此処こゝ)” の例文
旧字:此處
駈出す気遣きづかいはない、大丈夫だよ、さア姉さん此処こゝへお出で…あのおよしや御仏前へ線香を上げてなアもうお線香が立たない様だから
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこの桑の餉台ちやぶだいの上には、此処こゝのやうな真つ白な卓布を照らす、シャンデリアとはちがふけれど、矢つ張り明るい燈火がともされてあつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
いま一人ひとり此処こゝるさうぢやが、お前様まへさま同国どうこくぢやの、若狭わかさもの塗物ぬりもの旅商人たびあきうど。いやをとこなぞはわかいが感心かんしん実体じつていをとこ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
われは、それより力無く起き上り、本堂下のあなぐらに入りて、男女の屍体を数段に斬り刻み、裏山の雑木林の彼処かしこ此処こゝに埋め終りつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこ此処こゝに二三けん今戸焼いまどやきを売る店にわづかな特徴を見るばかり、何処いづこ場末ばすゑにもよくあるやうな低い人家じんかつゞきの横町よこちやうである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
女中のふさは手早く燗瓶かんびん銅壺どうこに入れ、食卓の布をつた。そしてさらに卓上の食品くひもの彼所かしこ此処こゝと置き直して心配さうに主人の様子をうかがつた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その墓の一つを母親がゆびさして『これがお前のおとつさんのお墓だよ。おとつさんは此処こゝるんだよ。成長おほきくなつたら、行つて御覧?』
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
十四歳の少年の自分が中学入学のをり父につれられてY町に出て行く途上で聞いた松の歌が此処こゝでもまた耳底に呼び起された。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
恭三の家とは非常に懇意にして居たので、此処こゝを宿にして毎日荷物を預けて置いて、朝来てはそれをになって売り歩いた。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
『心配しなさんな。明日あしたからおれが書き出す。此処こゝへ来てから大分に気分もいのだから。月末げつまつにはうにか成るさ。』
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「待つよ、いくらでも。お側の人が寝てしまうまで。———今夜はお逢い出来るまで此処こゝを動かないつもりなんだ」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
田口君に就きて猶言ふべきこと多けれども、そは他日機会を見て此処こゝかゝぐべし、乞ふ吾人をして眼を明治文学史の巨人なる福沢諭吉君に転ぜしめよ。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
南さんの方が真実ほんとうですね。ねえ南さん、良人うちがね、巴里パリイでね、此処こゝへ着いた十日程は若かつたねと云ふのでせう。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ケエツキル山は彼処あそこに聳えて、ホトソンの清い流は此処こゝに流れて、丘も谷も何時いつもの通です。リツプの心は千々に迷うて、何となく悲しく成つて来ました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
たとへば我が良人をつと、今此処こゝに戻らせ給ふとも、我れは恥かしさにおもてあかみて此膝これなるふみとりかくすべきか。恥づるは心のましければなり、何かは隠くさん。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「森島? それあ気の毒だつたな。此処こゝへ通すか」何の先入主も興味もない信徳が、前と同じ調子で云つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
元来火薬が無かつた訳では無いから、如何に一旦は神妙にしてゐても、此処こゝに至つて爆発せずには居ない。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
授業の始まるまで、丑松は最後の監督を為る積りで、あちこち/\と廻つて歩くと、彼処あそこでも瀬川先生、此処こゝでも瀬川先生——まあ、生徒の附纏つきまとふのは可愛らしいもので
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あはれ、上天も見そなはせ、予は今この一個の貴き音づれを世にべんが為めに此処こゝに立てり。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
其上大洞にせよ自分にせよ、とほりならぬ関係があるので、懇望こんまうされて見ると何分にもいやと云ふことが言はれないハメのだから、此処こゝみ込んで承知して欲しいのだと
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それとも此様こんなのが実際じつさい幸福かうふくなので、わたしかんがへてゐたことが、ぶんぎたのかもれぬ。が、これで一しやうつゞけばまづ無事ぶじだ。あつくもなくつめたくもなし、此処こゝらが所謂いはゆる平温へいおんなのであらう。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「福島磯……此処こゝだす、此処だす。」と忙しいお文は、銀場から白い手を差し出した。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
殊に売子の急がしい哀れげな声は人をして自分の旅中にある寂しさをしみじみと自覚させる。新橋はそれと違ふ。此処こゝには調和と云ふよりも寧ろ旧都会と新市街との不可思議な対照コントラストがある。
新橋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ジヤルルック君車上より声かけしが、めず。車を下りて呼びさまし来る。此は夜をこめてエルサレムより余等の乗る可き馬をき来り此処こゝに待てる馬士まごイブラヒム君とて矢張シリヤ人なり。
吾人は此処こゝに於て平民的思想の変遷を詳論せず、唯だ読者の記憶をこはんとすることは、斯の如く発達し来りたる平民的思想は、人間の精神が自由を追求する一表象にして、その帰着する処は
此処こゝでさん/″\たせられて、彼此かれこれ三四十ぷん暗黒くらやみなかつたのちやうや桟橋さんばしそとることが出来できた。したのはかたばかりのちひさな手荷物てにもつで、おほきなトランクは明朝みやうてうりにいとのことだ。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
「今日などはね、途中で遇はなかつたか? と聞かれたんだが——無論此処こゝに来やしなかつたらう、仕方がなしに、えゝ! ツて云ふと、それぢや筍でも掘りに行つたのでせうと云ふんで、おばアさんと二人して籔の奥まで行つて見たんだがね……」
籔のほとり (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
竹「いゝえ、喜六とわたくしと二人で此処こゝへまいりました積りで、誠に不調法を致しましたと一言申したら宜かろうと存じます、のう喜六」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……次第しだいちか此処こゝせまやまやまみねみねとのなかつないで蒼空あをぞらしろいとの、とほきはくも、やがてかすみ目前まのあたりなるは陽炎かげらふである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此の作者は今年大学を出たばかりであつた。そして単に食ふことの必要上此処こゝに入つて匿名で連鎖劇を書いてゐた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
いづれも古い家屋かをくばかりで、此処こゝらあたりの田舎町の特色がよく出てた。町の中央に、芝居小屋があつて、青い白いのぼり幾本いくほんとなく風にヒラヒラしてた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それを君がどこまでも此処こゝ居据ゐすわつて、娘の心を乱すまでは動かぬといふのなら、わたしにも覚悟があるぞ
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
本堂の廊下らうかには此処こゝ夜明よあかししたらしい迂散うさんな男が今だに幾人いくにんこしをかけてて、の中にはあかじみた単衣ひとへ三尺帯さんじやくおびを解いて平気でふんどしをしめ直してゐるやつもあつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鏡子はお照を新橋から迎へて来て此処こゝを歩いて居た時の自分のその人に対する感情は純なものであつたなどゝ思ふ。けれど今だとてあの人を悪くは少しも思つて居ない。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
女はまどの障子をらきて外面そともを見わたせば、向ひののきばに月のぼりて、此処こゝにさし入る影はいと白く、霜や添ひし身内もふるへて、寒気ははだに針さすやうなるを
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
読者若しかれが楠河州を詠じたるの詩を読まば如何に勤王の精神が渠の青年なる脳中に沸々ふつ/\たるかを見ん。渠をして此処こゝに至らしめたるものは何ぞや。嗚呼是れ時勢なるのみ。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
従来これまでも片時呑気なも無かつたのですけれど、まだ大崎でなら永い間土地の人に馴染なじみが有りましたから大抵の買物は借りて置けましたが此処こゝは何から何迄現金ですもの。』
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
記の此処こゝの文が妙にねぢれて居るので、清宮秀堅は、将門の妻は殺されたのでは無くて上総かづさとらはれたので、九月十日になつて弟のはかりごとによつて逃帰つたといふ事に読んでゐる。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
並んで足尾の山——此処こゝが今日も名高い古河株式会社の足尾銅山だ。産業の名が赤い字で二つ書いてある「銅」と「亜砒酸」。この亜砒酸の三字に、君の神経は思はず戦慄するだらう。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
この村の名主の家のほか他所よそには絶えて在る事無し。此処こゝに蒔き置けば、夏の西日を覆ひ、庭の風情ともなるべきぞや。去年の春、此処こゝへ迷ひ来給ひし時、見知り給ひしなるべし。毎年の事なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此処こゝに私の一家は可なり贅沢な、然し寂しい生活をした。
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
此処こゝ食客いそうろうに参っていて夫婦同様になって居た新吉と云うのは、深見新左衞門の二男、是もかたき同士の因縁で斯様かようなる事に相成ります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どぜう一尾いつぴき獲物えものい。いのを承知しやうちで、此処こゝむとふのは、けるとみづしづめたあみなかへ、なんともへない、うつくしいをんなうつる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしは裏道にまわつて見た。此処こゝはつい此間このあひだまでもと停車場ていしやぢやうのあつたところで、柵などがまだ依然として残つてた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
貧しい本所ほんじよの一此処こゝきて板橋いたばしのかゝつた川向かはむかうには野草のぐさおほはれた土手どてを越して、亀井戸村かめゐどむらはたけ木立こだちとが美しい田園の春景色はるげしきをひろげて見せた。蘿月らげつは踏みとゞまつて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
だが森島和作の方は少しちがつた径路をとつて、此処こゝで野田と落ち合つたのである。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
コヽに廿一年暮らしたのかと思ふと、うらめしい様な、なつかしい様な、何とも言へない気がして胸が張りける様でしたの、アヽ此処こゝの為めに生れも付かぬいやしい体になつたのだと思ひついて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
コロンボと過ぎて新嘉坡しんがぽうるに船の着く前に、恋しい子供達の音信たよりが来て居るかも知れぬと云ふのぞみに心を引かれたのと一緒で自身のために此処こゝ迄来て居る身内のあるのを予期して居たからである。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
おれは此の八九年間雑誌の為にすつかりとらへられて居たが、雑誌が無く成つて見りや暇が出来たのだから、これからは来客を断つても書くつもりだ。此処こゝへ来てからの生活向くらしむきおれの責任にして置いて呉れ。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
今もし此処こゝにおはしまして、れいかたじけなき御詞おことばの数々、さては恨みに憎くみのそひて御声おんこゑあらく、さては勿躰もつたいなき御命おいのちいまを限りとの給ふとも、我れはこのの動かん物か、この胸の騒がんものか。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)