微塵みぢん)” の例文
綺麗さは二人におとらなかつたでせうが、これは働き者で親孝行で、お今、お三輪のやうに、浮いた噂などは微塵みぢんもなかつたのです。
ドクトルは其後そのあとにらめてゐたが、匆卒ゆきなりブローミウム加里カリびんるよりはやく、發矢はつしばか其處そこなげつける、びん微塵みぢん粉碎ふんさいしてしまふ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
流石に一寸意外に驚きはしたものの、それが為にお信さんを卑しむとかさげすむといふやうな心は、微塵みぢんも起りはしなかつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
らずひきしかばなどたまるべき微塵みぢんになりてうらみをのこしぬぢやうさま御覽ごらんじつけてどくがりたまこのそこねたるは我身わがみらせよかはりにはあたらしきのを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
山岡氏の考へに微塵みぢんも違つた所はない——何故といつて、頭の半分で米の値段を考へ、あとの半分で性慾の事を考へるのが一番進歩した人生観だから。
「いや、なんともなんとも。今日こんにち閣下かくか昇天しようてん御勢おんいきほひにはわたくしどもまるで微塵みぢん有樣ありさまでございましたな。」
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
飛びつくといつたやうな可憐いぢらしさは微塵みぢんもなかつたが、決して卑屈ではなかつたし、柔順では尚更なかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
いや蒼空あをそらしたときには、なんのこともわすれて、くだけろ、微塵みぢんになれとよこなぐりにからだ山路やまぢ打倒うちたふした。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いからしコレ小僧和主てまへ何處どこの者かは知ねど大藤の娘お光さんに癲癇が有るるとは何の謔言たはごとあのお光さんは容貌きりやうく親孝心でやさしくて癲癇所ろか病氣は微塵みぢんいさゝかない人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
眼の前の湯の中に動いてゐる微塵みぢんに似た湯垢の一つ/\にはかすかに虹の樣な日光の影が宿り
御互おたがひ御互おたがひきるの、物足ものたりなくなるのといふこゝろ微塵みぢんおこらなかつたけれども、御互おたがひあたまれる生活せいくわつ内容ないようには、刺戟しげきとぼしい或物あるものひそんでゐるやうにぶうつたへがあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
空の鋼は奇麗にぬぐはれ気圏のふち青黝あをくろぐろと澄みわたり一つの微塵みぢんも置いてない。
柳沢 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ながむれば一せき海賊船かいぞくせん轟然ごうぜんたるひゞき諸共もろともに、船底せんてい微塵みぢんくだけ、潮煙てうゑんんで千尋ちひろ波底はていしづつた、つゞいておこ大紛擾だいふんじやう一艘いつそう船尾せんび逆立さかだ船頭せんとうしづんで、惡魔印あくまじるし海賊旗かいぞくきは、二度にど三度さんど
ここには勿論、今彼の心に影を落した悠久なものの姿は、微塵みぢんもない。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たまひ、なんちこれもつ桃奴もゝめ腰骨こしぼね微塵みぢんくたけよとありければ
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
まさやけく夏の微塵みぢんの澄むところみ空は青し眼の極み見ゆ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
微塵みぢんもまたたまの如く光りながら波打ち
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ドツと幕の後ろに殺到した五六人、相手が何んであらうと、微塵みぢんに掴み潰しさうな意氣込みでしたが、——其處にはもう曲者くせものの姿もなかつたのです。
よきぞと竊に目配めくばせすれば赤川大膳藤井左京つゝと寄て次助佐助が後に立寄たちより突落つきおとせばあはれや兩人はすうぢやう谷底たにそこ眞逆樣まつさかさまに落入て微塵みぢんに碎けて死失たりまた常樂院は五人の者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
聞けば病中の有樣の亂暴狼藉、あばれ次第にあばれ、狂ひ放題くるひて、今も額に殘るおそよが向ふ疵は、我が投げつけし湯呑の痕と説明とかれて、微塵みぢん立腹氣もなき笑顏氣の毒に
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
が、頂上ちやうじやうからとんには、二人ふたりとも五躰ごたい微塵みじんだ。五躰ごたい微塵みぢんぢや、かほられん、なんにもらない。うすりや、なにすくふんだか、すくはれるんだか、……なにふんだか、はゝはゝ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あらゆる防水ぼうすい方便てだてつくされたが、微塵みぢん打碎うちくだかれたる屹水下きつすいかからは海潮かいてうたきごとほとばしりつて、その近傍きんぼうにはこと出來できない。十だい喞筒ポンプは、全力ぜんりよくみづ吐出はきだしてるがなん效能こうのうもない。
うち沈む黒き微塵みぢんの照りにしてしよは果しなしきん向日葵ひまはり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
銀の微塵みぢんのちらばるそらへ
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
突つかひ棒は苦もなく取れて、百貫近い石の蓋が落ちると、間に挾んだ木の小箱は、微塵みぢんくだかれてしまつたのです。
をりふしのにはあるきに微塵みぢんきずなきうつくしさをみとめ、れならぬ召使めしつかひにやさしきことばをかけたまふにてもなさけふかきほどられぬ、最初はじめ想像さう/″\には子細しさいらしく珠數じゆすなどを振袖ふりそでなかきかくし
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ものかずにもらぬ海獸かいじうなれど、あれを敵國てきこく艦隊かんたいたとふれば如何いかにと、電光艇でんくわうてい矢庭やにわ三尖衝角さんせんしようかく運轉うんてんして、疾風しつぷう電雷でんらいごと突進とつしんすれば、あはれ、うみわうなる巨鯨きよげい五頭ごとう七頭しちとう微塵みぢんとなつて
まつぶさにしみみに見れば星雲ほしぐも微塵みぢんの光渦巻きにけり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
搖上ゆりあ搖下ゆりおろされ今にも逆卷さかまくなみに引れ那落ならくしづまん計りなれば八かんねつ地獄ぢごくの樣もかくやとばかりおそろしなんどもおろかなり看々みる/\山の如き大浪おほなみは天神丸の胴腹どうはらへ打付たればあはれやさしも堅固けんごしつらへし天神丸も忽地たちまち巖石がんせきに打付られ微塵みぢんなつくだけ失たり氣早きばやき吉兵衞は此時早くも身構みがまへして所持の品は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
岡つ引として異常な事件に臨む緊張といふよりは、女の兒が、美しい人形を取落して、微塵みぢんに碎いた時の心持です。
孟甞君今の世にあらばいざ知らず、癖づきし心は組糸をときたる如く、はても無くこぢれて微塵みぢん愛敬のなきに、仕業も拙なりや某博士誰れ院長の玄關先に熱心あふるゝ辨舌さはやかならず
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
宵空の微塵みぢんの光おぎろなし人は牛曳き家路をたどる
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
煙管きせるなんかくはへて覗く奴があるか。そいつは煙硝えんせうだよ。——火が移つて見ろ、お前も俺達も木ツ端微塵みぢんだぞ」
ことばはすがものうくて、病氣びやうきなどゝありもせぬいつはりはなにゆゑにひけん、そらおそろしさにうちふるへて、はらたちしならば雪三せつざうゆるしてよ、へだつるこゝろ微塵みぢんもなけれど、しゆう家來けらいむかしはもあれ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その前に坐つた鈴川主水は、膝に手を置いて、地頭ぢがしらでも勤めるやうに、謹しみ愼しんで差控へます。もう先刻さつきまでの、高ぶつた氣色などは微塵みぢんもありません。
後生願ひの投資に一生懸命で、人に彼れこれ言はれるやうなサモしい行ひなどは微塵みぢんもなかつたのです。
「格子と雨戸を微塵みぢんに叩き碎いて、石は寢てゐる隱居の上へ落ちる筈でしたが、運の良いことに」
「主人は微塵みぢん流の達人だつたといふから、まさか竹光で突かれて死ぬやうなことはあるまい」
庵室がそのまゝ九天に吹き上げられるやうな恐ろしい轟音ぐわうおんと爆風です。同時に四方の雨戸も壁も微塵みぢんに碎けて、大火焔だいくわえんの洪水が十八尺四方の庵室を包んでドツと吹き入るのです。
「ざまア見あがれ、明日は龍の口の評定所へ駈け込み訴へだ。一萬二千石は三月經たないうちに微塵みぢんさ。それが嫌なら、娘をお屋敷へ呼返した上、下手人に繩付けて來い」
町人もそれに信頼する氣は微塵みぢんもありませんから、これ程の事件を、何處へ屆け出るでもなく、八十何人の奉公人や、一家身内の者が寄つてたかつて、唯もうワイワイと騷ぐばかりです。
お勢の妖艶な顏も、さすがに蒼く引緊つて、日頃の寛濶さは微塵みぢんもありません。
少し脹れつぽい顏には、微塵みぢんも又六の柔和なおもかげが殘つては居りません。
この若くて艱難をした新領主にたてを突く心は微塵みぢんもなくなつて居たのです。
「私が見たところでは、この娘の顏には、そんな惡氣が微塵みぢんもない——」
眞つ向微塵みぢんの素つ破拔きで、暫らくは辯解の言葉も見當らない樣子です。
天にちうする火焔の中に、高田御殿は微塵みぢんくづれ落ちてしまひました。
八百屋お七の生れ變りと言つたのは錢形平次の作で、本人はそんな暗い蔭などの微塵みぢんもない、明けつ放しで、無邪氣で、誰にでも好感を持つて居さうな、世にもすぐれた生ひ立ちらしく見えるのです。