ひろ)” の例文
旧字:
そこで、いやしくも著作をするほどの人は、支那の書物も読めたであろうが、かの伝説のごときは誰が語り伝えて世にひろめたものか。
妖怪漫談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは越後の風習で宅の母なども毎年修繕してつかいました。亀の子ざるをふせて幾重ともなく真綿をひろげ、新しいのを上に被せます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
二つ三つ穴の明いた古薄縁ふるうすべりを前へひろげましたが、代物しろものならべるのを見合せ、葛籠に腰をかけて煙草を呑みながら空を眺めて居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、パリは決して一無名の青年作曲家を、大手をひろげて受け入れるほど寛大ではなく、その期待と希望はことごとに外れてしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼は自分の宏大こうだいな、広々と延びている庭園を見ながら、両手を高くひろげて、快い欠伸あくびをした。が、彼が拡げた両手を下した時だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はいつものようにたのに「ええこんなに、そう、何千株と躑躅つつじの植っているおやしきのようなところです」と、私は両手をひろげて
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「そんじゃ、めしでもって、一休みして、はじめるかの」と、一人は体を起して両手をさきさがりにうんとひろげながら背のびをした。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
だれもの知っている新味などは微塵みじんもないようなものの書き抜いてしまってあるのを、物思いのつのった時などには出してひろげていた。
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
氏の表面は一層沈潜ちんせんしましたが、底に光明こうみょうを宿してためか、氏の顔には年と共に温和な、平静な相がひろがる様に見うけられます。
でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑そばかすが出来ていて鼻のあなが大きくひろがり、揃ったことのない前褄まえづまからいつも膝頭ひざがしらが露出していた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
たまらなくなって、格二郎は木馬の上で両手をひろげると、万歳ばんざいを連呼した。ラッパ抜きの変妙な楽隊が、それにして鳴り響いた。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが特報は第一級であり、根深く、広範囲にひろまっていた。「幟もおっ立たない」ような息子に、嫁をろうという親はなかった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ジヤケツの上衣うはぎの長いのやの大きくひろがつたのなどは、昔長崎へ来た和蘭船オランダぶねの絵の女を見る様に古風であるだけ今日こんにちの目には田舎ゐなか臭い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
やまくづして、みねあましたさまに、むかし城趾しろあと天守てんしゆだけのこつたのが、つばさひろげて、わし中空なかぞらかけるか、とくもやぶつて胸毛むなげしろい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ただ私はこう注意しよう、もっと作るものの範囲をひろげて、卓上で日々使う器物、皿、茶碗、土瓶、鉢等々にも仕事を進める必要がある。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そう云う沈黙がひろがった中に、ただ往来のざわめきだけが、硝子ガラス戸をけ放した諸方の窓から、日の光と一しょにはいって来る。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お祓の帯、お祓の着物と云ふことは、呉服屋が来て一家の人々の前に着物をひろげます度に、私等姉妹きやうだいつてさゝやかれました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
会員の名札はなるほど外国流のつづりが多い。国沢君は大きな本をひろげて、余の姓名を書き込ました上、是公に君ここへと催促した。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌朝十時ごろに帳場へ出て行ってみると、そこに庸太郎がすでに起きていて、葉村氏の勤めている社の朝刊をひろげて読んでいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ばう谿間たにあひの崖に臨むで建てかけた新建しんたちで、崖の中程からによつきりときあがつて、欄干らんかんの前でぱつと両手をひろげたやうなかへでの古木がある。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
木田きだは、よろこんでたずねてきてくれたともだちをむかえました。みかんばこってきて、なかからいろいろのものをしてひろげました。
すいれんは咲いたが (新字新仮名) / 小川未明(著)
ここでは月は、まるで大地のようにはてしなくひろがり、そして地球は、ふりかえると遥かの暗黒あんこくの空に、橙色だいだいいろに美しく輝いているのであった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
別にバターの時のようなメリケン粉と玉子と塩と水とで饂飩うどん位な固さの物をねてこれは厚さ三分位に大きく四方へひろげてしておきます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
左の方には入口の掘立柱ほったてばしらから奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々むしろひろげてあった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして彼等かれらは、その立派りっぱつばさひろげて、このさむくにからもっとあたたかくにへとうみわたってんでときは、みんな不思議ふしぎこえくのでした。
貞奴、貞奴、その名は日本でより海外に高くひろまった。名実めいじつは川上一座でも、彼の一座でなく彼女の一座として歓迎された。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
目には見えぬが、それとさとられる疑心の渦はひたひたとひろがって行った。高倉利吉の自決は云い換れば飢餓の宣言であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
刷毛はけいたようなゆみなりになったひろはま……のたりのたりとおともなく岸辺きしべせる真青まっさおうみみず……薄絹うすぎぬひろげたような
病人は女の髪の上に、祝福をするように、手をひろげて載せて、小声で、「お前のこれまでの親切は難有ありがたかったよ」と云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
太郎右衛門が子供を拾ったといううわさが村中一杯にひろがりました。夕方になると村の神さんたちや子供たちがぞろぞろそろって捨児すてごを見に来ました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
それから半月あまりを過ぎて、はすの巻葉もすっかりひろがった五月の十六日、谷中の別園に再び林氏の詩筵しえんが開かれた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たちまち彼のからだはこわばり、脚を左右にひろげ、ちょうど、銃砲店の広告絵みたいになる。——「生かさぬ一発、狂わぬ一発」
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
自己の魂をまたたきせざる眼をもって凝視し得た人の前には、一切のものが光と色との美しい交錯においてひろげられる。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
『だが、どうしても知合いにならなくちゃ』と、わたしは、ネスクーチヌィ公園の前にひろがっている砂原を、めちゃめちゃに歩き回りながら考えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
同時に、秀吉方の旗幟きしにたいし、理由なく野望の乱をかもす天下の賊——という悪印象を一般に植えつけようとする策謀がすでにひろく行われていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも時刻の移るにしたがッて枝雲は出来る、砲車雲もとぐもひろがる、今にも一大颶風ぐふうが吹起りそうに見える。気が気で無い……
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
急に厳粛げんしゅくに変わった如来の目が悟空をキッと見据みすえたまま、たちまち天をも隠すかと思われるほどの大きさにひろがって、悟空の上にのしかかってきた。
彼らは鳥御前の近づくを見て、手をひろげて押し戻すようなる手つきをなし制止したれども、それにもかまわず行きたるに女は男の胸にすがるようにしたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
八つ手などがほんの申訣もうしわけのように植わっている三坪ばかりの小庭には、縁先きから雪の下がいちめんにひろがって、それがものの見事に咲いていた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
噂というものは、こちらで、もみ消そうとするとかえってひろがり、こちらから逆に大いにあおいでやると興覚めして自然と消えてしまうものでございます。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
わがはちやうど蝗虫いなごのやうだ、こゝよ、かしこよと跳回はねまはる、うなつてあるく、また或時あるとき色入いろいりはねひろげて、ちひさなくびきとほつて、からところをみせもする。
連年の養蚕やうさんの失敗を恢復くわいふくしようと、非常に手をひろげてつた蚕が、気候の具合で、すつかりはづれて、一時に田地の半分ほども人手に渡して了ふといふ始末。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
単身の場合はまだよいが、同じ自己でも、妻とひろがり子と拡がった場合には、いよいよそれが心苦しくなる。
また四角なへんやわらかな白いものが、だんだんひろがっておそろしい大きなはこになったりするのでございました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
うたってしまうと、とりはねひろげて、みぎあしには、くさりち、ひだりつめには、くつち、くびのまわりには、石臼いしうすをはめて、おとうさんのうちほうんできました。
彼女の投げ出した靴の先の所には岩桔梗いわぎきょうが可憐に震えていた。案内者は大きなめんつをひろげて、柘楠しゃくなげの枝で作った太いはしで今朝から第何回目かの食事を初めた。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
悲壮な、痛々しい、骨の鳴るような人生が、一本の枯木を通して、蕭条たる自然の背後にひろがって行く。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
人間が両腕をひろげた時にこそ隔りの大なるを知るが、合掌がっしょうしたり両手の指を組む時は極端が相合う。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いつかまた止んだ雨のしッとりあかるい深川の……辰巳の空があくまでしずかにひろがっていました。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
しかり、それよりも小なる国で足ります。そとひろがらんとするよりはうちを開発すべきであります。