むらが)” の例文
夜はけた。彼女は椎のこずえの上に、むらがった笹葉ささばの上に、そうして、しずかな暗闇に垂れ下った藤蔓ふじづる隙々すきずきに、亡き卑狗ひこ大兄おおえの姿を見た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ふだんから梟娘の名ばかりを聞いてゐる町の人たちは一種の好奇心に駆られて、その正体を見とゞけようとしてむらがつて来たのであつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
あのテントの外には沢山の見物人がむらがっていました。テントの中には警官や興行者側の人達が四方から犯人を取り巻いていました。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ある時は天をこがほのおの中に無数の悪魔がむらがりて我家を焼いて居る処を夢見て居る。ある時は万感一時に胸にふさがって涙はふちを為して居る。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
石畳いしだたみ穿下ほりおろした合目あわせめには、このあたりに産する何とかいうかに甲良こうらが黄色で、足の赤い、小さなのがかずかぎりなくむらがって動いて居る。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
林間に散つてゐる黄葉と、林梢りんせうむらがつてゐる乱鴉らんあと、——画面のどこを眺めても、うそ寒い秋の気が動いてゐない所はない。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
高柳利三郎と町会議員の一人が本町の往来で出逢であつた時は、盛んに斯雪を片付ける最中で、雪掻ゆきかきを手にした男女をとこをんな其処此処そここゝむらがり集つて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
南国の朝鮮だという感が深い。長い土橋を渡ると道は丘に上る。古びた孔子廟こうしびょうを中心にして村の家々は斜面にむらがる。この村で見た書堂は忘れ難い。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
後くだりつゝむらがる小犬の己が力をかへりみずして吠え猛るを見ていやしとし、その顏を曲げて彼等をはなる 四六—四八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
日本では海水浴場の岩角にこの烏貝がむらがっていて、うっかり踏付ふんづけて足の裏を切らないよう用心しなければならない。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それをば土手にむらがる水鳥が幾羽となく飛入っては絶えず、羽ばたきの水沫しぶきうごかし砕く。岸に沿うて電車がまがった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼等はむらがる自動車のなみを避けて、濠端ほりばたの暗い並木道に肩を並べた。妙に犯すことの出来ない沈黙が二人を占めてゐた。明子が先にそれを破つて青年に言つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
若く美しき女子も二人ふたり三人みたり見えたるが、その周匝めぐりには少年紳士むらがり立ちて、何事をか語るさまなりき。
鈴生すずなりにむらがって、波頭のせり上るように、噴水のたぎるように、おどっているところは、一個大湊合だいそうごうの自然の花束とも見られよう、その花盛りの中に、どうかすると
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
右の死骸を藁小屋へ突込つっこみまして、それから有合ありあわした着替の衣類に百五六十両の金を引出して、逃げる支度をしているうちに、門前には百姓が一杯黒山のようにむらがり寄り
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
蜻蛉とんぼが何百万という程むらがって飛んでいた。私はこんなに沢山いるのを見たことがない。彼等は顔につき当り、帽子や衣服にとまり、実にうるさいことこの上なしであった。
乾燥地かんそうちすなはち岩地いはち砂地すなじ水分すいぶんすくないところでは、植物しよくぶつ澤山たくさんむらがつてえることが出來できなくてそここゝと岩石地がんせきちをおろし、かぜつよいのでにへばりついてをり
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「何しろ一流会社中の一流で、秀才が雲とむらがっていますから、娘を持つ親は何うしてもこゝへ目をつけますよ。前途有望な婿を見つけてやりたいというのが人情でしょう?」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
以来は三度の食事も省略しょうりゃくするほどに時をおしみ、夜も眠らず、眠気ねむけがさせば眼に薄荷はっかまでさして、試験の準備に余念ない三千ちかくの青年が、第一高等学校の試験場にむらがり来たり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
格子こうしそとには公衆こうしゆう次第しだいむらがつてる。アンドレイ、エヒミチは、ミハイル、アウエリヤヌヰチの公務こうむ邪魔じやまるのをおそれて、はなし其丈それだけにして立上たちあがり、かれわかれて郵便局いうびんきよくた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
実際は雨天体操場などという新しい名前はなくて、私たちはたまりと呼んでいた。十分の休み時間には、この溜り一杯胡麻ごまを散らしたように、児童たちが真黒まっくろむらがって走りまわっていた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
すでに水平線上すゐへいせんじやうたかのぼつた太陽たいよう燦爛さんらんたるひかりみづおとして金波きんぱ洋々やう/\たるうみおもには白帆はくはんかげてんてんそのあひだ海鴎かいおう長閑のどかむらがんで有樣ありさまなどは自然しぜんこゝろさはやかになるほど
そしてぼんやりしてゐた頭の中には急に種々な考へが雲のやうにむらがり出て来る。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
東京の街角には、たった一日の間に、千本針ぼんばりの腹巻を通行の女人達にょにんたちに求める出征兵士の家族がむらがりでて、街の形を、変えてしまった。だが其の腹巻の多くは、間に合わなかったのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うまんとてさけつれむらがるを漁師れふしのことばにほりにつくざれにつくともいふ。(沙をほるにさま/″\のかたちをなすゆゑ、ざれことのざれならん)女魚めな男魚をなともに尾をもて水中すゐちゆうすなる。
榎の高いこずえにはひよどりむらがって来た。銀杏のてっぺんで百舌もず高啼たかなく日もあった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
端山はやまの広いむらがりのさきは、白い砂の光る河原だ。目の下遠く続いた輝く大佩帯おほおびは、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に拡つて見えるのは、凡河内おほしかふちの邑のあたりであらう。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
おつぎはひくのきしたを一したら、北風きたかぜつてたといふやうに、みだれたかみまくつて、大粒おほつぶゆきあらそつて首筋くびすぢむらがおち瞬間しゆんかんえた。さうしてまた衣物きものうへかるやはらかにとまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ゝゝゝ瓜にむらがるゝゝゝゝ 啓生
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
石疊いしだたみ穿下ほりおろした合目あはせめには、のあたりにさんするなんとかいふかに甲良かふら黄色きいろで、あしあかい、ちひさなのが數限かずかぎりなくむらがつてうごいてる。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は眼前に犬とたわむれている、十六人の女たちを見るが早いか、頭椎かぶつちの太刀を引き抜きながら、この女たちのむらがった中へ、我を忘れて突進した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
附近の道路には数万の男女の学生が会議の結果を待ってむらがっていた。議題は学生団の提出した外人に対する罷市ひし敢行の決議にちがいないのだ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
特に歓楽の激しい地域を指示するように所々にむらがるネオンサインが光のなかへ更に強い光の輪郭りんかくを重ねている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ニーロのほとり冬籠ふゆごもる鳥、空にむらがつどひて後、なほも速かに飛ばんためつらなり行くことあるごとく 六四—六六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
丑松がすこしあをざめた顔をして、下宿の軒を潜つて入つた時は、未だ人々が長い廊下にむらがつて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こゝではいろんなものがび/\とむらがつてしげり、うつくしいさま/″\なはなほこります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
格子こうしそとには公衆こうしゅう次第しだいむらがってる。アンドレイ、エヒミチは、ミハイル、アウエリヤヌイチの公務こうむ邪魔じゃまをするのをおそれて、はなしはそれだけにして立上たちあがり、かれわかれて郵便局ゆうびんきょくた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
雨のしとしとと降る晩など、ふけるにつれて、ちょいとちょいとの声も途絶えがちになると、家の内外うちそとむらがり鳴く蚊の声が耳立って、いかにも場末の裏町らしいわびしさが感じられて来る。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
金の如き水楊のわくら葉を振り乱して、かもが幾十羽となく、むらがって魚を喰べに来るというほどの、静かな谷になって、青々とした森林は、肥沃な新火山岩の分解した土が、その根をつちかっている
日本山岳景の特色 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あまりのおそろしさに、かの柱頭にひたと抱きつきて、聖母の御名をとなふれども、物騷がしさは未だ止まず。この怪しき物共のむらがりたる間にも、幸なるかな、大なる十字架のきつとして立てるあり。
すると二、三百人の連中は一かたまりになっていないで、二十人ないし五十人ぐらいずつ別々にむらがっている。いずれも先の地理学新説の鼓吹者こすいしゃと同じように、談話的にたがいの説を交換し合っている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
黒けぶりむらがりたたせ手もすまに吹鑠ふきとろかせばなだれおつるかね
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
実に多くの女たちが彼の周囲にはむらがつてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
「馬ばかりむらがっている県でしょう」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
曇ると見るに、むらがりかさなる黒雲くろくもは、さながらすそのなき滝の虚空こくうみなぎるかとあやしまれ、暗雲あんうんたちまち陰惨として、灰に血をぜた雨が飛んだ。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それでも時たまその松が、鹿しかでも水を飲みに来るせいか、まばらいている所には不気味なほど赤い大茸おおたけが、薄暗い中に簇々そうそうむらがっている朽木も見えた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その時、頂上の窪地の傍でむらがった一団の兵士たちが、血に染った訶和郎と卑弥呼を包んで喧騒した。二人を見られぬ人たちは、遠く人垣の外で口々にいい合った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
四番の上りは二十分も後れたので、それを待つ旅客は『プラットホオム』の上にむらがつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
折からの日曜で、海岸へ一日がえりが、むらがかかいきおいだから、汽車の中は、さながら野天のでんの蒸風呂へ、衣服きものを着てつかったようなありさまで。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その「ろおれんぞ」が、乞食の姿のまま、むらがる人々の前に立つて、目もはなたず燃えさかる家を眺めて居る。と思うたのは、まことにまたたく間もない程ぢや。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)