幾度いくたび)” の例文
さて一同の目の前には天下の浮世絵師が幾人よって幾度いくたび丹青たんせいこらしても到底描きつくされぬ両国橋りょうごくばしの夜の景色が現われいづるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、気がついて、幾度いくたびもスイッチを入れ直してみたが、機械はもう役に立たなかった。いつの間にやら、故障になっていたのである。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから十分間も過ぎたらまた戸を明けて汁を肉の上へかけて幾度いくたびもその通りにしますと、バターや塩胡椒の味がよく肉へ浸みます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
根岸氏はその豆腐の一つを、ボウル箱に入れて、態々わざ/\正金銀行の支店までボオイに持たせてやつた。根岸氏は幾度いくたびボオイに言つて聞かせた。
「どうぞ、おかあさま、わたしを一下界げかいへやってくださいまし。」と、幾度いくたびとなく、そのちいさな天使てんし一人ひとりは、おかあさまにたのみました。
海からきた使い (新字新仮名) / 小川未明(著)
幾度いくたび幾通いくつう御文おんふみを拝見だにせぬ我れ、いかばかり憎くしとおぼしめすらん。はいさばこのむね寸断になりて、常の決心の消えうせん覚束おぼつかなさ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『もつとちかうおりなさい。それで檢死けんし役目やくめみますか。』とひ/\、玄竹げんちくくさつた死體したいみぎひだりに、幾度いくたびもひつくりかへした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
私までが幾度いくたびも幾度も引っ張り出されたが、今更となると、どうにも気恥かしいのだが、後からただいてまわるには蹤いてあるいた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
来年の天長節は——いや、来年のことはいて、明日のことですらも。斯う考へて、丑松の心は幾度いくたびか明くなつたり暗くなつたりした。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼は酔うと同じ言葉を何遍も繰返す癖のある男だったが、ことにこの感謝の意は少しずつ違った形式で、幾度いくたびか彼の口かられた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しなはやしいくつもぎて自分じぶんむらいそいだが、つかれもしたけれどものういやうな心持こゝろもちがして幾度いくたび路傍みちばたおろしてはやすみつゝたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
往来ゆききれて、幾度いくたびも蔦屋の客となって、心得顔をしたものは、お米さんの事を渾名あだなして、むつの花、むつの花、と言いました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿論、一種の玩具おもちゃに過ぎないのであるが、何しろ西郷というのが呼物で、大繁昌おおはんじょうであった。私なども母に強請せがんで幾度いくたびも買った。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と申す仔細しさいは、信長卿のお供をして幾度いくたびか京都に在るうち、ご主君とご昵懇じっこん近衛前久このえさきひさ様から屡〻しばしばおうわさが出たものでござる。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此の類焼やけの中で又しても/\そう/\内所ないしょはなしをした処が、おまはんが年季を増したのも幾度いくたびだか知れない、亭主のためとは云いながら
昨夜ゆふべの収めざるとこの内に貫一は着のまま打仆うちたふれて、夜着よぎ掻巻かいまきすそかた蹴放けはなし、まくらからうじてそのはし幾度いくたび置易おきかへられしかしらせたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
半左衞門は大いににくく思ひ否々いな/\其口上は幾度いくたび申すも同じ事なり決して申譯には相成ずなほ追々呼出すべしと云るゝ時手代の者立ませいと聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
木の芽はいくらんでも摘んでも生える。正義はどんなことがあってもやり通す。爆弾事件なぞが幾度いくたびあったって志士の決心はくじかれない。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
景色けしきおほきいが變化へんくわとぼしいからはじめてのひとならかく自分じぶんすで幾度いくたび此海このうみこの棧道さんだうれてるからしひながめたくもない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
ふねのはげしき動揺どうようにつれて、幾度いくたびとなくさるるわたくしからだ——それでもわたくしはその都度つどあがりて、あわせて、熱心ねっしんいのりつづけました。
お雪ちゃんは幾度いくたびか米友の労をねぎらって、やがてお芋の皮をむくことが終ると、お茶をいれ、お茶菓子を出して、二人で飲みはじめました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
同胞兄弟です、僕は暖炉ストーブに燃え盛る火焔くわえんを見て、無告の坑夫等の愁訴する、怨恨ゑんこんの舌では無いかと幾度いくたびも驚ろくのです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
これは単に雪の題ならば俗俳家が古人の雪の句を剽窃ひょうせつし来り、または自己の古き持句を幾度いくたびも出さんとする者多き故にこれを予防するの策なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
幾度いくたびも見たり。幼き頃にもよくこの地に泊りに來ては、その賑かなるさまを面白しと思ひぬ。されど今年ほどよくその光景を觀察したる事なし。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
「然うかい、君も然うなのかい、」と私は引取ツて、「工場の前も幾度いくたびとほツたか知れないが、今日ほど悲しいとかんじたことはこれまで一度いちどもなかツた。 ...
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そのために幾度いくたびまぶたぢ/\した。なみだおもむろにあふれでゝもう直視ちよくししようとはしない眼瞼まぶたひかり宿やどしてまつてゐた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
幾度いくたびか、そんな風に考えては、余りに恐しい妄想を振い落そうと試みはしたのですが、併し、そのあとから、すぐに又
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さてさらしやうはちゞみにもあれ糸にもあれ、一夜灰汁あくひたしおき、あけあした幾度いくたびも水にあらしぼりあげてまへのごとくさらす也。
立つたり蹲んだりしてるうちに、何がなしに腹部はらが脹つて来て、一二度軽く嘔吐を催すやうな気分にもなつた。早く帰つて寝よう、と幾度いくたびか思つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
最初近いと聞いた多摩川たまがわが、家から一里の余もある。玉川上水すら半里からある。好い水の流れに遠いのが、幾度いくたびも繰り返えさるゝ失望であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「家じゃ島が一番親に世話をやかせるんでございますよ。これまでに、幾度いくたび家を出たり入ったりしたか知れやしません」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何ともいえぬ恥しさと喜ばしさとを一緒に感じながら、私は幾度いくたびも幾度も自分の着ている着物の袖をあげて見たり、帯のあたりを眺めて見たりした。
「あなたがいくじがないばかりに、あの周禎のような男に矢島の家を取られたのです。」この句が幾度いくたびとなく反復せられる鉄が論難の主眼であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いしずゑの朽ちた塔のやうに、幾度いくたびもゆらゆらと立ちすくんだが、雨風よりも更に難儀だつたは、けしからず肩のわらんべが次第に重うなつたことでおぢやる。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
尼達の饒舌しやべるのを聞いて、偸目ぬすみめをして尼達の胸の薄衣うすぎぬき掛かつてゐる所をのぞいてゐたことは幾度いくたびであらう。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
世帯しょたいもこれで幾度いくたびか持ってはこわし持っては毀し、女房かかあ七度ななたび持って七度出したが、こんな酒はまだ呑まなかった。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし、因襲的につつましやかな日本婦人の血を受け継いだ彼女たちの大部分は、幾度いくたびか迷いつつ踏みこたえた。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
取ろうとして、幾度いくたび行ったか知れませぬ。けれどそのうち一人として帰って来た人はござりませぬ。恐ろしい所でございます。決しておいでなさいますな
大きくなつて藩の銃隊に入り、幕末に起つた幾度いくたびかの戦に従軍して、すばらしい手柄を立て、「鉄砲上村どん」と鉄砲の神様のやうに尊敬されたのだつた。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
が、さすがはこれまで幾度いくたびとなく扮装したことのある京山ですから、突嗟とっさの間に、ある考えを思いつきました。
稀有の犯罪 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「自分はなんと云う不運な性分に生れついたのだろう。」———こう考えて、己は幾度いくたびか自分の前途ぜんとを悲観した。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「どうしたものだろう?」という問は日に幾度いくたびとなく胸に浮ぶが、いつも浮ぶばかりで、答を得ずして消えてしまい、その跡に残るものは只不満足の三字。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
子孫の繁盛という事を考えて、江戸へ運び出す途中において、腹心の者と申し合せ、幾度いくたびにも切って人を替え、時を変え、黒姫山麓に埋蔵したという筋道じゃ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「私は幾度いくたび、自殺を計ったか知れませんが、罪が深いと見えまして、どうしても死ねないのでございます」
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
げに汝が汝のおぼゆる時の間に律法おきてぜに職務つとめ習俗ならはしを變へ民を新たにせること幾度いくたびぞや 一四五—一四七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
狗骨ひいらぎ珊瑚珠さんごじゆの様な赤い実を着けて居た。僕は手帳の上へ老人らうじんに記念として名を書かせた。「エス・ブリゲデイエ」と署名して僕に幾度いくたびも声を出して読ませた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
このきやう、都をへだつること遠からず、むかし行きたる時には幾度いくたびわらぢの紐をゆひほどきしけるが、今は汽笛一声新宿を発して、名にしおふ玉川のきぬたの音も耳には入らで
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
この古い琴の音色ねいろには幾度いくたびか人の胸にひそやかなさざなみが起った事であろう。この道具のどれかが己をそういう目にわせてくれたなら、どんなにか有難く思ったろうに。
大森摂津守は名だたる大旗本で、幾度いくたびか幕府の大官重役に擬せられましたが、その代り今年取って六十二歳、伊奈長次郎の娘お綾とは四十三も年が違って居るはずです。
ことに幾度いくたびとなく出会った小歌の挙動に確められなかったことをたゞ一夕の花次の蔭口に決断してしまうことが自分ながら、如何にも不公平の処置のように思われて
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)