藁屋わらや)” の例文
これに対して藁屋わらやすなわち藁葺わらぶきの家というのは、今やすでにどの府県に行っても、見られぬところはないというまでに広がっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
子供らは旗をこしらえて戦争の真似まねをした。けれどがいして田舎は平和で、夜はいつものごとく竹藪たけやぶの外に藁屋わらやあかりの光がもれた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
哀れに思ったが、ただ仮の世の相であるから宮も藁屋わらやも同じことという歌が思われて、われわれの住居すまいだって一所いっしょだとも思えた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
みちの両側しばらくのあいだ、人家じんかえては続いたが、いずれも寝静まって、しらけた藁屋わらやの中に、何家どこ何家どこも人の気勢けはいがせぬ。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「由」という藁屋わらやの息子から車夫になったという若者が、うちの長屋門の前へ、曳き寄せるのにひらりと乗って
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は今でも、その当時の光景ありさまを覚えている。遥か彼方に二本の杉の木が見えて、右手に藁屋わらやが見える……その向うの方から一人の白装束をした男が来た。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
窓の前には、雨を十分吸い込んだ黒土の畑に、青い野菜の柔かい葉や茎を伸ばしているのが見えたり、色の鮮かな木立ち際にくろずんだ藁屋わらやが見えたりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おまえは、この藁屋わらやの下で生れた。おまえのかない気性、屈しない魂は、この藁屋が育ててくれたものだ」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾戸の藁屋わらやが、まばらにちらばつてゐるばかり、岸に生えた松の樹の間には、灰色の漣漪さざなみをよせる湖の水面が、磨くのを忘れた鏡のやうに、さむざむと開けてゐる。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つえにすがりてよろよろと、本の藁屋わらやへかえりけり、百年ももとせうばと聞こえしは、小町が果ての名なりけり……
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「——藁屋わらやかんさんとこで面倒みてやってるらしいんだけど、唖者おしみたいにものを云わないし、お乳をやることもお襁褓むつを替えることも知らないらしいんですってよ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先代まではつましい藁屋わらやに住んでゐたんだ相で、今の主人の峰右衞門が、一代に身上を五層倍にも十層倍にもしたから、俺が一代に費つても不思議はあるまいと、意見を
あたしも先刻からその事ばかり考えているの。しかしまさかなみ這入はいらないでしょう。這入ったって、あの土手の松の近所にある怪しい藁屋わらやぐらいなものよ。持ってかれるのは。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこらの森陰のきたない藁屋わらやの障子の奥からは端唄はうたの三味線をさらっている音も聞こえた。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
伏見の城を外に見て大和街道を進んだが、その夜は玉水の旅館に一泊、いぶせき藁屋わらやの軒場も荒れた宿の風情ふぜいに昨日までの栄華を思い、終夜よもすがらうと/\といさよう月を枕にして
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見ると、それはこの近所に住んでいる馬秣屋まぐさやの亭主です。この時代には普通に飼葉屋かいばやとか藁屋わらやとか云っていましたが、その飼葉屋の亭主の直七、年は四十ぐらいの面白い男でした。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
海蔵かいぞうさんはやぶをうしろにしたちいさい藁屋わらやに、としとったおかあさんと二人ふたりきりでんでいました。二人ふたり百姓仕事ひゃくしょうしごとをし、ひまなときには海蔵かいぞうさんが、人力車じんりきしゃきにていたのであります。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
殊に私を驚喜させたのは、その水田にうすづくところの、藁屋わらやの蔭の水車であった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
赤き日に棕梠の木三本照り寂しそこの藁屋わらやにうつ鉦の音
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
こけら葺きに蠣殻をのせた屋根がふつうだったと出ているから、ところどころには、まだ小さな藁屋わらやだけはのこっていたのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みち兩側りやうがはしばらくのあひだ、人家じんかえてはつゞいたが、いづれも寢靜ねしづまつて、しらけた藁屋わらやなかに、何家どこ何家どこひと氣勢けはひがせぬ。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
家の前に一本の柳の木があって、子供の汚物よごれものを洗ったのが、その柳の木から壁板に繋がれた縄に掛けてあった。家は藁屋わらやで、店には割りかけた赤味の板がちらばっていた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
先代まではつましい藁屋わらやに住んでいたんだそうで、今の主人の峰右衛門が、一代に身上しんしょうを五層倍にも十層倍にもしたから、俺が一代に費っても不思議はあるまいと、意見を
そこからはそよ/\と風にさゞなみをうつてゐる広い青田が一と目に見わたされ、松原の藁屋わらやの上から、紺碧こんぺきの色をたゝへた静かな海が、地平線を淡青黄色うすあをぎいろの空との限界として
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
小さい流れに板橋の架かっている橋のたもとの右側に茶店風の藁屋わらやの前で俥は梶棒をおろした。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
号外の来るたびに、田舎町の軒には日章旗が立てられ、停車場には万歳が唱えられ、畠の中の藁屋わらやの付近からも、手製の小さい国旗を振って子供の戦争ごっこしているのが見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「かしこの藁屋わらやには、さる有験うげんの隠者が住居すまひ致いて居ると聞いた。まづあの屋根の上に下らうずる。」とあつて、「れぷろぼす」を小脇に抱いたまま、とある沙山すなやま陰のあばら家のむね
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
四、五日前、栃木とちぎあたりの峠で豪雨にあい、それから後、少しからだが気懶けだるい。風邪気かぜけなどというものは知らなかったが——なんとなくこよいは夜露がものいのである。藁屋わらやの下でもよい。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みちのゆくには、藁屋わらやちひさく、ゆる/\うねみちあらはれた背戸せどに、牡丹ぼたんゑたのが、あのときの、子爵夫人ししやくふじんのやうにはるかのぞいてえた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
藁屋わらやの、今迄、圃の繁りや、木の枝に隠れて見えなかったのが、急に圃も、森も、裸となって、灰色の家根やねが現われ、その家の前で物を乾したり、働いている人の姿などが見えた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
くすんで落付いた藁屋わらやが両側に並んでいる。村の真中の道に沿うて須雲川から下りた一筋の流れが走っている。覗くと水隈だけ見えて、水は眼にとまらぬ程きれいに底の玉石へ透き徹っていた。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三河島のとある家、——貧しく哀れな藁屋わらやの入口へ老爺は足を停めました。
藁屋わらやという言葉は、古くから我邦わがくににあった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
五六軒ごろくけん藁屋わらやならび、なかにも浅間あさま掛小屋かけこやのやうな小店こみせけて、あなから商売しやうばいをするやうにばあさんが一人ひとりそとかしてた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それからみちを折曲って、草生くさはえの空地を抜けて、まばら垣について廻って、停車場ステエション方角の、新開と云った場末らしい、青田も見えて藁屋わらやのある。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ばさりとふのが、ばさりとこえて、ばさりとつて、藁屋わらやひさしから、なはてへばさりとちたものがある、つゞいてまたひとつばさりとおやる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
はら/\とつて、うしろの藁屋わらやうめ五六羽ごろつぱ椿つばき四五羽しごは、ちよツちよツと、旅人たびびとめづらしさうに、くちばしをけて共音ともねにさへづつたのである。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひく藁屋わらや二三軒にさんげん煙出けむだしのくちかず、もなしに、やみから潜出もぐりだしたけもののやうにつくばつて、しんまへとほつたとき
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それに、藁屋わらやや垣根の多くが取払われたせいか、峠のすそが、ずらりと引いて、風にひだ打つ道の高低たかひく畝々うねうねと畝った処が、心覚えより早や目前めさきに近い。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな年していうことの、世帯じみたも暮向くらしむき、塩焼く煙も一列ひとつらに、おなじかすみ藁屋わらや同士と、女房は打微笑うちほほえ
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の居たなわてへ入って来たその二人は、紋着もんつきのと、セルのはかまで。……田畝の向うに一村ひとむら藁屋わらやが並んでいる、そこへ捷径ちかみちをする、……先乗さきのりとか云うんでしょう。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
近くに藁屋わらやも見えないのに、その山裾やますその草のみちから、ほかほかとして、女の子が——姉妹きょうだいらしい二人づれ。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
場末の湿地で、藁屋わらやわびしいところだから、塘堤一杯の月影も、破窓やれまどをさすまずしい台所の棚の明るいおもむきがある。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ともしびもやや、ちらちらと青田に透く。川下の其方そなたは、藁屋わらや続きに、海が映って空もあかるい。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うきましたばあさんが一人ひとり爐端ろばた留守るすをして、くらともしで、絲車いとぐるまをぶう/\と、藁屋わらやゆきが、ひらがなで音信おとづれたやうなむかしおもつて、いとつてると、納戸なんど障子しやうじやぶれから
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
日当ひあたりの背戸を横手に取って、次第まばら藁屋わらやがある、中に半農——このかたすなどって活計たつきとするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師——少しばかり商いもする——藁屋草履は
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
居まわりの、板屋、藁屋わらやの人たちが、大根も洗えば、菜も洗う。ねぎの枯葉を掻分かきわけて、洗濯などするのである。で、竹のかけひ山笹やまざさの根に掛けて、ながれの落口のほかに、小さな滝を仕掛けてある。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
の、いま、鎭守ちんじゆみやから——みちよこぎる、いはみづのせかるゝ、……おと溪河たにがはわかれおもはせる、ながれうへ小橋こばしわたると、次第しだい兩側りやうがはいへつゞく。——小屋こや藁屋わらや藁屋わらや茅屋かやや板廂いたびさし
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
トちょっとあらたまった容子ようすをして、うしろ見られるおもむきで、その二階家にかいやの前からみち一畝ひとうねり、ひく藁屋わらやの、屋根にも葉にも一面の、椿つばきの花のくれないの中へ入って、菜畠なばたけわずかあらわれ、苗代田なわしろだでまた絶えて
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのふもとまで見通しの、小橋こばし彼方かなたは、一面の蘆で、出揃でそろってや乱れかかった穂が、霧のように群立むらだって、藁屋わらやを包み森をおおうて、何物にも目をさえぎらせず、山々のかやすすき一連ひとつらなびいて、風はないが
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)