そで)” の例文
歌が終わってそでが下へおろされると、待ち受けたようににぎわしく起こる楽音に舞い手のほおが染まって常よりもまた光る君と見えた。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
車夫のかく答へし後はことば絶えて、車は驀直ましぐらに走れり、紳士は二重外套にじゆうがいとうそでひし掻合かきあはせて、かはうそ衿皮えりかはの内に耳より深くおもてうづめたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「無くなったな。」赤シャツの農夫はつぶやいて、も一度シャツのそででひたひをぬぐひ、胸をはだけて脱穀小屋の戸口に立ちました。
耕耘部の時計 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
が、あかたすきで、色白いろじろな娘が運んだ、煎茶せんちゃ煙草盆たばこぼんそでに控へて、までたしなむともない、其の、伊達だてに持つた煙草入たばこいれを手にした時、——
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
生残た妻子の愁傷は実に比喩たとえを取るに言葉もなくばかり、「嗟矣ああ幾程いくら歎いても仕方がない」トいう口の下からツイそでに置くはなみだの露
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ぢやアぼくは帰るよ。もう………。」とふばかりで長吉ちやうきち矢張やは立止たちどまつてゐる。そのそでをおいとは軽くつかまへてたちまこびるやうに寄添よりそ
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
若さと若さとが互いにきびしく求め合って、葉子などをやすやすとそでにするまでにその情炎はこうじていると思うと耐えられなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
中格子なかごうしの後ろに、ストーブに身を寄せ、三重まわしの大きなマントのそでを両手で上げている、背の高い男がひとりそこに立っていた。
と、その拍子に女はコートの右のそでに男の手がさわったように思った。で、鬼魅きみ悪そうに体を左にらしながら足早に歩いて往った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今度は糊のごわ/\したる白胸しろむねシヤツを頭からすつぽりかぶされて、ぐわさぐわさと袖を通せば是はしたりそでこぶしを没すること三四寸。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
わがそで、炎々の焔あげつつあるも、われは嵐にさからって、王者、肩そびやかしてすすまなければならぬ、さだめを負うて生れた。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると真奈ちやんが、すぐお君のそばへとんで行つて、お君のそでをひいて、指環のブラ下つてゐる真下へつれて行つていひました。
かぶと虫 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
鷹揚おうように腰を下した、出札の河合は上衣のそでを通しながら入って来たが、横眼で悪々にくにくしそうに大槻をにらまえながら、奥へ行ってしまった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
かはつてかへつてたのはくま膏薬かうやく伝次郎でんじらう、やちぐさんだかさかむたぬき毛皮けがはそでなしをて、糧切まぎりふぢづるでさや出来できてゐる。
快川かいせんは、伊那丸いなまるの落ちたのを見とどけてから、やおら、払子ほっすころもそでにいだきながら、恵林寺えりんじ楼門ろうもんへしずかにのぼっていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なるほど殿下ならば、王権のそでに隠れて、一切高見の御見物であろうから、ほんの数時間気付かれぬ程度の模造品でよかったであろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
折返して「そういうことならあえて反対もできまい。無いそでは振られぬというからね」と応じ、あっさり見放してしまったのである。
界隈かいわいの子供と同じように弘もいくらかそでの長い着物で写真に映っていたが、その都会の風俗がいかにもよく似合って可愛らしく見えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なんゆゑともらねども正太しようたあきれてひすがりそでとゞめてはあやしがるに、美登利みどりかほのみ打赤うちあかめて、なんでもい、とこゑ理由わけあり。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
孫六はこれをはじめとし、差しつめ引きつめさんざんに射、鎧のそで、草摺りのすきかぶとの鉢下、胸板、脇腹、相手かまわず敵を射た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ほんにあたしはもうこんなうれしい事はないよ。いよいよお前にも運が向いて来たのだね。」伯母はそでで目をふきながらいった。
彼はすべてを混同し、人物を取り違え、祖父のそでを引張っては、何も理解していないことがわかるような馬鹿ばかげた質問をやたらにした。
かれはどつかりすわつた、よこになつたがまた起直おきなほる。さうしてそでひたひながれる冷汗ひやあせいたが顏中かほぢゆう燒魚やきざかな腥膻なまぐさにほひがしてた。かれまたあるす。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
重四郎はこれさひはひと娘の部屋へやのぞき見れば折節をりふしお浪はたゞひと裁縫ぬひものをなし居たるにぞやがくだんのふみを取出しお浪のそでそついれ何喰なにくはかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一々は申上げられませんが、その一つ二つを拾つて申しますと、私の亡くなつた女房は、吉原の中所の店の新造で、そでと申しました。
夜の更けかゝつた風が、泣きたい思ひの私の両脇りやうわきを吹いて通つた。私は外套のそでき合せ乍ら、これからどうしようかと思つてたゝずんだ。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
運慶は頭に小さい烏帽子えぼしのようなものを乗せて、素袍すおうだか何だかわからない大きなそで背中せなかくくっている。その様子がいかにも古くさい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亭主がようやく起き出して、そでや裾のしわくちゃになった単衣ひとえ寝衣ねまきのまま、あくびをしながら台所から外を見ながらしゃがんでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は、そこまでいってくると自分の言葉で、激昂したと見え、着ていた縮緬ちりめんの羽織のそでを口にくわえてベリベリと引きさいた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
部屋へ這入はいると、美佐子はばたばたとたもとでその辺の空気をハタいた。そしてそのそでで顔をおさえて急いであるだけの窓を開いた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
西洋人に日本の郷土色を知せるには便利だろうという実業家の心尽しだった。稚子髷ちごまげに振りそでの少女の給仕が配膳はいぜんを運んで来た。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
数千年前にそでを分かった従兄弟いとこさがすのに、変ってまた変った現在の言葉を、足場あしば手がかりにしようとするのはまちがいである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、いくら売立てが流行はやるにしても、正物しやうぶつの寒山拾得が揃つて飯田橋を歩いてゐるのも不思議だから、隣の道具屋らしい男のそでを引張つて
寒山拾得 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、そでの下で笑っているであろう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
その時気づいたことだが、彼は別にふところ手をしている風にもないのだが、左手のそでがぶらぶらし、袖の中がうつろに見えるのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
「待って下さい」あやは良人のそでにすがりついた、「いいえお止めは致しません、あなたが出ていらっしゃるのならわたくしもまいります」
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
カバード・コートを脱いで、そでをまくりあげると、酢酸をたらし込んだ冷たい水で、せっせと黒江氏の咽喉のど湿布しっぷしはじめた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その法は、そでの中へ生薑なましょうがを入れて歩くべし。ただちに治すること妙なり。薑のたるときは、また生なるに取り替えるべし。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
なかなかすみにおけない、白粉おしろいそでや胸にもつけてくる人だというし、またある人も、気さくなよいサラリーマンだといった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
又は眼の前ではさり気なく男の言葉にうなずいていても、いつかどこかで人知れずそでを噛みしめていることなぞがあります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
為基定基の弟に成基しげもと尊基たかもとが無かった訳ではないが、頼もしくした二人に離れて、そでにやどれる月を見るかな、とは何という悲しい歌だろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とドノバンがシャツのそでをちぎって、くるくるとゆわえた。見る見る鮮血せんけつかりほうたいをまっかに染めた。ドノバンはじっとそれをみつめた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
おつぎがあらざらしのあはせてゝ辨慶縞べんけいじま單衣ひとへるやうにつてからは一際ひときはひと注目ちうもくいた。れいあかたすきうしろ交叉かうさしてそでみじかこきあげる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
長い土手を夕日を帯びてたどって行く自分の姿がまるでほかの人であるかのようにあざやかに見えた。涙が寝衣ねまきそでで拭いても拭いても出た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
腕時計の硝子蓋ガラスぶたを、白い実験着のそでで、ちょいと丸くぬぐいをかけて、そう皮肉ったのは白皙はくせき長身の理学士星宮羊吾ほしみやようごだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分の歌にはろくな者無之「こまとめてそでうちはらふ」「見わたせば花も紅葉もみじも」などが人にもてはやさるる位の者に有之候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
といって、岡倉氏は自分でその服をひろげ、強いて私をたして背後うしろから着せてくれましたが、そでを通すと、どうも妙なもので私は驚きました。
ワイシャツのそでに火が移った。と見ると、神谷はいきなり地だんだを踏みはじめた。両のこぶしを握ってはげしく板壁をたたいた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その時、私は和服を着ていたので、わたしは黙って蝙蝠のように両そでをひろげて見せた。お玉さんはかの白い歯をむき出してにやにやと笑った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それで今日もぼんやりしていたのですが、傍の孫がそでを引くので、見返ると岡田八千代おかだやちよ女史が笑顔で立っていられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)