つめ)” の例文
「困つた事を言ふのネ、あ、さう/\かに……、蟹を食べた事があつて? あの赤アいつめのある、そうれ横に、ちよこ/\とふ……」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
砂馬は足のあかをよって、黒い玉にすると、そいつをつまんで、つめのさきでぽんと庭にはじいた。空いた右手では「朝日」をすいながら
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
さいわいに、くまのつめにはかからなかったが、たった一つののがれ道であるまどぐちを、くまのために占領せんりょうされてしまったのである。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
「死んでから組ませては、斯うつめが喰ひ入るほど固くはなるまい。——生きてるうちに、覺悟の掌を合せて首を切られたのだらう」
つめは地面をひっかきしっぽはみじかくふとくなり、耳はつったち、口からはあわをふき、目は大きくひらいて、ほのおのようにかがやきました。
ふと首を上げた悟浄は、咄嗟とっさに、危険なものを感じて身を引いた。妖怪の刃のような鋭いつめが、恐ろしい速さで悟浄の咽喉をかすめた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
けつして安泰あんたいではない。まさつめぎ、しぼり、にくむしほねけづるやうな大苦艱だいくかんけてる、さかさまられてる。…………………
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もっともすこし失敗しっぱいしたところもあって、うまくえうせてはしまわなかったがね。うまくいかなかったところは、ひとみとつめだ。
今ジャヴェルが一種傲然ごうぜんたる信任を彼に置いているとしても、それはおのれのつめの長さだけの自由をねずみに与えるねこの信任であるし
かれ色々いろ/\事情じじやう綜合そうがふしてかんがへたうへ、まあ大丈夫だいぢやうぶだらうとはらなかめた。さうしてつめさきかる鐵瓶てつびんふちたゝいた。其時そのとき座敷ざしき
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
猛狒ゴリラるいこのあな周圍しうゐきばならし、つめみがいてるのだから、一寸ちよつとでも鐵檻車てつおりくるまそとたら最後さいごたゞちに無殘むざんげてしまうのだ。
その日も蟹は前の日に登った樹に、その長いつめをたてて登りました。枝から枝をたぐって実をさがしますが、どうもよい実がありません。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
こうしてらくになるとつめののびたのが気になりだした。△△さんにとってはもらったものの普通のとりかたではとったような気がしない。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
百姓は、そっと黒いつめをしたどろまみれのふとゆびをのばして、まだひくひくひっつれているわたしのくちびるにかるくさわりました。
そして木部の全身全霊をつめさきおもいの果てまで自分のものにしなければ、死んでも死ねない様子が見えたので、母もとうとうを折った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私の頭の上から、そのムカムカする蓮池はすいけが逆さまになって降って来たのだ。私の横腹は、銃剣のような蠅のつめでプスリと刺しとおされた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「そうよ。おまけにこいつァ、ただのおんなつめじゃァねえぜ。当時とうじ江戸えどで、一といって二とくだらねえといわれてる、笠森かさもりおせんのつめなんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それによだかには、するどいつめもするどいくちばしもありませんでしたから、どんなに弱い鳥でも、よだかをこわがるはずはなかったのです。
よだかの星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
終日霏々ひひとして降り続いている春雨の中で、女の白いつめのように、ほのかに濡れて光っている磯辺の小貝が、悩ましくも印象強く感じられる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ジュピターがまた口籠をかけようとすると、犬ははげしく抵抗し、穴のなかへ跳びこんで、狂ったようにつめで土をひっかいた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
うたってしまうと、とりはまたんできました。みぎあしにはくさりち、ひだりつめくつって、水車小舎すいしゃごやほうんできました。
天井では、ひょうつめが、勇敢な道具方の若者を傷つけていた。その傷口から吹き出す血潮ちしおが赤い雨となって、雪紙を染めたのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
蛇味線じゃみせんの音楽がさかんで、楽器作りにも技を示しますが、それに用いるつめの形は、見とれるほど立派なものであります。牛角や象牙ぞうげで作ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
天狗てんぐつめからのびあがって、こう答えた神官は、すなわち菊村宮内きくむらくないである。松の枝に手をささえて、波うちぎわを見おろした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして彼の指にみ着いたり、つめで引っいたり、よだれを垂らしたりしたが、それは彼女が興奮した時のしぐさなのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
太陽が沈んで、私たちが涼みに出る時分になると、彼女らは、昏睡こんすい状態のまま一方のつめの先でぶら下がっていた古いはりからがれ落ちて来る。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
また、一つは文字の書かれたるものにて、同じく空の室におきまして、同じく風呂敷を掛け、つめにてはじけば文字が出る。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「センイチだつて……あゝ、二本の角、手のつめ、足のひづめ、それからしつぽ……。悪魔だ、お前は悪魔だ。出て行け。」
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
この満場つめも立たない聴衆の前で椿岳は厳乎しかつべらしくピヤノの椅子いすに腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤けんばんたたいてポンポン鳴らした。
五郎さんは温和おとなしい性分であった。背丈は五尺一寸くらい、せていて顔は蒼白あおじろく、いつも手指のつめをかじる癖があった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ことに死者の胸に組合せた手の指のつめまで綺麗に磨かれてあったという事が、舞台で化粧をこそすれ、何事にも追われがちの不如意の連中には
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
くびったり、つめを切ったり、細かい面倒を見てくれる若い葉子のやわらかい手触りは、ただそれだけですっかり彼女を幸福にしたものだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は流行しない作家だから単行本は二冊ぐらいしか出しておらず、だから新聞雑誌の彼の作品をきりぬいてつめたミカン箱は彼の大切なつめの跡だ。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
なぞと誠におとなしい夫故それゆゑされるうれひはございません、けれどものきしたにはギツシリつめも立たんほど立つてります。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
わしはまた、何ぞに追いかけられてでも来たのかと思って、無益なことにつめの先までわなないた。このような晩にはあんまり人を驚かさぬものだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
遂に望みを達し得ざるのみならず、舎弟は四肢しし凍傷とうしょうかかり、つめみな剥落はくらくして久しくこれに悩み、ち大学の通学に、車にりたるほどなりしという。
すみの方で、立膝たてひざをして、拇指おやゆびつめをかみながら、上眼をつかって、皆の云うのを聞いていた男が、その時、うん、うんと頭をふって、うなずいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しか熊手くまでつめすみやかに木陰こかげつちあとつける運動うんどうさへ一は一みじかきざんでやうふゆ季節きせつあまりにつめたく彼等かれらこゝろめてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「見よ、大兄、なんじの勾玉は玄猪いのこつめのようにけがれている。」と、卑弥呼はいって、大兄の勾玉を彼の方へ差し示した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
みんながきばをむきつめを立ててかみ合いかき合いしているので、ウイリイたちはそこをとおることができませんでした。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
またある日の午後、たらいの金魚をたった一人でそっとのぞいて居た氏。ひっそりと独りの部屋でつめを切って居た氏。黙って壁に向ってひざを抱いて居た氏。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
比隣となりのワラキア人はやはり翼とときつめあり、焔と疫気を吐く動物としおる由を言い、くだんドラコンてふ巨人に係る昔話を載す。
ひなは七月に行った時はまだ黄色い綿で作ったおもちゃのような格好で、羽根などもほんの琴のつめぐらいの大きさの、言わば形ばかりのものであった。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ふと見ると、自分のいるすぐ右手の壁の上に、つめで書いたらしい「願放免」「五月二十三日」という字が読まれた。彼は心持ちが急に暗くなって来た。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
ところが、海底は珊瑚質の岩で、錨のつめがすべって船はとまらない。錨をがりがり引きずって、船は潮に流される。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
師のつめじるしは一か所もつける必要のないのを見て、人々は若君に学問をする天分の豊かに備わっていることを喜んだ。伯父の大将はまして感動して
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
サン うんにゃ、如何どうやがらうとかまふものかえ。おれゆびつめんでくれう、それでだまってゐりゃはぢさらしぢゃ。
彼は、琵琶師びわしが琵琶を弾ずるときのように、長剣を、きっさきを上に、膝のうえに斜めにかまえて、声を合わせて、左手のつめ刀刃とうじんをはじくのである。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つめや頭髪にきたなあかめておいて、何が化粧でしょう? 紅、白粉や、香水などは、ほんのつけたりでよいのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
よく見ると、近所の動物園のおりの中にゐるとらさんが、つめをとんがらかして、お鼻の先にくひついてゐました。お猫さんは、びつくりして目がさめました。
お鼻をかじられたお猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)