おも)” の例文
ことしは芳之助よしのすけもはや廿歳はたちいま一兩年いちりやうねんたるうへおほやけつまとよびつまばるゝぞとおもへばうれしさにむねをどりて友達ともだちなぶりごともはづかしく
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おのづから智慧ちゑちからそなはつて、おもてに、隱形おんぎやう陰體いんたい魔法まはふ使つかつて、人目ひとめにかくれしのびつゝ、何處いづこへかとほつてくかともおもはれた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「男らしい人よ。私あんな人大好き」と、いった宮の言葉をおもい浮べて、それをまた腹の中で反復くりかえしながら、柳沢の顔と見比べていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
この時わが胸をきて起こりし恐ろしきおもいはとても貴嬢きみしたまわぬ境なり、またいかでわが筆よくこれを貴嬢きみに伝え得んや。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
幕末に際し、実家に遁入とんにゅうしてかくまわれた多くの幕士の中の一人だが、美男なので実家の娘におもわれ、結婚して当主に直った人であった。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おもうに渋江うじは久しく和泉橋附近に住んでいて、天明に借りた鎌倉横町から、文政八年に至るまでの間に元柳原町に移ったのであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ぼくも臆面おくめんなく——かにかくにオリムピックのおもとなりにし人と土地のことかな、——と書きなぐり、中村嬢にわたしておきました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ひとり馬籠峠の上にかぎらず、この街道筋に働いた人たちのことにおもいいたると、彼伊之助には心に驚かれることばかりであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なつのことで、いえそときつくようなあつさでありました。教師きょうしは、ふとまどそとましたが、あることをあたまなかおもいうかべました。
教師と子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして木部の全身全霊をつめさきおもいの果てまで自分のものにしなければ、死んでも死ねない様子が見えたので、母もとうとうを折った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「かりそめにも、義朝のおももの。乳のみ児すらあるものを、問罪所の牢などにおかず、なぜ侍どもの一部屋なり空けてやらぬか」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしなが幽界生活中ゆうかいせいかつちゅうにもお客様きゃくさま水杯みずさかずきかさねたのは、たしかこのときりのようで、おもすと自分じぶんながら可笑おかしくかんぜられます。
わたくしが預って本当の持主に返して上げます。』と、事もなげにい放った夫人の美しい面影が、空恐ろしいようにおもい返された。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もしお秀のありのままがこうだとすれば、彼女の心の働らきの鈍さ加減がおもいやられた。しかしお延はすぐこの愚答を活かしにかかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういう性質の人を養母にしていた柏木貨一郎さんは、とてもこの縁は一生添い遂げることは困難むつかしかろうとおもわれたらしい。
子供らしい空想くうそうふけったものだが、以来、私はこの橋の上の景色を忘れずにいて、ふとした時になつかしくおもい出すのである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
利根源泉の上部にいたりては白雲皚々がい/\たり、之れ地勢上及気象上のしからしむる所なりと雖ども、利根の深奥しんおくなる亦おもひ見るべし
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
(後者は永井荷風ながゐかふう氏の比喩ひゆなり。かならずしも前者と矛盾むじゆんするものにあらず)予の文に至らずとせば、かかる美人に対する感慨をおもへ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今頃は定めてお登和さんが襷掛たすきがけ手拭てぬぐい頭髪あたまかぶって家の中を掃除しているだろう。お登和さんは実に働きものだよ。君の幸福おもられる
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分はぐに死をおもうた。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おもい見よ、誰か罪なくして亡びし者あらん、ただしき者の絶たれし事いずくにりや、我の観る所によれば不義をたがえし悪を
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
私はいつもその日をおもい起す。昭和十二年の晩秋、夕暮近く、木津川の奔流に沿うて奈良へ辿たどりついたが、これが大和やまとへの私の初旅であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
北固山はそう韓世忠かんせいちゅう兵を伏せて、おおいきん兀朮ごつじゅつを破るのところたり。其詩またおもう可きなり劉文りゅうぶん貞公ていこうの墓を詠ずるの詩は、ただちに自己の胸臆きょうおくぶ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あいちやんは其處そこ彼等かれらまはるのをて、偶々たま/\自分じぶん以前まへしうに、數多あまた金魚鉢きんぎよばちくりかへしたときざまおもおこしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
由って広い世界の空気を吸いそこない、人間が大きく太り兼ねたこと、また大志大望あるものが世界を相手に競争の出来なかったこと等をおもえば
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼女はまたある一流の俳優におもい焦がれた。住居が彼女の家の近くだった。その門前を通ることに彼女はみずから言った。
文殊と維摩の問答 ところで、これについておもい起こすことは、あの『維摩経ゆいまぎょう』にある維摩居士ゆいまこじ文殊菩薩もんじゅぼさつとの問答です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
貧しかった実家の破れ障子をふとおもい出させるような沁々しみじみした幼心のなつかしさだと、一代も一皮げば古い女だった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そんな風な、なさけないおもいに胸をいためていた古谷局長の眼にさっきからきついて離れない二号艇の底にころがっている一つの手首があった。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
過ぎしおもい出の地、道場の森、私は窓辺によりかかり、静かに人生の新しい一ページともうべき事柄ことがらを頭に描きつつ、寄せては返す波をながめている。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
サイゴンの街をおもひ出して、その昔に戻つたやうな気がしないでもない。——ゆき子は、自分のみすぼらしい小舎へ、その外国人を連れて帰つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
其樣そんことだらうとはおもひました、じつひどにおあひになりましたな。』と、いましも射殺ゐたをしたる猛狒ゴリラ死骸しがいまなこそゝいで
ふと、砂浜での少年との愛撫あいぶの記憶がよみがえって、あの夜も砂をたたきつけ怒ったような顔で、逃げるように夜の海に走りこんだ少年をおもっていた。
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
てめえは、お由利さんに、おもいを寄せてたんだろう。平太郎に取られるのが、たまらなくなったんで、飛んでもねえ真似を、しやがったに違いねえ。
毎日習慣的に通勤している者は、その日家を出て事務所に来るまでの間に、彼が何をし、何に会ったかを恐らくおもい起すことができないであろう。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
いかなればかくまがれる世ぞ。身は良人おっとを恋い恋いて病よりも思いに死なんとし、良人はかくもおもいて居たもうを、いかなれば夫妻の縁は絶えけるぞ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
これが文三の近来最も傷心な事、半夜夢覚めてともしびひややかなる時、おもうてこの事に到れば、つね悵然ちょうぜんとして太息たいそくせられる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
葉子はあの時のことをおもい出しもしないふうだったが、いくらか気が置けるらしかった。庸三も気がはずまなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
伝統がすたれ、早く手工藝の多くがほろびた西洋に比べれば、まだまだ余裕のある事情に在るとおもえる。私たちはこのことを恵みとして、活かして考えたい。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おもうにかように転ずるのは、ずっと古い時代に起った音変化の結果かと思われるが、その径路は今明らかでない。
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
彼の胸はつねにお兼をおもうことで痛み、そのにはお兼の姿、——工場の古びた建物の前で、大勢の女や老婆ろうばたちと並んで、巧みに貝を剥いている姿が
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わたしはこんなに豪華なおもいにふけっていたが、道連れの子供たちが叫んだので、その想いから呼びさまされた。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
四者のみずから知らざるがごとく相寄るは、水に沈み行く稀有けうなる群像のさまをおもわしむ。池底のごとき沈黙。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「紀久ちゃんにはおれの気持ちが、おれが紀久ちゃんをどんなにおもっていたかってこと、分からないのかい?」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
道庵先生の得意おもうべしで、嬉し紛れに米俵を引いて来た大八車の上へ突立って演説をはじめてしまいました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
父と母との争いのどちらにおもいをめぐらせるべきか、という相反する父母二つの思想体系にもみぬかれた、彼の若若しい精神の苦しみは、想像にかたくない。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
僕は四川の軍人の家での最初の日の老人をおもひ出した。僕の眼の前にゐるのは少しも気晴らしを楽しんでゐる人ではない。熱中してゐるモノマニア的な人間だ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ところで、その日たちまち二人のきれいな女を見たので、帰ってからそのことばかりおもっていた。一更いっこうがもう尽きようとしたところで、三娘が門をたたいて入って来た。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
し其をしてばうに至らしめば、則ち其の神明はかられざること、おもふに當に何如たるべきぞや。凡そ孔子を學ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と爲すべし。
然るに、おもえば先生の椅子いす最早もう永久に空しいのです。此頃はかえでの下の彼食卓もさぞさびしいことでしょう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)