しず)” の例文
旧字:
そして、あたりはしずかであって、ただ、とおまちかどがる荷車にぐるまのわだちのおとが、ゆめのようにながれてこえてくるばかりであります。
花と人の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
和尚おしょうさんのお部屋へやがあんまりしずかなので、小僧こぞうさんたちは、どうしたのかとおもって、そっと障子しょうじから中をのぞいてみました。
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
お金は薄気味わるがって毎日ゆきしぶっているので、今度は綾衣がふだんから贔屓にしているおしずという仲の町の芸妓が頼まれた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
カピはそのときまですみっこにしずかに考えこんでころがっていたが、はね上がって後足で立ちながら、わたしたちの間にりこんで来た。
彼女は祖母たちのいる裏二階へ行ってそのことを話して見ると、そういうたぐいのものは皆隠宅(しず)の方にしまい込んであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
(おっかさんねむられないよう。)とっしゃりまする、須利耶すりやおくさまは立って行ってしずかに頭をでておやりなさいました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「ハア? 違ったかな。すると、あれはしず嬢だったかな。そうだ、思い出した、前の日に伯母おばさんにぶたれたと言ったっけ。」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その絵巻えまきひろげた川筋かわすじ景色けしきを、るともなく横目よこめながら、千きちおに七はかたをならべて、しずかにはしうえ浅草御門あさくさごもんほうへとあゆみをはこんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「江戸、小石川の生れ、武家には育ちましたが、仔細あって町人となった、——しず——と申すのが私の名前で御座います」
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
するとふいに、あたりの深いしずけさのうちに、わたしははっきりと、「おおかみがきたよう!」という悲鳴ひめいを聞きました。
そうして遠くからきこえて来る楽隊の音は、また何ともいえない、やわらかいしずかないい調子ちょうしとなってひびいて来ます。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
あたりがすっかりしずまりきったのは、もうそのもだいぶんおそくなってからでしたが、そうなってもまだあわれな子家鴨こあひるうごこうとしませんでした。
例えば常陸ひたち石那阪いしなざかの峠の石は、毎日々々伸びて天まで届こうとしていたのを、しずの明神がお憎みになって、鉄のくつをはいてお飛ばしなされた。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
別府べっぷさんは、ひざの上に横たえたバットを、両手でゆっくりまわしていたが、それをとめて、しずかにことばを続けた。
星野くんの二塁打 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ところが、今日はこれならまだしずかな方で、ときどき宮子を中心に、ここで欧洲大戦が始まることもあったりしてね。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
こうして、ブナの木の下はしばらくしずかになりました。もうガンのむれは、すっかり飛んでいってしまったようです。
「今、わしは何ものにもすがってはいないのだ。また、神仏に後生ごしょうを頼める自分でもない。ただしずかが欲しい。坊主どもはみな帰せ。祈祷はいらん」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ははなどは、ほかおおくの人達ひとたちおなじく、こちらにまいってから、産土神様うぶすなのかみさまのお手元てもとで、ある一しつてがわれ、そこでしずかに修行しゅぎょうをつづけているだけなのです……。
ぼく松男君まつおくんはいつだったか、ろんよりしょうこ、ごんごろがねがはたしてごんごろごろとるかどうかためしにいったことがある。しずかなときをぼくたちはえらんでいった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
このいなかの旅館りょかんは、いつもひっそりとしずかで、一番いちばんきゃくのたてこむ夏の間でさえ、たいしてわったことがあるわけでなく、おだやかな毎日がくりかえされていた。
貴方あなたなに間違まちがっておいでなのでしょう、ひどわたしおこっていなさるようだが、まあ落着おちついて、しずかに、そうしてなに立腹りっぷくしていなさるのか、有仰おっしゃったらいいでしょう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
重吉とおしずさんとの関係はそこまで行って、ぴたりととまったなり今日に至ってまだ動かずにいる。
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牧場まきばの中には、美しい調子ちょうしふえのようながまのなく声が聞えていた。蟋蟀こおろぎするどふるえ声は、星のきらめきにこたえてるかのようだった。かぜしずかにはんえだをそよがしていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
此処は西欝々うつうつとした杉山すぎやまと、東若々わかわかとした雑木山ぞうきやまみどりかこまれた田圃で、はるか北手きたてに甲州街道が見えるが、豆人とうじん寸馬すんば遠く人生行路じんせいこうろを見る様で、かえってあたりのしずけさをえる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
藤村は旅に出て死んだというのじゃないが、自分の庵室のしずいおりを離れて他の地方で死んでいる。宗祇にしても芭蕉にしてもそうじゃないか。みんなああいう人たちは好い死かたをしている。
すると見物人けんぶつにんよろこびました。だれもまだ、たぬきき声をいた者がありませんでした。みなしずまりかえって耳をすましました。ところが、いつまでたっても人形はきません。甚兵衛じんべえはまたくりかえしました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
いと高くいと深くいとしずにいとしめやげる
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「おい、おしず、水臭いとは誰の事だ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
みんなは、しずかになりました。そして、としちゃんは、まるまるとした鉛筆えんぴつにぎって、おかあさんの、おかおおもしているうちに
さびしいお母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはごくしずかにまどを開けた。なにがそこにあったか。相変あいかわらず鉄の格子こうしと、高いかべが前にあった。わたしは出ることができない。
神前への供米くまい、『しず岩屋いわや』二冊、それに参籠用の清潔で白い衣裳いしょうなぞを用意するくらいにとどめて、半蔵は身軽にしたくした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第二に、この泥岩は、粘土ねんど火山灰かざんばいとまじったもので、しかもその大部分だいぶぶんしずかな水の中でしずんだものなことは明らかでした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
するとしずかに石はなかから二つにわれて、やがて霜柱しもばしらがくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
きたまくらに、しずかにじている菊之丞きくのじょうの、おんなにもみまほしいまでにうつくしくんだかおは、磁器じきはだのようにつめたかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
兄妹は少しでもあたたまろうと、たがいにぎっしりとき合っていました。そしてそのまましずかなねむりに落ちて行きました。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
しばらくそこにすわっているうちに、嵐はしだいにしずまってきました。やがて、空は晴れあがって、お月さまの光が、波の上にたわむれはじめました。
「わたしのクリスマス・ツリーのところへ行こうよ、ねえぼうや。」と、頭の上で、しずかな声がささやいた。
したほうでちょうど子家鴨こあひるがやっとすべませられるくらいいでいるので、子家鴨こあひるしずかにそこからしのび入り、そのばんはそこで暴風雨あらしけることにしました。
母はときどき手のひらにいきをはきかけては仕事をすすめていった。しずかだ。遠く線路せんろを走ってゆく貨物列車かもつれっしゃのとどろきが、かべをゆすぶるようにはっきり聞こえてくる。
美しき元旦 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
「むろん、時計とけい正確せいかくでなくてはいけないよ。だが、ぼくは、この部屋へやにいつでもひとりでしずかにいたいのだ。だれもはいってこないように気をつけてもらいたいね」
それはつくるのに大へんほねが折れたし、得意とくいなものであった。自分がどんなに芸術家げいじゅつかであるか見せてやりたかった。ゴットフリートはしずかにみみかたむけた。それからいった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
(奥さんの名はしずといった)。先生は「おい静」といつでもふすまの方を振り向いた。その呼びかたが私にはやさしく聞こえた。返事をして出て来る奥さんの様子もはなはだ素直であった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふとった農夫のうふと、郵便局員ゆうびんきょくいんとはねむっていて、六号室ごうしつうちげきとしてしずかであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
やがて、しずかに、れかかりました。からすのれは、七、九、五というふうに、それぞれれつつくってんでかえりました。
翼の破れたからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
日ごろ忘れがたい先師の言葉として、篤胤あつたねの遺著『しず岩屋いわや』の中に見つけて置いたものも、その時半蔵の胸に浮かんで来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたしはねむろうと思ったけれども、あんまりひどく感動させられたので、しずかにねむりの国にはいることができなかった。
それは八白鳥はくちょうゆきのように白いつばさをそろえて、しずかにりて行くのでありました。伊香刀美いかとみはびっくりして
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
じッと、くぎづけにされたように、春信はるのぶは、おせんの襟脚えりあしからうごかなかった。が、やがてしずかにうなずいたそのかおには、れやかないろただよっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そしてしずかなところを、もとめて林の中に入ってじっと道理どうりを考えていましたがとうとうつかれてねむりました。
手紙 一 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかし、ヤッローの身になってみれば、ひとりでしずかに死にたいのです。そこで、なんとかしてのがれようと、さいごの力をふりしぼって、作男の指にかみつきました。