おも)” の例文
昼間の程はつとめてこもりゐしかの両個ふたりの、夜に入りて後打連うちつれて入浴せるを伺ひ知りし貫一は、例のますます人目をさくるならんよとおもへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「呆れた野郎だ、——お靜、大福餅を出してやつてしまひな。そいつは見込まれたものだ、他の者が喰ふと、八五郎のおもひで中毒する」
かくのごとき練習が日に三度ずつあるがため、講釈も何もしないでこの民をおもう心が養われ、遺伝的にズッと続いて来るかと思う。
教育家の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私はまた変な不安のおもいをいだきながら、あまり執拗しつように留めるのも大人げないことだと思って女のいうがままにさしておいた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
寛永二十年の晩秋、彼が、岩殿山の一洞にこもって書いた「五輪書ごりんのしょ」は、武蔵としても、畢生ひっせいおもいをうちこんで筆を執ったものにちがいない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この歌の次に、「わが屋戸やど夕影草ゆふかげぐさの白露の消ぬがにもとなおもほゆるかも」(巻四・五九四)というのもあり、極めて流暢りゅうちょうに歌いあげている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
……松茸御所柿は心のまゝに喰ひちらし、今はおもひの殘るものなしと、暮秋二十八日より三十二日目に武江深川に至り候。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
『さう、眞箇ほんとうに!』おそれて尻尾しツぽさきまでもふるへてゐたねずみさけびました。』わたし斯麽こんなことはなしたが最期さいごわたしの一家族かぞくのこらずねこ仇敵かたきおもふ。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
『中阿含経』十六に大猪おおぶた五百猪に王たり嶮難道を行くうち虎に逢う、虎と闘わば必定ひつじょう殺されん闘わねば子分輩に笑われんいかにすべきとおもうて
と云って、もう一つ、ほんとうに前のよりはずっと長いのを授けてくれたが、それは「われおもふ所の人あり」と云う「夜雨」の詩であった。———
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まことにありがたいことでこののちとてもチベット旅行中いろいろの困難が起りましたが常に釈迦牟尼仏しゃかむにぶつおもうてその困難を忍んだことであります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それらがどんなに昨夜震えながら恐怖のおもいに充たされたことかと、幾分の恥かしさを感じた。本当にはずかしい事だ。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「わたくしは柏軒先生随行者の問題が起つた時、是非共志村玄叔を遣らうとおもつた。それは先生一身の安危に繋る事情よりおもひ到つたのである。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
連城は起きてから、いつも賓娘のことをおもって、使をやって探らそうとしたが、道が遠いのでいくことができなかった。ある日、家の者が入って来て
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
遜志斎は吟じて曰く、聖にして有り西山のうえと。孝孺又其の瀠陽えいようぎるの詩の中の句に吟じて曰く、之にって首陽しゅようおもう、西顧せいこすれば清風せいふう生ずと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
伏しておもう、某、しつを喪って鰥居かんきょし、門に倚って独り立ち、しきに在るの戒を犯し、多欲の求を動かし、孫生が両頭の蛇を見て決断せるにならうことあたわず
牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
虹の松原にちなんで名を虹汀こうていと改め、八景を選んで筆紙をべ、自ら版に起してあまねく江湖こうこわかたん事をおもへり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それでもあの哀しさうな表情かほつきを見ると、雀たちの腹におもつてゐることくらゐは、ほぼわかるやうな気がする。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
などとこの頃では浜路も仁右衛門も、危惧のおもいに捉われるようになった。そこへゆくりなく薬草道人の、薬剤車のわだちの音が、昨夜聞こえて来たのであった。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すべての人が去って、はじめて二人だけになったとき、老母はそっと由紀の手を取って「ありがとうよ」と云った。どのようなおもいをこめたひと言だったろう。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
親が早くなくなったので親よりの制裁もなく、自分のおもうままに好きな植物研究に入って行ったのです。
成る可く労力を節約して成るべく多く成功するの工夫をめぐらすべし。さりとて相場師に為れと言ふには非ず。ただし人事なべて多少投機の性質を帯ぶるものとおもふべし。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
第一「職務を執るに当りては常に人権の重んずべきことをおもい、その非違を匡正するは安寧秩序を維持するため已むを得ざるに出ずるものなることを忘るべからざること」
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
いにしへの神の時より逢ひけらし今の心もつねおもほえず(常不所念。常わすられず) (巻十三)
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いとしの血に渇きたる Pasiphaéパヂファエ は、命あらばさぞと覚ゆる壮漢ますらおが、刺されて流す血にひて、情慾と恐怖の身ぶるひに、快楽と敬神のおもひを合せあじわひしが
わしはまたべつはう梯子はしごってねばならぬ、その梯子はしごでおまへ戀人こひびとが、今宵こよひくらうなるが最後さいごとりのぼらッしゃるのぢゃ。わしたゞもう齷齬あくせくとおまへよろこばさうとおもうて。
きッと来まい。汽車が出なければいい。出ないかも知れぬ。出ないような気がする。きッと出ない。私のおもいばかりでもきッと出さない。それでも意地悪く出たらどうしよう。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「私は、命を投げだして此室ここへまいったのです。こんなにあなたさまを思っておりますものを、すこしでもあわれと思召おぼしめすお心があったら、どうか、萩乃様、このおもいを——」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
渠は実に死すべしとおもいぬ。しだいに風み、馬とどまると覚えて、直ちに昏倒こんとうして正気しょうきを失いぬ。これ御者が静かに馬よりたすけ下ろして、茶店の座敷にき入れたりしときなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死せばなんじ必ず太史とならん。太史とならばわが論著せんと欲するところを忘るるなかれ」といい、これこそ己に対する孝の最大なものだとて、なんじそれおもえやと繰返したとき
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
伊之助のうちへ草を生やさずには置かねえと思ってるくれえだから、若草のおもいでも其のくれえのことは有りましょうよ、今更死んだ者の心の解けようも機嫌の直りようもねえから
劒ヶ峰の一角先づひうちを発する如く反照し、峰にれる我がひげ燃えむとす、光の先づ宿るところは、むね高き真理の精舎しやうじやにあるをおもふ、太陽なるかな、我は現世に在りてたゞ太陽をさんするのみ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
お庄はきまりはずかしいおもいをして、その義太夫語りに何やら少しずつ教わった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ねがわくは汝我を陰府よみかくし、汝の震怒いかりむまで我をおおい、わがためにときを定めしかして我をおもい給え」(十三)とは再生の欲求の発表である。ヨブは今神の怒に会えりと信じている。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
孔子こうしいはく、(二〇)伯夷はくい叔齊しゆくせい舊惡きうあくおもはず、うらここもつまれなり。じんもとめてじんたり。またなにをかうらみん』と。(二一)伯夷はくいかなしむ、(二二)軼詩いつしるにあやしむし。
身は今旅の旅にりながら風雲のおもいなおみ難くしきりに道祖神にさわがされて霖雨りんうの晴間をうかがい草鞋わらじ脚半きゃはんよと身をつくろいつつ一個の袱包ふくさを浮世のかたみににのうて飄然ひょうぜんと大磯の客舎を
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
過ぎ去れるを追いおもうことなかれ、いまきたらぬを待ち設くること勿れ。過去は過ぎ去り、未来は未だ来らざればなり。ただ現在の法をよ。うごかず、たじろがず、それを知りて、ただ育てよ。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ひたすら造物者への感謝のこころ、崇敬のおもいに、身をふるわすばかりだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
月の光をたよりに女は、静かに泣顔をハンドミラーでつくろっていた。熱いものが飛竜ひりゅうのように復一の胸を斜に飛び過ぎたが心に真佐子をおもうと、再び美しい朦朧の意識が紅靄べにもやのように彼を包んだ。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
われつら/\おもふやう。わが猶此地に留まれるは、そも/\何の故ぞや。此地にはげに兄弟に等しきポツジヨあり、姉妹に等しきロオザ、マリアあれど、是等のまじはりは永遠なるべきものにあらず。
奥歯に到つては、それ以上にひどい状態で、やられてゐない歯はほんの算へるほどだ。全部が駄目になるまでに自分が死ぬか、さうでなければ、総入歯をして不自由なおもひをしなければならない。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
閉じた眉が開くばかりな……そのころは人々の心が期せずしておのずから一致し、同じ事をおもい、同じ事を楽んで、あながちそれをくそうともせず、また匿くすまいともせず※胸に城郭を設けぬからとて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
されど何故なにゆゑか予は物心覺えし日より、わが我儘なる心に常に何をか求め憧れつつ遣瀬なきおもひ束の間も忘るることなく、曉は曉の、夕暮は夕暮の悲しさに堪へず、此の念ひ消えぬ苦しさに惱みては
キクッタはそれを見て、日頃ひごろおもひがかなつたと、大悦おほよろこびでした。
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
いや果の ひたふるおもひ 父王かそきみの 垂訓のりたがはじと 賜ひし身はや
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
数ならぬ身もみめぐみをおもふとき心すなはち仏とぞ聞く
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
伯夷叔斉はくいしゅくせいは旧悪をおもわず、うらみこれを用いてまれなり。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
年経る放浪のおもいは昂まり
朕祖宗ちんそそう遺列いれつ万世一系ばんせいいっけい帝位ていいちんカ親愛スル所ノ臣民しんみんすなわチ朕カ祖宗ノ恵撫慈養けいぶじようシタマヒシ所ノ臣民ナルヲおも康福こうふくヲ増進シ其ノ懿徳良能いとくりょうのうヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼賛よくさんともともニ国家ノ進運しんうん扶持ふじセムコトヲ望ミすなわチ明治十四年十月十二日ノ詔命しょうめい履践りせんここ大憲たいけんヲ制定シ朕カ率由そつゆうスル所ヲ
大日本帝国憲法 (旧字旧仮名) / 日本国(著)
さすがに言ひ寄ることは出來なかつたが、座敷牢の合鍵を拵へ、欄間らんまから覗いて、燃えつくやうなおもひをまぎらせてゐたことだらう。