“伊勢:いせ” の例文
“伊勢:いせ”を含む作品の著者(上位)作品数
紫式部9
吉川英治6
島崎藤村4
柳田国男3
徳田秋声2
“伊勢:いせ”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 風俗習慣・民俗学・民族学8.7%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 風俗史・民俗誌・民族誌5.9%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
俗に行悩ゆきなやみの咎人とがにんある時は、本城ほんじょう伊勢いせ安濃津あのつ差送さしおくるとごう
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
出家後しばらく京都近くに居り、それから伊勢いせへ行ってしばらく住んだらしく、それから東海道を奥州おうしゅうまで旅した。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
と、待っている国々が織田、松平のほかに無数にある。美濃みのの斎藤、伊勢いせの北畠、甲州の武田、駿河するがの今川氏真。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六年生の秋の修学旅行は、時節じせつがらいつもの伊勢いせまいりをとりやめて、近くの金毘羅こんぴらということにきまった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
神風かむかぜ伊勢いせくににもあらましをなにしかけむきみらなくに 〔巻二・一六三〕 大来皇女
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
五月中旬から六月上旬へかけて、半蔵は峠村の組頭くみがしら平兵衛へいべえを供に連れ、名古屋より伊勢いせ、京都への旅に出た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして途中で伊勢いせのお宮におまいりになって、おんおば上の倭媛やまとひめ再度さいどのお別れをなさいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
伊勢いせ熱田あつたの両神宮、ならびに摂津海岸の警衛を厳重にして、万一の防禦ぼうぎょに備えたのも、尾州藩の奔走周旋による。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただあの旧師が近く中津川を去って、伊勢いせの方に晩年を送ろうとしている人であることをうわさするにとどめていた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
源氏の愛のたよりなさを感じている御息所は、斎宮の年少なのにたくして自分も伊勢いせへ下ってしまおうかとその時から思っていた。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そのとき伊勢いせの生まれの三重采女みえのうねめという女官じょかんが、天皇におさかずきをささげて、お酒をおつぎ申しました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
伊勢いせ御息所みやすどころとの双方の自尊心が強くて苦しく競い合った時代に次いで、中宮とこの大将が双方とも
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
伊勢いせ大廟たいびょうを二十年ごとに再築するのはいにしえの儀式の今日なお行なわれている一例である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
この御代みよになった初めに斎宮もお変わりになって、六条の御息所みやすどころ伊勢いせから帰って来た。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
楠氏越智おち氏の一族さらに宮の御子みこ二方ふたかたほうじて義兵を挙げ、伊勢いせから紀井きい、紀井から大和と
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
伊勢いせの鸚鵡石にしても今の物理学者が実地に出張して研究しようと思えばいくらでも研究する問題はある。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
悲観してしまって伊勢いせへでも行かれたらずいぶん寂しいことであろうと、さすがに源氏は思ったのである。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
源氏が須磨へ移った初めの記事の中に筆者は書きらしてしまったが伊勢いせ御息所みやすどころのほうへも源氏は使いを出したのであった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
二人は、忠相の情で姿を変え、数刻すうこくおくれて、同じ東海道を伊勢いせへと発足ほっそくする。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
◎先年伊勢いせへ赴き、二週間ばかり滞在した事があった、ある夜友人に招かれて、贄崎にえさき寿楼ことぶきろうで一酌を催し
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
「自身の涙を玉にそうと言いました伊勢いせもあなたがたと同じような気持ちだったのでしょうね」
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
伊勢いせでは櫛田川くしだがわのほとりのある村で、可愛かわいい童子がの上にいるのを見て、
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「やがてこの筑前守ちくぜんのかみ伊勢いせ滝川たきがわ攻めじゃ、この用意のなか、死んだ勝頼をさがしているひまな郎党ろうどうはもたぬ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、その最も南の先端が、美濃みの、近江、伊勢いせ三国の境のへんまで来ているのである。
伊吹山の句について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
右兵衛佐うひょうえのすけ殿(斯波義敏しばよしとし)の御曹子おんぞうしで、そののち長禄の三年に、義政公の御輔導役伊勢いせ殿(貞親さだちか)の
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
右のアサマリンドウは、伊勢いせ〔三重県〕の朝熊山あさまやまにあるから名づけたものだが、また土佐とさ〔高知県〕の横倉山よこぐらやまにも産する。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
右兵衛佐うひょうえのすけ殿(斯波義敏しばよしとし)の御曹子おんぞうしで、そののち長禄の三年に、義政公の御輔導役伊勢いせ殿(貞親さだちか)の
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
ひとりの男の子はまだッけえうちに、伊勢いせまいりにいった途中とちゅうでかどわかされ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊勢いせへ、金毘羅こんぴらへ、または善光寺へとこころざす参詣者さんけいしゃの団体だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊勢いせの国、飯高郡いいだかごおりの民として、天明てんめい寛政かんせいの年代にこんな人が生きていたということすら、半蔵らの心には一つの驚きである。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
戦艦『長門ながと』『陸奥むつ』『日向ひゅうが』『伊勢いせ』『山城やましろ』『扶桑ふそう』『榛名はるな』『金剛こんごう』『霧島きりしま』。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
いつものように、大坂、よど、京都と経て来た秀吉の大軍は、どうしたことか、こんどは坂本から急に道を転じて、伊賀いが甲賀こうがを越え、伊勢いせへ出た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊勢いせ斎宮さいぐう加茂かもの斎院の御上おんうえなどもなつかしかった。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
父親は早目にその日の旅籠はたごへつくと、伊勢いせ参宮でもした時のように悠長ゆうちょうに構え込んで酒や下物さかなを取って、ほしいままに飲んだり食ったりした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ほのかに言う様子は伊勢いせ御息所みやすどころにそっくり似た人であった。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
催馬楽さいばらの「伊勢いせの海」をお歌いになる宮のお声の品よくおきれいであるのを、そっと几帳の後ろなどへ来て聞いていた女房たちは満足したみを皆見せていた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その神社が伊勢いせ神宮に次ぐ高い格式のものと聞くことなぞを語り聞かせた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この間還俗されて宗良の御俗名を用いられ、伊勢いせ遠江とおとうみ越後えちご越中えっちゅう等におられたが、おもには信州におられたので、信州大王と申しあげている。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
伊勢いせへ、津島へ、金毘羅こんぴらへ、御嶽おんたけへ、あるいは善光寺への参詣者さんけいしゃの群れは一新講とか真誠講とかの講中を組んで相変わらずこの街道にやって来る。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女は伊勢いせうまれとばかりで、素性すじょうが解らなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
和尚さんはかつて行っていた伊勢いせの話を得意になって話し出した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
頼朝よりとも公と不和になられた義経よしつね公が、弁慶べんけい亀井かめい伊勢いせ駿河するが常陸坊ひたちぼうの四天王を引きつれて陸奥みちのくへ下向される。
たつと名づけられしはあの花漬はなづけ売りなりと、これも昔は伊勢いせ参宮の御利益ごりやくすいという事覚えられしらしき宿屋の親爺おやじが物語に珠運も木像ならず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まず四人同道で伊勢いせ参宮さんぐうのために京都を出る時に、道すがら三人の者がそれぞれ詩や歌をむと、道無斎がそれを聞いて、滔々とうとうとして次のごとき説法を始めるのである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
風向かざむきがきゅうかわったのだともうすことでございます。みぎ御神剣ごしんけんもうすのは、あれは前年ぜんねんわざわざ伊勢いせまいられたとき
次は伊勢いせ物語と正三位しょうさんみが合わされた。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
従う人々には、佐藤忠信ただのぶ、堀弥太郎やたろう伊勢いせ三郎など二百余騎の家人けにん、みな義経にならって拝をした。そして、粛然しゅくぜんと、ちりも散らさず、都を後に去った。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほかの人形は——きょう伏見ふしみ奈良なら博多はかた伊勢いせ秋田あきた山形やまがたなど、どなたも御存知のものばかりで、例の今戸焼いまどやきもたくさんあります。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ここは伊勢いせの海ではないが「清きなぎさに貝や拾はん」という催馬楽さいばらを美音の者に歌わせて、源氏自身も時々拍子を取り、声を添えることがあると、入道は琴を弾きながらそれをほめていた。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「品川で遺言をする伊勢いせ参り——」
東海道から関西へかけては、紀州、尾州、ご両卿りょうきょう伊勢いせ松平、雲州松平、伊予松平ならびに池田備前侯、長州の毛利、薩摩さつまの島津、といったようなお歴々が参覲交替のためにご出府なさるときは
舳艫ともえには伊勢いせ春日かすが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ともへには伊勢いせ春日かすが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伊勢いせからの早打ちがつづいた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのために政府が欲すると否とに頓着とんちゃくなく、伊勢いせでも大和やまと河内かわちでも、瀬戸内海の沿岸でも、広々とした平地が棉田になり、棉の実の桃が吹く頃には、急に月夜が美しくなったような気がした。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伊勢いせの国までおちのびて
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
伊勢いせの道者か
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
伊勢いせ物語を描いた絵もあって、妹に琴を教えていて、「うら若みねよげに見ゆる若草を人の結ばんことをしぞ思ふ」と業平なりひらが言っている絵をどんなふうに御覧になるかと、お心を引く気におなりになり、少し近くへお寄りになって、
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
『華実年浪草』一上に引いた『髄脳抄』には才媛伊勢いせが子の日の松を引き来ってその家に植えたのが大木となり存した、能因法師そのこずえを見るなり車より飛び下り、その松の見ゆる限り乗らずに歩んで故人に敬意を表したとあるより考うると
ここで近畿きんき地方というのは便宜上、京都や大阪を中心に山城やましろ大和やまと河内かわち摂津せっつ和泉いずみ淡路あわじ紀伊きい伊賀いが伊勢いせ志摩しま近江おうみの諸国を包むことと致しましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そのまた左翼にやや遅れて、我が艦隊の誇るべき主力、旗艦陸奥むつ以下長門ながと日向ひゅうが伊勢いせ山城やましろ扶桑ふそうが、千七百噸級の駆逐艦八隻と航空母艦加賀かが赤城あかぎとを前隊として堂々たる陣を進めて行くのであった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしこの無窓塾がどこにあるかを考え、私、および私の故郷伊勢いせの国のことなどを考えて、だんだん深く、そして広く考えてゆきますと、ついにはこの一箇の私という存在は、全日本はおろか、全世界のすべてに関係し関聯かんれんしていることになるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
きのう北越ほくえつに上杉勢と相搏あいうっていたかと思えば、たちまち伊勢いせの一を討ち、また返って、江州ごうしゅうの浅井をほふり、転じて朝倉を亡ぼし、更に叡山えいざんへ火の手をかけているという疾風迅雷しっぷうじんらいぶりである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊勢いせ荒木田守武あらきだもりたけのように、徹頭徹尾れの句ばかりを続けた人も無いではないが、本来は長ったらしい連歌の間へ、時々頓狂とんきょうな俗な句や言葉を挟むのが興味であったことは、『犬菟玖波集いぬつくばしゅう』などからも推測せられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
このごろ始終帝の御覧になるものは、玄宗げんそう皇帝と楊貴妃ようきひの恋を題材にした白楽天の長恨歌ちょうごんかを、亭子院ていしいんが絵にあそばして、伊勢いせ貫之つらゆきに歌をおませになった巻き物で、そのほか日本文学でも、支那しなのでも、愛人に別れた人の悲しみが歌われたものばかりを帝はお読みになった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
然れども山水としてその最も上乗じょうじょうなるものは伊勢いせ二見ふたみうら日出ひのでけい、または Gillotジョオ 蒐集板画目録中に載せられたる三枚続にして、樹木茂りし丘陵の彼方かなたはるかに雪の富士巍然ぎぜんとしてそびえ、水流るる街道かいどうの杉並木に旅人を配置したるものなどなるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)