“秦:しん” の例文
“秦:しん”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治9
岡本綺堂3
幸田露伴2
柳田国男2
中島敦2
“秦:しん”を含む作品のジャンル比率
総記 > 団体 > 博物館100.0%
社会科学 > 社会科学 > 論文集・評論集・講演集11.1%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 風俗習慣・民俗学・民族学8.7%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
さて支那しなではしゆうのすゑしん時代頃じだいころから、かゞみつくられてゐたらしいのでありますが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
しんの時、武都ぶとの故道に怒特どとくやしろというのがあって、その祠のほとりに大きいあずさの樹が立っていた。
こゝにおいて、第二子そうしん王にほうじ、藩に西安せいあんかしめ、第三子こうしん王に封じ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ていしゅくていしんたんの九子を封じて、しんしんえんしゅう等に王とし
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しんの時代や、かんとうの頃にも、かの地から日本へ、多くの者が移住して来て、日本に帰化していること。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「私はしん閔王びんおうむすめでございましたが、このそうの国に迎えられてきて、二十三年間、独りでおる者でございます」
黄金の枕 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ニムロデのごとき、しんの始皇のごとき、もしくはロムルスのごとき、メネスのごとき、ライカルガスのごとき人々の社会に出でたればなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「そういえば、私の一人の姉が、しんへ嫁入ってたことは確かだが、没くなってもう久しくなっているのに、なんでまた生きているものかね。」
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
支那の哲人たちは道のほかにも、の国の絹だのしんの国の玉だの、いろいろな物を持って来ました。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう一つ、それと同じ話がある。しん始皇しこうの時、長水ちょうすい県に一種の童謡がはやった。
十六さいの少年、しんの始皇帝は父が死んだその晩に、父の愛妾あいしょうを三度おそうた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この四角しかくかたちつかは、支那しなではふるしんかん時代じだいから天子てんしはかなどにあつたもので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
後、しんに入り、しんに仕え、かんの代となってから四代目の司馬談しばたんが武帝に仕えて建元けんげん年間に太史令たいしれいをつとめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私は、張良ちょうりょうしん始皇帝しこうていを、挺身襲撃した古事を、漢学によって学び、張良の強く正しい意気を、深く敬慕していたものであった。
私の歩んだ道 (新字新仮名) / 蜷川新(著)
壮烈なるは匕首ひしゅふところにして不測のしんに入り、頑固なるは首陽山のわらびに余命をつなぎ、世を茶にしたるは竹林にひげひね
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この線の開通で他日地主の原始林が高く売れ、清い渓流の岸で古いサイダーを賞することができるなら、いわば張儀ちょうぎしんにやった汽船会社のお蔭である。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「なら、胡というのは、どうだ。胡馬こば北風にいななくの胡だ。しんを亡ぼすものは胡なり、の胡だ。これなら、貞任さだとう宗任むねとうの子孫らしいぞ」
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
長城を築く——毛人らが何故なぜそれを恐れるかというと、かれらはその昔、しん始皇帝しこうていが万里の長城を築いたときに駆り出された役夫えきふである。
同じに、支那からも、しん漢代かんだいの人々が、無数に日本へ移り住み、それはすでに、この国の民くさとなって、血も立派に一つとなって今日に流れて来ている。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとぎは瓦器にして酒を盛る者なるを、しん人はこれを撃て楽器となすとかや。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
遠い前の、唐、しん後漢ごかん、前漢、しん、周——の前例どおりさ。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小「わが身不肖にして本懐を遂げずとも、しん豫讓よじょうの故事になぞらえ、この頭巾を突き破るは実父のあだ大野の首を掻き取る心思い知れや、大野惣兵衞」
日時計は、しん始皇帝しこうていが、陣中で用いたのが始めだという。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しん徐福じょふくが童男女三百人をつれて、仙薬を求めて東方の島に渡ったということは世に知られ、我邦わがくにでも熊野くまの新宮しんぐうがその居住地であったとか
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
往古東洋の暴主しん始皇しこうは石をもって万里の長城を築けり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しんに対抗すべく聯盟した趙、燕、韓、魏、斉、楚、の合従がっしょうは破れはじめ、これに代って各国別々に秦に従属しようとする連衡れんこうの気運がさかんになって来た。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれら自身の説明によると、その祖先がしんの暴政を避くるがために、妻子眷族けんぞくをたずさえ、村人を伴って、この人跡じんせき絶えたるところへ隠れ住むことになったのである。
呉起ごきしんを討ち五城を抜かんとして出征した陣中での事。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不老長壽の藥は、しん始皇しくわう以來の、馬鹿を釣るためのゑさで、それを賣出して、二三年の間に巨萬の富を積んだ百壽園壽齋は、この上もない利口な釣師だつたに違ひありません。
しんさん、秦さん、阿英あえいさんはなぜ来ないの。」
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
市中のしん徐福じょふくの墓、浮島など、見学する。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
椎秦博浪沙(しんつい博浪沙ばくろうしや
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しん始皇しこうの世に、銅を通貨にるようになったまでは、中国の至宝は宝貝であり、その中でも二種のシプレア・モネタと称するに光る子安貝こやすがいは、一切の利慾願望の中心であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「へえ? ……なぜです。どうして支那の帝王を決めるのに、昔からしんちょうえんなどの国境さかいを侵して、われわれ漢民族をおびやかしてきた異国の匈奴などと相談する必要があるのですか」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四飯のけつしんに去った。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
項羽かううや漢の高祖が未だ事を挙げざる前、しんの始皇帝の行列を観て、項羽は取つて以て代るべしと言ひ、高祖は大丈夫まさに是の如くなるべしと言つたといふ、其の史記の記事から化けて出たやうなことだ。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しんというのです。」
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
高祖皇帝におかれましては、泗上しじょうの亭長に身を起したまい、三尺の剣をさげて、白蛇を㟐蕩山ぼうとうざんに斬り、義兵をあげて、乱世に縦横し、三年にしてしんをほろぼし、五年にしてを平げ、大漢四百年の治をひらいて
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いけません、いけません。むかししんの良臣は、匈奴きょうどの滅びざるうちは家を造らず、といいました。蜀外一歩出れば、まだ凶乱をうそぶく徒、諸州にみちている今です。何ぞわれら武門、いささかの功に安んじて、今、田宅を求めましょうか。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しんの哀公が会を設けて、覇を図る処があつて、せい国の夜明珠やめいしゆ国の雌雄剣、しん国の水晶簾すゐしやうれんなどとならぶ中に、子胥先生、わが楚国もつて宝とするなし、唯善を以て宝とすとタンカを切つて、大気焔を吐く所がある。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そりゃ、はなはだしく乱暴ですね、しん始皇しこうといえども、そういう乱暴はしませんでした、出来のいい奴にだけ女をあてがって、ドンドン子を産ませる、出来の悪い奴には女にさわらせない、女の方から言っても同じことになるでしょう——いい女だけに男をあてがって
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「私の苗字はしんだよ。ついぞ子供はなかったが、めかけにできた小さな子供があって、その母親が他へ嫁にいったものだから、私が育てているが、それほど馬鹿でないよ。だがしつけがたりないでね、気楽で悲しいというようなことは知らないよ。今、すぐここへ来させて逢わせるがね。」
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ばかをいい給え。それは時代による。あの頃は、しんの世が乱れて項羽のようながさつ者の私議暴論が横行して、天下に定まれる君主もなかった時勢だろ、ゆえに高祖は、あだある者でも、降参すれば、手なずけて用うことに腐心したのである。また、秦の乱世のそれと、今日の黄賊とは、その質がちがう。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後、荘王は、しんとの大戦に、秦の大軍に囲まれ、すでに重囲のうちに討死と見えた時、ひとりの勇士が、乱軍をいて、王の側に馳けより、さながら降天こうてんの守護神のごとく、必死の働きをして敵を防ぎ、満身あけになりながらも、荘王の身を負って、ついに一方の血路をひらいて、王の一命を完うした。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これはむかし荊山けいざんのもとで、鳳凰ほうおうが石に棲むのを見て、時の人が、石の心部を切って、国の文王に献じ、文王は、稀世の璞玉あらたまなりと、宝としていましたが、後、しん始皇しこうの二十六年に、良工を選んでみがかせ、方円四寸の玉璽に作りあげ、李斯りしに命じて、この八字を彫らせたものであります」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)