふよう太陽を浴びて、冷たく輝くがごとくに見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大変やつれていたけれど美しい人の窶れたのは芙蓉ふように雨がかったようなものでその美しさを二倍にする。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
風雅な屋根付きの門のなかには、芙蓉ふようのほの白く咲いているのが夕闇の底から浮いているように見えた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、彼女等の視線は、あからめもせず、半開きにした銀扇で、横がおをかくすようにした雪之丞の、白く匂う芙蓉ふようの花のようなおもばせにそそがれているのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と正三君はあやまりながらきおこした。照彦てるひこ様は刺繍台ししゅうだいをつぶしたことに気がつくと、正三君を突きのけて逃げていった。ご丹精たんせい芙蓉ふよう落花狼藉らっかろうぜきになっている。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
瑠璃るり色なる不二の翅脈しみやくなだらかに、じよの如き積雪をはだへの衣にけて、悠々いう/\と天空にぶるを仰ぐに、絶高にして一朶いちだ芙蓉ふよう、人間の光学的分析を許さゞる天色を
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
そうしてなしを作り、墨絵をかきなぐり、めりやすを着用し、ひるの貝をぶうぶうと鳴らし、茣蓙ござね、芙蓉ふようの散るを賞し、そうして水前寺すいぜんじの吸い物をすするのである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大目付は芙蓉ふようの間詰、禄は三千石、相役四人ともに旗本ばかりで、時には老中の耳目となり、時にはまた、将軍家の耳目となり、大名旗本の行状素行ぎょうじょうそこうにわたる事から
曇るかがみの霧を含みて、芙蓉ふようしたたる音をくとき、むかえる人の身の上に危うき事あり。砉然けきぜんゆえなきに響を起して、白き筋の横縦に鏡に浮くとき、その人末期まつごの覚悟せよ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二十分の後此楽屋がくやから現われ出た花嫁君はなよめぎみを見ると、秋草の裾模様すそもようをつけた淡紅色ときいろの晴着で、今咲いた芙蓉ふようの花の様だ。花婿も黒絽紋付、仙台平の袴、りゅうとして座って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ホースで水をいたり、くわやシャベルを持ち出して、はぎ芙蓉ふようの植え替えをしたり、薔薇ばらやダリヤの手入れをしていると、老いた孤独の姿がますます侘しく心に反映して来て
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これは芙蓉ふようの花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。この山国の湖には夏がすぎてからはほとんど日として嵐の吹かぬことがない。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
海はなめらかにひろがり、はるか水平線の上に白くうかぶは芙蓉ふようの峰、——富士山だ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
名ばかりの垣根で、育ちのわるい貧弱なマサキがまばらに立っているだけだが、その前の芙蓉ふようが、いまをさかりと咲きほこっているので、花の陰になって、ひとのすがたは見えない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
僕は、無念の心が未だ晴れず、そんな物を飲む気になれぬので、一人車房に残つた。しばらくして車房をいで、やぶの方に小便をしに行くと、そこに日本にあるやうな白芙蓉ふようが咲いてゐる。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
芙蓉ふよう、古木の高野槇かうやまき、山茶花、萩、蘭の鉢、大きな自然石、むくむくと盛上つた青苔あをごけ枝垂桜しだれざくら、黒竹、常夏とこなつ花柘榴はなざくろの大木、それに水の近くには鳶尾いちはつ、其他のものが、程よく按排あんばいされ
それは芙蓉ふようの花のように美しい中にも、清楚な趣のあった女のように思われる。
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
犬山道節どうせつが森鴎外で、色は黒、花では紫苑しおん犬飼現八いぬかいげんぱちは森田思軒で、紫に猿猴杉えんこうすぎ。犬塚信乃しのが尾崎紅葉で緋色ひいろ芙蓉ふよう。犬田小文吾こぶんごが幸田露伴、栗とカリン。大法師が坪内逍遥で白とタコ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
芙蓉ふようはな清々すがすがしくもいろめて、西にしそらわたった富岳ふがくゆきえていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
さっきお蓮様が丹精していると言った、うす紅色の芙蓉ふようの花は、無残に散り敷いている。それは、いまのお蓮様の姿のように、憐れにも同情すべきものとして、源三郎の眼に映ったのでした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
下界から見る芙蓉ふようの峯とは思いもつかぬような醜い形と色とをしていた。
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのはるきたるごとに余に永遠希望の雅歌を歌いくれし比翼ひよくママ有する森林の親友も、その菊花かんばしき頃巍々ぎぎとして千秋にそびえ常に余に愛国の情を喚起せし芙蓉ふようの山も、余が愛するものの失せてより
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
芙蓉ふようの葉は舌を垂らす。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
花の色——芙蓉ふようしな
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
芙蓉ふようさきの身とすれば
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
芙蓉ふようの花の
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
芙蓉ふようはな
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
さあれ、その艶姿は、海棠かいどうが持ち前の色を燃やし、芙蓉ふようが葉陰にとげを持ったようでなお悩ましい。いってみれば、これや裏店うらだな楊貴妃ようきひともいえようか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風呂屋で水を浴び、庭へ出てまだほの暗い光りのなかで、枯れたままの、萩やすすき芙蓉ふようなどを、根から刈ったり、父の好きな、白桃の枝をおろしたりした。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
権堂と呼ばれた乞食体こじきていの男は、橋の上へ、ヘタヘタと坐ると、その上へ美しい娘の土岐子は、崩折くずおれた芙蓉ふようの花のように、気をうしなって倒れてしまいました。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
無論むろんつま大佐たいさ病氣びやうき次第しだいはやかれおそかれかへつてますが、ながく/\——日本帝國につぽんていこく天晴あつぱ軍人ぐんじんとしてつまでは、芙蓉ふようみねふもとらせぬつもりです。
さて又大岡越前守には明六あけむつのお太鼓を相※あひづに登城なされしがはや伊豆守殿には登城ありて芙蓉ふようひかへ給ひ伊勢守と何か物語ものがたりの樣子なれば越前守には高木伊勢守を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
留南奇とめきかおり馥郁ふくいくとして、ふりこぼるる縮緬ちりめんも、緋桃ひももの燃ゆる春ならず、夕焼ながら芙蓉ふよう花片はなびら、水に冷く映るかと、寂しらしく、独りしおれてたたずんだ、一にん麗人たおやめあり。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朱塗りの欄干らんかんえがいたように、折れ曲っている容子ようすなぞでは、中々大きな構えらしい。そのまた欄干の続いた外には、紅い芙蓉ふよう何十株なんじっかぶも、川の水に影を落している。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たとえば目垣めがきでも屋根でも芙蓉ふようでも鶏頭けいとうでも、いまだかつてこれでやや満足だと思うようにかけた事は一度もないのだから、いくらかいてもそれはいつでも新しく
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その狼藉たる真っ只中に一輪の芙蓉ふようが咲きでたように、鳰鳥は端座しているのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「もう大丈夫だいじょうぶですよ。内藤君、見たまえ。芙蓉ふようだ。これは花壇のを写生したんだぜ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
既ニシテ夕陽林梢ニアリ、落霞飛鳧らっかひふ、垂柳疎松ノ間ニ閃閃せんせんタリ。長流ハ滾滾こんこんトシテ潮ハ満チ石ハ鳴ル。西ニ芙蓉ふようヲ仰ゲバ突兀万仞とっこつばんじん。東ニ波山ヲレバ翠鬟すいかん拭フガ如シ。マタ宇内ノ絶観ナリ。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時の勘定奉行萩原近江守はぎわらおうみのかみが、小判の直吹じかぶき制度を採用することになり、本郷霊雲寺わきの大根畑(地名)に幕府直属の吹所ふきどころ(鋳造所)をつくり、諸国の金座人をここへ集め、金座を芙蓉ふよう間詰まづめ
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)