つの)” の例文
不安はいよいよつのりてしばらく考えているうちに、ふと胸に浮かびしことあり。もしやと思いて、すぐに含満ヶ渕の方へ追って行く。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なぜなれば、信貴山毘沙門堂びしゃもんどうの陣所では、いぜん武士をつのり、軍の装備も解かず、戦気烈々であると一般にいわれているからだった。
こころ合はでもいなまむよしなきに、日々にあひ見てむこころくまでつのりたる時、これに添はするならいさりとてはことわりなの世や。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
加ゆると雖も勿々なか/\用ひる面色けしきもなく言ば言程猶々なほ/\つのりて多分の金子をつかすてるにより忠兵衞も持餘せし故國元くにもとへ歸りて母親へ右の段を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
博士の場合も、これらの面白からぬ関係がつのり募って、あの惨事を惹起ひきおこしたのだろう。という推論は、まず条理整然としているからね。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
無論病勢のつのるにれて読書は全くさなければならなくなったので、教授の死ぬ日まで教授の書を再び手に取る機会はなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その求めごころの切なくつのるときには、たゞ痛痒い人恋しいぐらいの沙汰さたではなく、息も詰まるほど寒いものに締め絞られるのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天保十四年癸卯きぼう 夏、村田清風毛利侯をたすけて、羽賀台の大調練をもよおす。水戸烈公驕慢につのれりとのとがこうむり、幽蟄ゆうちつせしめらる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
侍「おのれ下手したでに出れば附上つけあがり、ます/\つの罵詈暴行ばりぼうこう、武士たるものゝ面上めんじょうに痰を唾き付けるとは不届ふとゞきな奴、勘弁が出来なければうする」
あたたかなみなみかぜいてきました。それからというもの、毎日まいにちのように、みなみかぜつのって、ゆきはぐんぐんとえていきました。
春になる前夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし入院後一日一日と病はつのりて後には咯血にせるほどになってからはまた死にたくないのでいよいよ心細くなって来た。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
びゅうびゅうと風は吹きつのっていた。赤坊の泣くのにこうじ果てて妻はぽつりと淋しそうに玉蜀黍殻とうきびがらの雪囲いの影に立っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
伯父はこのヘンリイ・ウイリアムズなる人物にますます不信と不安をつのらせるいっぽうで、法定後見人である立場を固守して
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
……姉さんが宮中を去ってからというものは、ほかに身寄り便たよりのない妾の淋しさ心細さが、日に増しつのって行くばかりでした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
東京駅の待合室に集った人達は次第につのる不安に、入口からまっ暗な外を眺めたり、売店や三等待合室を覗いたりしました。
身代りの花嫁 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いつも宿り客の内幕を遠慮も無く話しちらすに引代ひきかえて、余計な事をおといなさるなと厳しく余を遣込やりこめたれば余が不審は是よりしてかえって、益々つの
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ところが、二人の恋は段々つのり、結婚してしまったら、父も文句は言うまいと考え、ハリーはひそかにエドナを紐育へ連れて行って結婚した。
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ある新聞社が、ミス・日本をつのっていた時、あの時には、よほど自己推薦しようかと、三夜身悶みもだえした。大声あげて、わめき散らしたかった。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
恋いしさがつのれば募るほど、なんやかやと話しかける夫がうるそうて、腹立たしいて、ろくさま返事もせんと一日ふさぎ込んでましたよって
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はてはますます暴動つのりてすべよく米を渡さぬ家は打毀うちこはしなどする程に、市街の騒擾そうじよう大かたならず、は只浪花なにはのみならず諸国に斯る挙動ありしが
冬期の講習学校のために年々寄せられた百二十ドルは町でつのられた、どのほかの同額の金よりもまさってつかわれている。
難民がついにアカザまで食べはじめたと聞いて、彼はその栄養価についての専門家の意見をひろくつのった。知友のあいだで義捐金ぎえんきんの募集に努力した。
まつろうひざもとから、黒髪くろかみたばりあげた春重はるしげは、たちまちそれをかおてると、次第しだいつの感激かんげきをふるわせながら、異様いようこえわらはじめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
されば夫婦の間は、何時か不和ふわになツて、父はぎやく待する、母は反抗する、一粉統ごだ/\としと共につのるばかりであツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そこへ、ちょうどつごうよく、追い手の風がどんどん吹きつのって来ました。ですから、それだけのお船がみんな、かけ飛ぶように走って行きました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
だまつてては際限さいげんもなくつのつてれはれはくせつて仕舞しまひます、だい一は婢女をんなどもの手前てまへ奧樣おくさま威光ゐくわうげて、すゑには御前おまへことものもなく
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、思返おもひかへしたものゝ、猶且やはり失望しつばうかれこゝろ愈〻いよ/\つのつて、かれおもはずりやう格子かうしとらへ、力儘ちからまかせに搖動ゆすぶつたが、堅固けんご格子かうしはミチリとのおとぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
が、母を——肉親はつながっていなくとも心の内では母とも姉とも思う瑠璃子を、失おうとする美奈子の心細さは、時のつと共に、段々つのって行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
船暈ふなよいをした人が、下腹部したばらに力を入れて、一生懸命に抵抗しようとすればする程、いがつのって来る時のように、心の平静を失うまいとして、とりわけ
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
同志をつのり毒悪な宣伝をなしているので、かれらはすでに毒悪主義を実行することに取りかかっているのである。
ざっと一月半入院したが、病勢は日に日につのる。しかも力が強くなって、伸しかかって胸をおさえる看護婦に助手なんぞ、一所に両方へ投飛ばす、まるで狂人きちがい
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あめまれにしんみりとつても西風にしかぜあさから一にちあを常緑木ときはぎをもどろなか拗切ちぎつて撒布まきちらすほどつのれば、それだけでつちはもうほとんどかわかされるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
清三はせっかく四号までだしたのだから、いま少し熱心に会員をつのったり寄付をしてもらったりしたならば、続刊の計画がたつだろうと言ってみたがだめだった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さては一大事、医師の診察によりて、分娩ぶんべんの事発覚はつかくせば、せふは兎も角、折角おこたりたる母上の病気の、又はそれが為めにつのり行きて、ゆとも及ばざる事ともならん。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
雪之丞は、だんだんに酔い染って来るような、浪路を眺めていると、胸苦しさがつのってゆくばかりだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
おりからはげしい疾風はやてさえつのって、みことのくぐりられた草叢くさむらほうへと、ぶがごとくにせてきます。その背後はいごは一たいふか沼沢さわで、何所どこへも退路にげみちはありませぬ。
未来の多くの研究者の協力をつのるべく、今はただその解説の一つの方向を指そうとするのみである。俳諧または誹諧という言葉は、日本の古文学の中にも見えている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この頃主人政元はというと、段〻魔法につのって、種〻の不思議を現わし、空中へ飛上ったり空中へ立ったりし、喜怒も常人とは異り、分らぬことなど言う折もあった。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
耶馬台やまとの宮では、反絵はんえの狂暴はその度を越えてつのって来た。それにひきかえ、兵士つわものたちの間では、卑弥呼ひみこを尊崇する熱度が戦いの準備の整って行くに従って高まって来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「そなたは確か正親町卿おおぎまちきょうから、お心を受けて江戸へ出て、志士をつのっておられたはずだが?」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奇異の念はますますつのってゆきました。そしてついには、その人影が一度もこちらを見返らず、全く私に背を向けて動作しているのを幸い、じっとそれを見続けはじめました。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
をつとのおのれをよくをさめて教へなば、此のうれひおのづからくべきものを、只一〇かりそめなるあだことに、女の一一かだましきさがつのらしめて、其の身のうれひをもとむるにぞありける。
茂木技師は、仏印の林業調査に軍から派遣される事になり、同じ農林省で働いてゐるタイピストをつのつて、それぞれの部署に一人づつのタイピストを置いて来る事になつてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
大風はつのり募りて暴風となり、台風たいふうとなり、開闢かいびゃく以来、記録に存せざる狂風となれり。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
阿呆あほうでそのうえ悪擦わるずれしているんですから、かないませんわ。」と越春さんは云った。越春さんは助ちゃんのことというと、なぜかむやみに反感をつのらせる傾きがあったようだ。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
〔評〕三條公は西三條、東久世諸公と長門に走る、之を七きやう脱走だつさうと謂ふ。幕府之を宰府ざいふざんす。既にして七卿が勤王の士をつのり國家を亂さんと欲するを憂へ、浪華なにはいうするのあり。
不思議不思議とつのってみても、そのなかからは何も出て来ないのだ。実行だよ。不思議というのは実行の成績に待つべきものだ。こういっておれを言下に痛罵するかも知れない。
よくよく御癇癖ごかんぺきつのっているとみえるのです。それっきり、しとねを取ろうともせずに立ちはだかったまま、じりじりとしていられたが、意外なところへさらに大きな飛び雷が落ちました。
こうして麹町くんだりからわざわざ恋がたきをつれ出してきたお藤、御苦労にもおもてに立っていくら聞き耳を立てていても掴みあいはおろか、いっこうにいいつのるようすだに見えない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしだんだん云ひつのるうちに、お民は冷笑を浮べながら、「お前さん働くのが厭になつたら、死ぬより外はなえよ」と云つた。するとお住は日頃に似合はず、気違ひのやうにたけり出した。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)