所謂いはゆる)” の例文
その時奥の戸が開いて、所謂いはゆるおつ母さんが現はれた。頬つぺたの赤い年増で、頭に頭巾を着てゐる。その外着物は随分不体裁である。
そこで、感情かんじやうがいしてるなと、此方こつちではおもつてる前方せんぱうが、くだん所謂いはゆる帳場ちやうばなるもの……「貴女あなた、これはつてかれますか。」とつた。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
予は唯、竜動ロンドンに在るの日、予が所謂いはゆる薔薇色の未来の中に、来る可き予等の結婚生活を夢想し、以て僅に悶々の情を排せしを語れば足る。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
骨細ですが、よく引緊ひきしまつた肥りじし、——所謂いはゆる凝脂が眞珠色に光つて、二十五といふにしては、處女のやうな美しい身體を持つた女です。
伏したるはなき人なるべし。竈の側なる戸を開きて余を導きつ。この処は所謂いはゆる「マンサルド」の街に面したる一間ひとまなれば、天井もなし。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「故国」の訳に波羅葦増雲パライソウとあるは、文禄慶長年間、葡萄牙ポルトガル語より転じて一時、わが日本語化したる基督教法に所謂いはゆる天国の意なり。訳者
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
坂井さかゐふよりも、坂井さかゐ所謂いはゆる冒險者アドヹンチユアラーとして宗助そうすけみゝひゞいたそのおとゝと、そのおとゝ友達ともだちとしてかれむねさわがした安井やすゐ消息せうそくにかゝつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ぼく不幸ふかうにして外國ぐわいこく留學りうがくすることも出來できず、大學だいがくはひることも出來できず、ですからぼく教育けういく所謂いはゆる教育けういくなるものは不完全ふくわんぜんなものでしよう。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
よしや忠孝もしくは義侠を以て国民の特質なりとするも、吾人の見んと欲する所は過去の所謂いはゆる忠孝にあらずして今日の忠孝にあらざるか。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
父も家庭に対するくるしみ、妻子に対するくるしみ、社会に対するくるしみ——所謂いはゆる中年の苦痛くるしみいだいて、そのの狭い汚い町をとほつたに相違さうゐない。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
同君の論旨が質朴謙遜に述べられてあるだけ、小生も亦其保守的傾向ある所謂いはゆる私徳に対して仰々しく倫理的評価など下すまじく候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『買ふ』と云ふのも、それには否でも応でも金銭が必要とされる不快な事情からで、決して所謂いはゆる遊蕩ではない。何で恥ぢるに当るものか。
お桐がただ所謂いはゆる無常の風を待つばかりになつて、納戸に寝て居るのが、丁度自分自身の胸の中に何うしても動かぬ塊がつかへて居る様だ。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
そのうへ個人こじんには特殊とくしゆ性癖せいへきがあつて、所謂いはゆるきらひがあり、かふこのところおつきらところであり、所謂いはゆるたでむしきである。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
然るに所謂いはゆる詩客なる者多くは、勝景を以て詩を成さゞる可らざる所と思ふ。勝景をして自然に詩を作らしめず、みづから強ひて詩を造らんとす。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
君の云ふ通りどの証人も所謂いはゆるそつけない声に就いては異論がなかつた。ところが所謂鋭い声となると区々まち/\なことを云つてゐる。
さやう、病人が病名を知らなくてもいゝのですがまあ蛭石ひるいし病の初期ですね、所謂いはゆるふう病の中の一つ。俗にかぜは万病のもとと云ひますがね。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
これ、解剖學者に取ツては、一箇神聖なる物體である、今日解剖臺に据ゑられて、所謂いはゆる學術研究の材となる屍體は、美しい少女をとめそれであツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一体どんな樹の花でも、所謂いはゆる真つ盛りといふ状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気をき散らすものだ。
桜の樹の下には (新字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
ふならば、彼の所謂いはゆる嬉しさの味とは、そこまでに到る彼の職業上の苦心努力の報いられた喜びに一そう強められた、その快感に外ならない。
探偵小説の魅力 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
俗界ぞくかいける小説せうせつ勢力せいりよくくのごとだいなればしたがつ小説家せうせつかすなはいま所謂いはゆる文学者ぶんがくしやのチヤホヤせらるゝは人気じんき役者やくしやものかづならず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
富之助がしばしば夜中に外出することは漸く人の氣付く所となつたが、その所謂いはゆる膽力養成と云ふ言葉が、凡ての疑問の發生する餘地を與へなかつた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
所謂いはゆる幹事の才なる者は蓋し彼に於て始めて見るべし。之を聞く彼れの時事新報を書くや些少させうの誤字をも注意して更正することはなはだ綿密なりと。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
渠等の不斷の生活が所謂いはゆる苦界で、つらいことはつらからうが、そのつらさは子供に與へるおもちや同樣の物を與へれば濟む。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
永味岳、黒田岳、所謂いはゆる八重岳の群巒ぐんらんをなし、垂直的肢節の変化に富む。海抜一○○○から一五○○米の山腹に屋久杉の繁茂。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
丁度昔紡績女スピンスタアの手仕事であつた紡績が、大工場の一大産業となつて、所謂いはゆる大量生産なるものとなり、為めに昔の工女の手仕事が奪はれたやうに
翻訳製造株式会社 (新字旧仮名) / 戸川秋骨(著)
社会上、思想上において英吉利が従来これまで伝統トラヂシヨンを維持してくにはエレン・ケイの所謂いはゆる、男二人女二人ではとて追付おつつくまい。
こはヱネチアの心胸と稱すべき處にして、國の性命はこゝに存ずといふなるに、その所謂いはゆる繁華は羅馬のコルソオに孰與いづれぞ、又拿破里ナポリの市に孰與ぞ。
罪過の語はアリストテレスが、これを悲哀戯曲論中に用ひしより起原せるものにして、独逸語ドイツご所謂いはゆる「シウルド」これなり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
むかしひとおそれてゐた大地震だいぢしんもどしは、最初さいしよ大地震だいぢしん主要部しゆようぶ意味いみであつて、今日こんにち所謂いはゆる餘震よしんすものでないことはまへべんじたとほりである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
晏子あんし莊公さうこうし、これこくしてれいしかのちるにあたつて、所謂いはゆる(七二)さざるはゆうもの
「青鞜」に関係してゐた頃所謂いはゆる新らしい女の一人として一部の人達の間に相当に顔を知られ、長沼智恵子といふ名がその仲間の口に時々上つたのも
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
独身のくせに、男として少しも話の種にならなかつたのを見ると、所謂いはゆる性的魅力と云ふものに欠けてゐるのだらう。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
所謂いはゆる世話料受取り、荷物運送まで荷主に拘はらず自儘取扱ひ、不正の口銭貪り取候事、右糸会所取立三井八郎右衛門始め組合の者、他の難儀を顧みず
詩句と歌詞とを並べた新撰万葉集や、古今集の前名を「シヨク万葉集」と言つた事実や、所謂いはゆる古万葉集の名義との間に、何の関係も考へずにすまして来てゐる。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
然し肉は段々煮て行つて鍋に山と積みそれからわたくしに『さあ、飯、食べろ』と申しましたのは世に所謂いはゆる問ふに落ちず語るに落つの類ではないでしようか。
怪物と飯を食ふ話 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
所謂いはゆる疑心暗鬼といふ奴だ。耳に聞える幻——といふのも少許すこし変な言葉だがね、まあ左様さういふことも言へるとしたら、其が今夜君の聞いたやうな声なんだ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
富士の裾野の一部を通つて、所謂いはゆる五湖を𢌞り、甲府の盆地に出で、汽車で富士見高原に在る小淵澤驛までゆき、其處から念場が原といふ廣い/\原にかゝつた。
それだから所謂いはゆる『娘らしい』ところが余り無い。自分の思ふやうに情が濃でないのもその所為せゐか知らんて。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
百樹もゝき曰、くだんるに常にある亀とは形状かたち少しくことなるやうなり。依てあんずるに、本草ほんざう所謂いはゆる秦亀しんき一名筮亀ぜいきあるひは山亀といひ、俗に石亀いしがめといふ物にやあらん。
恐らく彼等の間に所謂いはゆる天才はすくないであらう。しかし彼等は僕等と同じ呼吸をして居る生生なまなましい現代人である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『そらい!。』とばかり、ヒタと武村兵曹たけむらへいそう所謂いはゆる出刄庖丁でばほうちやうはいつてすねおのてつすねあはせて、双方さうほう眞赤まつかになつてエンヤ/\と押合おしあつたが勝負しようぶかない
きかれ其方共顏を上よと有しに兩人は恐る/\少しかほあぐる時駕籠のりものの中より熟々つく/″\と見らるゝに(此時は所謂いはゆる誠心せいしん虚實きよじつ眞僞しんぎおもてあらはるゝを見分る緊要きんえうの場なりとぞ)
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
余はもとより舞踏なんど洒落しやれた事には縁遠き男なれど、せめて所謂いはゆるウオールフラワアの一人ともなりて花舞ひ蝶躍る珍しきさまを見て未代までの語り草にせばやと
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
所謂いはゆる不幸なる人間として理想化して見られるやうになるわけでもないが、兎に角人間には色々な、込み入つた衝動や意欲があるものだといふ事が理解せられて来る。
蛇や蛙其の他の動物が所謂いはゆる冬眠を行ふことは周知の事実であるが、人類には本来かゝる能力は存在しない。ところがある人々にとりては事実上かゝることが可能である。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
自分の父が嘗て世の所謂いはゆる伴食大臣ばんしよくだいじんとなつて爵位を得て居るのを幸ひ、それをば賣藥的廣告の道具に使はうと思つて居る。眞率誠實しんそつせいじつは全く明治時代から逃去つて仕舞つた。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
かの石棒をもつて古史に所謂いはゆるイシツツイなりと爲すがごときは遺物發見はつけんの状况に重みをかざる人のせつにして、苟も石器時代遺跡せききじだいゐせきの何たるを知る者は决して同意どういせざる所ならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
其外そのほか便利べんりは一々かぞあぐるにおよばざることなり。たゞ此後このゝち所謂いはゆる晦日みそかつきることあるべし。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
つてものした愚作「紙人形春の囁き」とか「狂恋の女師匠」とか云ふ、所謂いはゆる下町情話物が、私の作品の中では割合に強い記憶を与へてゐるので、人々は、それを土台として
日本趣味映画 (新字旧仮名) / 溝口健二(著)