いん)” の例文
そしてようやく、復職のめどもつき、あとは殿帥府でんすいふ最高の大官、こう大将の一いんが書類にされれば……というところまでぎつけて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てつごと健脚けんきやくも、ゆきんではとぼ/\しながら、まへつてあしあとをいんしてのぼる、民子たみこはあとから傍目わきめらず、のぼ心細こゝろぼそさ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これは南画なんぐわだ。蕭々せうせうなびいた竹の上に、消えさうなお前があがつてゐる。黒ずんだいんの字を読んだら、大明方外之人たいみんはうぐわいのひととしてあつた。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いんけは首にかけて持っていたから、こゝへ何うぞと言ったら、『こゝか?』と見当をつけて、スポンと掛け声をしてした。皆笑ったぜ
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
石段の下を南へ、弁天の方へ向いて歩く二人の心には、とにかく雁の死が暗い影をいんしていて、話がきれぎれになり勝であった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「よし!」と八戒は眼を閉じ、いんを結んだ。八戒の姿が消え、五尺ばかりの青大将あおだいしょうが現われた。そばで見ていたおれは思わず吹出してしまった。
長い廊下の果に、主人の花紋くわもんいんした上衣うはぎの後影が隠れた。上衣の裾はかろく廊下の大理石の上を曳いて、跡には麝香じやかう竜涎香りうえんかうとの匂を残した。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
そして、何とマア刑事にとって幸運であったことには、轢死のあった前夜まで雨降り続きで、地面に色々の足跡がクッキリといんせられていた。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
短躯肥満、童顔豊頬にして眉間に小豆あずき大のいぼいんしたミナト屋の大将は快然として鉢巻を取りつつ、魚鱗うろこの散乱した糶台ばんだい胡座あぐらを掻き直した。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私が流浪るらうした土地には悉くあなたも行くのです。私の馬蹄の印されたところには何處にもあなたの輕やかな足跡が同じやうにいんされるのです。
いんの痕もまだあざやかで、李和子の姓名も分明にしるしてあった。彼に殺された犬猫四百六十頭の訴えに因って、その罪を論ずるというのである。
四十年来の経験を刻んでなお余りあると見えた余の頭脳は、ただこの截然せつぜんたる一苦痛を秒ごとに深くいんるばかりを能事とするように思われた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんなことを言って、かれはわたしたちにれいいんをおした紙を、お友だちのような顔をしてにこにこしながらわたした。
闇に四隣寂寥しりんせきりょうとして手燭てしょくの弱いに照らされた木立の影が長く地にいんせられて時々桐の葉の落ちる音がサラサラとするばかり、別に何物も見えない。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
しかしこころ苦痛くつうにてかれかおいんせられた緻密ちみつ徴候ちょうこうは、一けんして智慧ちえありそうな、教育きょういくありそうなふうおもわしめた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これは、お寺の床の間には似つかわしからぬもので、今までお銀様が気がつかなかったのは、燈火あかりの具合で、隅の柱に隠形おんぎょういんをむすんでいたからです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白髯をはやして、人差指にいんつきの指環をはめ、禿げ頭に団子のような腫れ物——こぶといってもいい——を頂いた一人の老紳士は、ひそかにこう考える。
神童 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
それには明らかに、所長殺害事件のあの時刻に佐和山女史の一種特別な跫音波形きょうおんはけいいんせられていたのであった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かれにはつていて與吉よきちた。與吉よきち横頬よこほゝいんした火傷やけどかれ惑亂わくらんしたこゝろさわがせた。勘次かんじまたそばつぶつて後向うしろむきつて卯平うへいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かれはいまさらに美穂子の姿のいっそう強い影をその心にいんしているのを予想外に思った。こういう道行みちゆきになるのはかれもかねてよく知っていたことである。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「石ころに向っていんを結ぶと、それが黄金こがねになったり、つえを立てると、それに枝が出、葉ができて、みるみる大木になると云うし、恐ろしい妖術ではありませんか」
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少しはいんを結びじゅを持する真言宗様しんごんしゅうようの事をも用いたにもせよ、兵家へいかの事であるのがその本来である。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
坊さん見たいに、大胡坐あぐらいてよ、おへそのあたりにいんを結ぶと、親分の胸は地獄の繪の中にある、閻魔大王えんまだいわうの照魔鏡見たいに、惡い野郎のしたことは、何んでも映る
そして終りに××県知事じゅ五位勲四等△△△△と、その下に大きな四角ないんを押してありました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
お俊ははさみの尻でトントンたたいた。お延の新しいハンケチの上には、荵の葉の形が鮮明あざやかいんされた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔の画家えかきが聖母を乗せる雲をあんな風にえがいたものだ。山のすそには雲の青い影がいんせられている。山の影は広い谷間にちて、広野ひろの草木くさきの緑に灰色を帯びさせている。
この一切の景物けいぶつは皆黄いろい蝋燭の火で照し出されてゐる。大きい影を天井にいんしてゐる蝋燭の火である。併しこんな物よりは若いよめのリイケの方が余程目を悦ばせる。
あのなんとか云ったっけともえの紋じゃアねえ、三星とか何とか云ういんが押して有る古金かねを八百両何家どこかで家尻を切って盗んだ泥坊が廻り廻って来てそれでまア、の親孝行な…
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すなわち賢人君子のまなこよりせばあるいは児戯じぎに等しいかは知らんが、青年時代の希望の実状をいんしてこれを現今の実際と照合し、もって理想の規矩きくにあててみるのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
されどもこはふべからざる事情の下に連帯のいんせしが、かたの如く腐れ込みて、義理の余毒の苦をうくると知りて、彼の不幸を悲むものは、交際官試補なる法学士蒲田かまだ鉄弥と
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
玄竹げんちく町醫まちいであるけれども、つと京都きやうとはうまはして、嵯峨御所さがごしよ御抱おかゝへの資格しかくり、醫道修業いだうしゆげふめにつかはすといふ書付かきつけに、御所ごしよいんわつたのをつてゐるから
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
去年私たちの五年の記念にあなたが書いて下すった字で私の本のためのいんをこしらえた。一つしてあげたの御覧になったでしょう? はじめての印は父がこしらえて呉れた、水晶。
篠田はいつもの如く早く起き出でて、一大象牙盤ざうげばんとも見るべき後圃こうほの雪、いと惜しげに下駄をいんしつゝ逍遙せうえうす、日の光ははるか地平線下にいこひぬれど、夜の神がし成せる清新の空気は
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『奥でおやすみな。』半ばしかるように言った。お梅は泣き出しそうな顔をして頭を振って外面そとへ出た。月はえに冴え、まるで秋かとも思われるよう。庭木の影がはっきりと地にいんしている。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その光線の落ちたところには、水を盛つた硝子器があつた。そしてその水面に落ちた光線の反射はちようどピストルの載せてあつた小卓の上に強い焦點せうてんいんしてゐた。事件は解決されたのである。
探偵小説の魅力 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
余計な心配だが、これから五年あるいは十年ののち、工事おわりて元の閑寂なる山村に帰った時、初めて眼醒めざむる彼等の苦痛は、一旦いったん心にいんせられた惰弱のふうと共に永久に消ゆるの時がなかろう。
大仏の姿が屋根にもかこいにもなるが、内側では胎内くぐりの仕掛けにしてひざの方から登って行くと、左右のわきの下が瓦燈口かとうぐちになっていて此所ここから一度外に出て、いんを結んでいる仏様の手の上に人間が出る。
尊意が灑水しゃすいいんを結ぶと、たちどころにその火が消えた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その指先の向かった所に、雪に人形ひとがたいんせられていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
黄金こがねいんをあまた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
十一月二日周藏しうざう いん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やきいんがある
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
誦経ずきょうがすむと尊氏は半跏趺坐はんかふざ(片あぐら)のかたちをとり、丹田たんでん(下腹)にいんをむすび、呼吸をひそめて、いつもの坐禅に入ったまま
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いんくわがあつて、文に「菅氏」とつてあつた。若江氏は菅原姓であつたと見える。是は倉知氏の写して寄せたものである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
手で叩く真似をすると、えへへ、と権ちゃんの引込ひっこんだ工合ぐあいが、いんは結ばないが、姉さんの妖術ようじゅつかかったようであった。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それをあえてしない私に利害の打算があるはずはありません。私はただ妻の記憶に暗黒な一点をいんするに忍びなかったから打ち明けなかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかこゝろ苦痛くつうにてかれかほいんせられた緻密ちみつ徴候ちようこうは、一けんして智慧ちゑありさうな、教育けういくありさうなふうおもはしめた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
云ううちに、彼は雪にいんせる人の足跡を見付けた。たしかに人の足である。加之しかも入口のほうから庭伝いに縁先へ来て消えている。何者か忍び込んだに相違ない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼にいんせられた印象は、すべて、苦痛にせよ歡喜にせよ、深くきざまれて永久的なものであつた。私は承諾した。
首筋くびすぢかはけて戸口とぐちしたゝあといんしても執念しふね餌料ゑさもとめてまぬやうなかたちでなければならぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)