“沸(わ)” の例文
と平生(へいぜい)から嘲(あざけ)るものは嘲(あざけ)るが、心優(こゝろやさ)しい衣絵(きぬゑ)さんは、それでも気(き)の毒(どく)がつて、存分(ぞんぶん)に沸(わ)かして飲(の)むやうにと言(い)つた厚情(こゝろざし)なのであつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
門に入れば鼎(かなえ)の沸(わ)くごときものが感じられ、早くもここには一死を共に誓う家の子郎党の二心なき者が踵(きびす)をついで駆け集まっていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さうしちや馬(うま)の裾湯(すそゆ)沸(わ)えてねえつて云(ゆ)つちや家族(うち)の者(もの)こと追(お)ひ出(だ)してなあ、百姓(ひやくしやう)はおめえ夜中(よなか)まで眠(ねむ)んねえで待(ま)つちや居(ゐ)らんねえな
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大學者(だいがくしや)さまが頭(つむり)の上(うへ)から大聲(おほごゑ)で異見(いけん)をして下(くだ)さるとは違(ちが)ふて、心(しん)から底(そこ)から沸(わ)き出(だ)すほどの涙(なみだ)がこぼれて、いかに強情(がうじやう)我(が)まんの私(わたし)でも
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
笑い声と歌声と歓語の声が沸(わ)き返り、人々は皆上衣の襟(えり)を外したり、片袖を脱いで下着を出したり、行儀作法を打ち忘れて騒いでいた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
釜(かま)の周囲には沸(わ)き上がって流れだした米の汁が、かさかさに幾条(いくすじ)となくこびりついて、あるものは吉野紙を貼(は)りつけたごとくに見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで大きなお釜(かま)にいっぱいお湯(ゆ)を沸(わ)かして、金仏(かなぶつ)さまをほうり込(こ)みました。すると間(ま)もなく、お湯(ゆう)がぐらぐらにたぎってきて
和尚さんと小僧 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
彼は、爆撃中の危険も忘れて、その二つの人影の行動に、好奇心を沸(わ)かした。そして、その傍(そば)へ行って見る気になったのである。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此大きな無遠慮な吾儘坊(わがままぼっ)ちゃんのお客様の為に、主婦は懐炉(かいろ)を入れてやった。大分(だいぶ)落(おち)ついたと云う。晩(おそ)くなって風呂が沸(わ)いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
反対者の冷笑熱罵(ねつば)もコヽを先途(せんど)と沸(わ)き上れり、「露探」「露探」「山木の婿の成りぞこね奴(め)」「花吉さんへ宜(よろ)しく願ひますよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そのあとで、風呂にはいりたいといいだす。それも、折角だから、雪風呂にはいりたいといって、雪を嫁さんに掻(か)きあつめさせて沸(わ)かさせる。
村人は先ず沢山の湯を沸(わ)かして、二人の身体(からだ)を浄(きよ)めました。それから髪を解かして、身体(からだ)と一所に新らしい布で包みました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作、杉山萠円(著)
若松の裏海岸、港とは反対の脇(わき)ノ浦(うら)の外れに、白鳥(しらとり)温泉がある。温泉といっても、ほんのちょっぴり硫黄分のある湧水(ゆうすい)を、沸(わ)かしているだけだ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ほかの時は絶(た)えず小さな口笛を吹きながら、用もないのに沸(わ)いているのだが、その鍋の罅(ひび)だらけの腹の下で、消えかかった二本の薪(まき)が燻(いぶ)っている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
チベットと英領インドとの国境 その翌朝起き出ずるとそこには昨夜集めて来てあったところの薪(まき)があって、その薪で湯を沸(わ)かし茶を拵(こしら)えたから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鶴見は現在自分の内部に沸(わ)き立(た)っているこの幻想を、少し離れたところからながめていられるようになっている。それがせめてもの心遣(こころや)りであろう。
客の、御書院番頭脇坂山城守が、せき込んで、何か言おうとしたとき百余の門弟が寝泊(ねとま)りしている道場の方に当って、急にガヤガヤと人声が沸(わ)いた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ハイ御免(ごめん)なさい。主人「へい是(これ)はいらつしやい。客「此(こ)の両掛(りやうがけ)を其方(そつち)へお預(あづ)かり下さい。主人「へい/\畏(かしこま)りました。客「お湯(ゆ)が沸(わ)いて居(を)りますかな。 ...
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
第七 軽便ミルクトース は前の法を日本風に折衷(せっちゅう)したもので先ず牛乳一合を沸(わ)かして塩と砂糖を好(よ)きほどに加えて溶いた葛(くず)を混ぜたのがソースです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
明るい色の髪の毛から、鬱陶(うっとう)しいような薫(かお)りが立つ。男はこのしなやかな、好い匀(におい)のする人を、限りなく愛する情の、胸に沸(わ)き上がって来るのを覚えた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
海蛇丸(かいだまる)が我(わが)弦月丸(げんげつまる)の右舷(うげん)に衝突(しやうとつ)して、風(かぜ)の如(ごと)く其(その)形(かたち)を闇中(やみ)に沒(ぼつ)し去(さ)つた後(のち)は、船中(せんちゆう)は鼎(かなえ)の沸(わ)くが樣(やう)な騷(さわぎ)であつた。
私は別に悲しいとも、悔(く)やしいとも思わなかった。ただ絶望的な気分がぶつぶつと沸(わ)きたっているのを感じた。
しかし、それはその時に、沸(わ)き上がった感情です。あなたに対しては、心の中で、すでに、愛さなければならないという規範(きはん)を、打ち樹(た)てていたと思います。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
剣(つるぎ)のようなものも、何千何百となく燦(きらめ)いて、そこからまるで大風(おおかぜ)の海のような、凄じいもの音が、河原の石さえ走らせそうに、どっと沸(わ)き返って参りました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひととおり新聞を読み終ると、ちょうど鉄瓶の湯が沸(わ)き始める。もう、この時間が私には天国のようで、眼鏡(めがね)に息をかけてやり、なめし皮で球を綺麗にみがく。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「鳥(とり)や、獣(けもの)は、火(ひ)でものを焼(や)いたり、水(みず)を沸(わ)かしたりすることは、知(し)っていません。火(ひ)でものを煮(に)たり、水(みず)を沸(わ)かしたりするものは、人間(にんげん)ばかりでありますよ。」
ある日の先生と子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いでや、記念(かたみ)の花の匂へる南國を出でゝ、アペンニノの山を踰(こ)え、雪深き北地に入らん。アルピイおろしの寒威は、恰も好し、我が沸(わ)きかへる血を鎭むるならん。
とすれば、おまえの血と汗の籠(こも)った言葉だ。言葉は普通でも内容には沸々(ふつふつ)と熱いものが沸(わ)いている。戒(いまし)めとして永く大事にこの言葉の意味の自戒(じかい)を保(も)ち合って行こう。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たがいの気合が沸(わ)き返る、人は繚乱(りょうらん)として飛ぶ、火花は散る、刃は閃(ひらめ)く、飛び違い走(は)せ違って、また一際(ひときわ)納まった時、寄手(よせて)の人の影はもう三つばかりに減っています。
ほんに思えばあの嬉(うれ)しさの影をこの胸にぴったり抱(だ)き寄せるべきであったろうに。あの苦労の影を熟(よ)く味ったら、その中(うち)からどれ程嬉しさが沸(わ)いたやら知れなんだ物を。
血だ! ぷくぷくと黒い血が沸(わ)いたよ牛の血が! 血は、見るみる砂に吸われて、苦悶の極、虎視眈々(こしたんたん)と一時静止した牛が、悲鳴し怒号し哀泣し——が、許されっこない。
遺跡發見物中には灰(はい)も有り燒(や)けたる木片(ぼくへん)も有りてコロボツクルが火(ひ)の用(よう)を知り居りし事は明なるが、鉢形(はちがた)鍋形(なべがた)の土器の中には其外面の燻(くす)ぶりたる物も有れば、湯(ゆ)を沸(わ)かし
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
ベシーは、私の爲めに作つてくれたパンや沸(わ)かした牛乳を幾匙か食べるようにとすゝめたが、無駄だつたので、ビスケットを幾らか紙に包んで、私の鞄の中に入れて呉れた。
黒い潮が、渦巻き、沸(わ)き立つように見えた。飛沫(しぶき)が、水銀のように四方へ散った。——白刃が前後左右に閃めくのであった。数声悲鳴が起こった。渦潮は崩れ、一勢に引いた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
正直に「まちがいました」とさらに訂正したので客席が沸(わ)き、大失敗をしたことがある。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
紀州日高郡産湯(うぶゆ)浦という大字の八幡宮に産湯の井あり。土伝(いいつたえ)に、応神帝降誕のみぎり、この井水を沸(わ)かして洗浴し参らせたりという。その時用いたる火を後世まで伝えて消さず。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
かつては寒夜客来テ茶当ツレ酒ニ竹罏湯沸テ火初メテ紅ナリ〔寒夜(かんや)に客(きゃく)来(きた)りて茶を酒に当(あ)つ 竹罏(ちくろ)に湯(ゆ)沸(わ)きて火(ひ)初(はじめ)て紅(くれない)なり〕といへる杜小山(としょうざん)が絶句(ぜっく)なぞ口ずさみて殊更煎茶(せんちゃ)のにがきを
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こがねまる おら、……いつだったか、お薬鑵(やかん)の中に黄金虫(こがねむし)を一杯つめ込んで、……お湯をかけて、焚火(たきび)で沸(わ)かして、……「煎(せん)じ薬」だよってごまかして、胡蝶に飲ましちゃったイ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
得言はぬ貫一が胸には、理(ことわり)に似たる彼の理不尽を憤りて、責むべき事、詰(なじ)るべき事、罵(ののし)るべき、言破るべき事、辱(はぢし)むべき事の数々は沸(わ)くが如く充満(みちみ)ちたれど、彼は神にも勝(まさ)れる恩人なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そういう横柄さは、自己を押し広げたがってる若い沸(わ)きたった血のしるしだ。僕も昔はそうだった。それは生き返ってくる大地にそそぐ春雨である……。われわれに指図をするがいいさ。
少女(せうぢよ)は忽(たちま)ち走(はし)り去(さ)つて、大藥鑵(おほやくゝわん)に湯(ゆ)を沸(わ)かし、茶道具(ちやだうぐ)さへ持(も)つて來(き)て呉(く)れた。
ことに、その晩は猛烈な暴風(しけ)で、海全体が石鹸の泡のように沸(わ)き騒いでいた。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
なりあがり者の「流行作家」は、箸とおわんを持ったまま、うなだれて、何も言えない。涙が沸(わ)いて出た。あんな手ひどい恥辱を受けた事がなかった。それっきり僕は、草田の家へは行かない。
水仙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もみじの落葉を焚(た)いて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂を沸(わ)かしたらどんなものであろうと思って、大きい背負(しょ)い籠(かご)に何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それを聞(き)くと、小屋(こや)の中は沸(わ)き返(かえ)るような騒(さわ)ぎになりました。「狸(たぬき)の声を人形も知らない——人形が口を利(き)いた——猿(さる)の鳴(な)き声をした」とてんでにいいはやして、見物人(けんぶつにん)のほうが踊(おど)りだしました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
たぎり沸(わ)くいで湯のたぎりしづめむと病人(やまうど)つどひ揉めりその湯を
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
沸(わ)き立つ鉛の熱湯にもまさったものに感じられたのであろう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
さあ城壁のこつちでは、沸(わ)きたつやうな騒動だ。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
日(ひ)に夜(よ)に、絶(た)えず膿(うな)沸(わ)きて流(なが)れぬ、神(かみ)に。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
村はやがて鼎(かなへ)の沸(わ)くやうに騒ぎ出した。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)