とこ)” の例文
卑近ひきんな実例を上げるならば、彼は幼少の頃、女中の手をわずらわさないで、自分でとこを上げたりすると、その時分まだ生きていた祖母が
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
行燈あんどんの光に照された、古色紙こしきしらしいとこの懸け物、懸け花入はないれ霜菊しもぎくの花。——かこいの中には御約束通り、物寂びた趣が漂っていました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
父親ちちおやはなにかいっていましたが、やがて半分はんぶんばかりとこなかからからだこして、やせたでその金貨きんかを三にんむすめらにけてやりました。
青い時計台 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこにお京のとこは紅い木綿の裏を見せて、淋しく敷き捨てたまま、枕のふくらみ具合では、一度も寝なかったことが一と目で解ります。
とこには遊女の立姿たちすがたかきし墨絵の一幅いっぷくいつ見ても掛けかへられし事なく、その前に据ゑたる机は一閑張いっかんばりの極めて粗末なるものにて
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しぶい、枯れたお奉行様のわらい声……お艶がいよいよ身をすくめていると、忠相はみずから立ってとこから碁盤ごばんをおろして来た。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あなたのかわいらしいおとこのそばで、ねむってよいとおっしゃるなら、わたしは水のなかから、金のまりをみつけてきてあげましょう。
夕闇の底に拡がるむら花のほの白さが真珠のとこのやうに冷たくかすかに光り、匂やかなつゆをふくんでをとめのかの女を待つてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
まだその頃のことであるから、とこには昔を忘れぬ大小が掛けてある。すわといえばそれを引っさげて跳り出すというわけであった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だからさ、今度は茂七君がとこについたといふやうな場合、あんたなら、うちの細君のやうに、いやな顔はしないだらうと思ふんだ。
医術の進歩 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
とこにも座敷ざしきにもかざりといつてはいが、柱立はしらだち見事みごとな、たゝみかたい、おほいなる、自在鍵じざいかぎこひうろこ黄金造こがねづくりであるかとおもはるるつやつた
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ただ一人でこの温泉に浸りながら、伯父が昔、座敷のとこの天井の見えない所に上等の板を使って得意になっていたのを思い出した。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今朝は日曜なれば家にれど、心は楽しからず。エリスはとこすほどにはあらねど、さき鉄炉てつろほとり椅子いすさし寄せて言葉すくなし。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小菊がとこに挿してある。掛けたあの人の銀短冊のはくの黒くなつたのが自身の上に来た凋落と同じ悲しいものと思つて鏡子は眺めて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
むかし来た時とはまるで見当が違う。晩餐ばんさんを済まして、湯にって、へやへ帰って茶を飲んでいると、小女こおんなが来てとこべよかとう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わがくにける三階建さんがいだて勿論もちろん二階建にかいだて大抵たいてい各階かくかいはしらとこ部分ぶぶんおいがれてある。すなはとほはしらもちひないで大神樂造だいかぐらづくりにしてある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
むかし唐土もろこし蔡嘉夫さいかふといふ人間ひと、水を避けて南壟なんろうに住す。或夜おおいなる鼠浮び来て、嘉夫がとこほとりに伏しけるを、あわれみて飯を与へしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
光一は父と語るひまがなかった、父は伯父さんと共に外出して夜おそく帰った、光一はとこにはいってから校長のことばかりを考えた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
不意にムックリと身を動かした乾分こぶんの多市が、親分の危急! と一心につかみ寄せた道中差どうちゅうざしとこの上から弥助を目がけてさっと突き出す。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とこの壁に掛けた青木の画幀はその額縁を一つの窓として、そこからはユニクな海景が残りなく見わたされるようになっている。
追々薄紙はくしぐが如くにえ行きて、はては、とこの上に起き上られ、妾の月琴げっきんと兄上の八雲琴やくもごとに和して、すこやかに今様いまようを歌い出で給う。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
わたくし頭髪かみたいへんに沢山たくさんで、日頃ひごろはは自慢じまんたねでございましたが、そのころはモーとこりなので、かげもなくもつれてました。
夜は暑くるしきとこの中に、西部利亜シベリアの汽車の食堂にありし二十はたちばかりのボオイの露人、六代目菊五郎にいきうつしなりと思へりしに
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
とこの壁が落ち、横長窓の小舞こまい女竹めたけが折れて居たりして、わしは不快になり、明日から、早速さっそく、職人を入れて修理する様に杉山に命じた。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
机の上は勿論、とこにさえ原稿紙や手紙がらや雑誌や書籍がダラシなくゴタクサ積重ねられ、装飾らしい装飾は一物もなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
權藏ごんざう其居間そのゐまとこ大島老先生おほしまらうせんせい肖像せうざうをかゝげ、其横そのよこさがつてます。これは伸一先生しんいちせんせいもとめていてもらつたのださうです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
とこ掛軸かけじく筆太ふでぶとに書かれた「平常心」の三字も、今のかれにとっては、あまりにもへだたりのある心の消息でしかなかったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
母親は二階のとこの間に、ゆるような撫子なでしこと薄紫のあざみとまっ白なおかとらのおといろいこがねおぐるまとをぜてけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
早々そうそう蚊帳かやむと、夜半よなかに雨が降り出して、あたまの上にって来るので、あわてゝとこうつすなど、わびしい旅の第一夜であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
掛れば瓦羅利からりと開くにいよ/\不審ふしんと進み這入はひれは如何に主個あるじ庄兵衞は何者にか殺害せつがいされたる物と見え血汐ちしほそまりてとこの上にたふれゐるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
年わかい女は、可哀そうに、その悲しみに打ちのめされて、どッととこ臥就ねついてしまい、六週間と云うものは譫言うわごとばかり云いつづけていた。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
母親は病気で長い間とこについたきりでしたし、そのうえにまだはたらくことの出来ない二人の子供こども——六つの女の子と八つになる男の子があり
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
この建物のなかには、小さいとこを持った部屋があって、時々少年囚に、礼儀作法や活花いけばなをここで教えられるのだそうです。
太郎左衛門はとこ刀架かたなかけにかけた刀をおろして、それを半ば抜いてちょと眼を通し、それが済むと目釘めくぎに注意して寝床にいた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
暁方あけがたまで読んだところが、あしたの事業にさまたげがあるというので、その本をば机の上にほうはなしにしてとこについて自分は寝入ってしまった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あのような神か魔か分らないほどのえらいポーデル博士も肺炎はいえんにでもなって、とこについてうんうんうなっているのではないかと心配している。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やすはのんびりと庭をながめてからとこのほうへ立って行って、青磁の安香炉をに受けて勿体らしくひねくりはじめた。滋子はイライラして
ユモレスク (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
昨夜眠りがけに読んでいた毎夕と読売の夕刊をとこの上でひろげて読んでいましたが、さびしくなったので、彼女をそっと起こしてやりました。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
なんだか部屋の中がいやにひつそりしてゐて、事に依つたらあの部屋のとこの上に見習士官は死んで横はつてゐるのではあるまいかと思はれた。
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこのわざを習はざりきとならば、その事このとこよりも我を苦しむ 七六—七八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
すばらしい金屏きんぺいや、とこの唐美人図や、違い棚の豪奢ごうしゃをきわめた置物、飾物を眺めたとき、弱まった気持を、ふたたび緊張させることが出来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「えらいお愛想なしだなア。先生、こんな鰻の寝間ねまとこ)みたいな小っちゃいアバラ屋でっけど、また寄っとくなはれや」
朝子は二階のとこのなかで、やがて眼さめた時は、黄昏近い空にかわききったやうな木の葉をつけた、すゞかけの木がたゞ一つ彼女の眼に入った。
秋は淋しい (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
女の方は三十二三でとこから乗り出して子供を抱えようとした所を後方うしろからグサッと一さしに之も左肺を貫かれて死んでいる。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
昨晩は十一時頃とこに入って、非常にぐっすり眠って、けさはおひさ公と一緒におきてパンをたべて上って来たところです。
其夜そのよとこりしかども、さりとは肝癪かんしやくのやるなく、よしや如何いかなる用事ようじありとても、れなき留守るす無斷むだん外出ぐわいしつ殊更ことさら家内かないあけはなしにして
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たべるものが見つかるでしょう? だれが宿やどをかしてくれるでしょう? だれがおとこをのべてくれるでしょう? そして
室長のヴィオロオヌは、くるりと左右を見廻し、みんながとこいたかどうかをたしかめる。それから爪先つまさきを立てて、そっと燈火あかりを小さくする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
忘れもしない、そのとき、その貧しい老婆のいまわのとこに付きいながら、わたしは思わずジナイーダの身になって、そら恐ろしくなってきた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ちょっととこなどに置いても置かれるもので、どっちかといえば待合式まちあいしきのもので待合の神棚とか、お茶屋の縁喜棚に飾ると似合わしいものです。