ひそか)” の例文
問題の長持は、おせいがいて貰い受けて、彼女からひそかに古道具屋に売払われた。その長持は今何人なんぴとの手に納められたことであろう。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
娘は父親にいえば不興ふきょうこうむるのを知っていたが、病気の経過が思わしくないので、思い余ってひそかにA夫人に手紙を出したのであった。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
取りて一まとめにするゆゑ是はいかにと怪しむ跡より鹽灘しほなだへの歸り車とて一挺きたるこれ道人が一行に一足おくれてひそかに一里半の丁塲を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
散々に破壊され、狼藉され、蹂躙されし富山は、余りにこの文明的ならざる遊戯におそれをなして、ひそかあるじの居間に逃帰れるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
見てひそかもとの座へ立ち歸り彼は正しく此所のあるじさては娘の父ならん然れば山賊のかくにも非ずと安堵あんどして在る所へ彼娘の勝手よりぜん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これは明治まで存し、今でも辺鄙へんぴにはひそかに存するかも知れぬが、営業的なものである。但しこれには「げほう」が連絡している。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
塩田は散歩するに友をいざなわぬので、友がひそかに跡に附いて行って見ると、竹のつえを指の腹に立てて、本郷追分おいわけへん徘徊はいかいしていたそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だが、無ろんたがひけうひそかに「なアにおれの方が……」とおもつてゐる事は、それが將棋せうきをたしなむ者のくせで御多分にれざる所。
この寛大の奥にはひそかに女を軽蔑してゐる心持があるといふ事を、誰でも大した骨折り無しに発見する事が出来るのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
理窟と感情とのひそかに相関係するは前にもいへり、今更繰り返すを用ゐず。ただ「歌にあらず」といふ事につきて一言せん。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ほこらちかところ少年せうねんそうあり。かね聰明そうめいをもつてきこゆ。含春がんしゆん姿すがたて、愛戀あいれんじやうへず、柳氏りうしせい呪願じゆぐわんして、ひそか帝祠ていしたてまつる。ことばいは
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夏の間は水浴を一日も欠かすことができないので、この数年来、夏が来るとひそかにこの別院に隠れて、冷たい清水の庭前ていぜんの池に水浴するのであった。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
だが、兵庫は、他人の幸福をひそかに奪おうなどという野心は抱けなかった。彼の考えや行動のすべては、武士道の鉄則にってなされていることなのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母の乱行はこの年になつても止まないで、彼の女の着物がひそかに典物として持ち出されたことも屡屡あつた。
酔狂録 (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
裁判の前日、ムーアはひそかに彼に会って密計を授けた。明くれば裁判の当日である。かの判事は、例の如く先ず大喝一声被害者を叱り飛ばし、さて犯人の訊問に移った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
此の金を得てひそかに家をのがれ出で、袖なるものをして、みやこの方へ逃げのぼりける。かくまでたばかられしかば、今はひたすらにうらみ歎きて、つひに重き病に臥しにけり。
ひとまにひそかに入りつつ、京に疾くのぼせ給ひて、物語の多く侍ふなる、あるかぎり見せ給へと、身を捨ててぬかをつきいのり申すほどに、十三になる年のぼらむとて、九月三日門出して——
殊に相當の古參の方々の内にも、何時も同じ樣な物を誠に根氣よく作り續けて居る方も相當にある樣に思はれますが、實に智慧の無い事だとひそかに思ふて居ります。(昭和九年十一月廿八日識)
裸体美に就て (旧字旧仮名) / 小倉右一郎(著)
然るに奇遇にも永山将軍に親くせり。同将軍は露国に向わん事を平生語れり。且つ予に同行をすすむる事ありしも今春病死せり。依て予は独行する事は難きのみならざるをひそかに思うのみなり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
また今更いまさらかんがへれば旅行りよかうりて、無慘々々むざ/\あたら千ゑんつかてたのは奈何いかにも殘念ざんねん酒店さかやには麥酒ビールはらひが三十二ゑんとゞこほる、家賃やちんとても其通そのとほり、ダリユシカはひそか古服ふるふくやら、書物しよもつなどをつてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時ありて梁山泊の豪傑連が額をあつめてひそかに勢力拡張策を講ずるなど随分変梃来へんてこな事ありてその都度提調先生ひそかに自ら当代の蕭何しょうかを以てるといふ、こんな学堂が世間にまたとあるべくも覚えず候
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
私は病気がなほつたらすぐ逃げ出して行かうとひそかに決心してゐた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
ひそかに黒チックというのを利用して黒がっている団さんが笑った。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
問 被告は今回逃走中ひそかに妻に会い、写真を破棄せしめたか。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
立つ前夜ひそかに例の手提革包を四谷の持主に送り届けた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかるに燕王の北平ほくへいを発するに当り、道衍これをこうに送り、ひざまずいてひそかもうしていわく、臣願わくは託する所有らんと。王何ぞと問う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
互に歩み寄りて一間ばかりにちかづけば、貫一は静緒に向ひて慇懃いんぎんに礼するを、宮はかたはらあたふ限は身をすぼめてひそか流盻ながしめを凝したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
とる原田兵助はらだひやうすけと云者あり常々田畑でんばた耕作かうさくする事を好みしが或時兵助山の岨畑そばはたへ出て耕作しけるに一つの壺瓶つぼがめ掘出ほりだしたりひそかに我家へ持ち歸り彼壺を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
照子は眼中に涙をたたえて、きっ婦人おんな凝視みつめながら、「それでは。」となお謂わんとすれば、夫人ひそかにそのたもとを控え、眼注めくばせしてめらる。振切って
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さいわいに加賀町の名主田中平四郎がこれを知って、ひそかに竜池に告げた。竜池は急に諸役人に金をおくって弥縫びほうし、妾に暇をつかわし、別宅を売り、遊所通ゆうしょがよいを止めた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
闇の中を透すと、つい十数間先を、ひそかに歩いて行く人影を見つけた。それより少し向うに二三の立木があった。男は中折帽子を冠って、右手に杖を持っていた。彼は立木の蔭でフト足を停めた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
また今更いまさらかんがえれば旅行りょこうりて、無惨々々むざむざあたら千えんつかてたのはいかにも残念ざんねん酒店さかやには麦酒ビールはらいが三十二えんとどこおる、家賃やちんとてもそのとおり、ダリュシカはひそか古服ふるふくやら、書物しょもつなどをっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ひそかにお案じ申していたわけなのでござりまする。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帝のためひそかに図る者をばたれとなす。いわく、黄子澄こうしちょうとなし、斉泰せいたいとなす。子澄は既に記しぬ。斉泰は溧水りっすいの人、洪武十七年よりようやく世にづ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ほとんど同時に、院長のなにがしは年四十をえたるに、先年その妻をうしなひしをもて再び彼をめとらんとて、ひそかに一室に招きて切なる心を打明かせし事あり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
常にうとましき児どもなれば、かかる機会おりを得てわれをばくるしめむとやたくみけむ。身を隠したるままひそかげ去りたらむには、探せばとて獲らるべき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掘出ほりいだし候ところかみへも御屆申上げずひそかに自分方へ仕舞置しまひおき候旨をば訴へに及びたり役人中此由を聞き吟味の上兵助を役所へ呼寄よびよせ其方事此度はたけより古金のかめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
綱宗は家老一人を附けられて、そこに住んだ。当時姉婿あねむこ花忠茂がひそかつた手紙に、「御やしきうち忍びにて御ありきはくるしからぬ儀と存じ候」と云つて、丁寧ていねいに謹慎を勧めてゐる。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
常にうとましき児どもなれば、かかる機会おりを得てわれをば苦めむとやたくみけむ。身を隠したるままひそかげ去りたらむには、探せばとてらるべき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
燕王ことばれんことをはかり、うわべしりぞけて通州つうしゅうに至らしめ、舟路しゅうろひそかに召してていに入る。道衍は北平ほくへい慶寿寺けいじゅじに在り、珙は燕府えんふに在り、燕王と三人、時々人をしりぞけて語る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其の病の原因もとはと、かれく知る友だちがひそかに言ふ、仔細あつて世をはようした恋なりし人の、其の姉君あねぎみなる貴夫人より、一挺いっちょう最新式の猟銃をたまはつた。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
氏郷をやかたに入れまいらせてから、ひそか諫言かんげんたてまつって、今此の寒天に此処より遥に北の奥なるあたりに発向したまうとも、人馬もつかれて働きも思うようにはなるまじく、不案内の山、川、森、沼
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
伸びあがりてひそかにすかしたれば、本堂のかたわらに畳少し敷いたるあり。おなじ麻の上下かみしも着けて、扇子控えたるが四五人居ならびつ。ここにて謡えるなりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一夜いちや幼君えうくん燈火とうくわもと典籍てんせきひもときて、寂寞せきばくとしておはしたる、御耳おんみゝおどろかして、「きみひそか申上まをしあぐべきことのさふらふ」と御前ごぜん伺候しかうせしは、きみ腹心ふくしん何某なにがしなり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
急足いそぎあしに黒壁さして立戻る、十けんばかりあいを置きて、背後うしろよりぬき足さし足、ひそかに歩を運ぶはかの乞食僧なり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを、この機会に、並木の松蔭に取出でて、深秘なるあが仏を、人待石に、ひそかに据えようとしたのである。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小宮山は亭主の前で、女の話を冷然としてね附けましたが、ひそかに思う処がないのではありませぬ。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その理、測るべからず。ひそかに西洋に往来することを知って、かれはばかるものは切支丹キリシタンだとささやいた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
予が寄宿生となりて松川まつかは私塾にりたりしは、英語を学ばむためにあらず、数学を修めむためにあらず、なほ漢籍を学ばむことにもあらで、ひそかに期することのありけるなり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
越中ゑつちうひそかつてあぶみをはづし、座頭ざとうがしつぺいをあぶみはなにてくる。座頭ざとうのりかけこゑをかけ
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)