いにしへ)” の例文
我は心裡しんりにヱネチアの歴史を繰り返して、そのいにしへの富、古の繁華、古の獨立、古の權勢乃至ないし大海にめあはすといふ古の大統領ドオジエの事を思ひぬ。
何もさるの歳だからとて、視ざる聴かざる言はざるをたつとぶわけでは無いが、なうくゝればとが無しといふのはいにしへからの通り文句である。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「見えるわ。見えるわ。瓜、一面の瓜だ。」見覺えのあるやうな所と思つたら其處はいにしへの昆吾氏のあとで、成程到る所累々たる瓜ばかりである。
盈虚 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
京子けいし浪華なにはいにしへより芸園に名高きもの輩出し、海内かいだいに聞ゆるものありといへども、その該博精通、蒹葭堂の如きもの少し。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
額田王は右の御歌に「いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥ほととぎすけだしや啼きしわが恋ふるごと」(同・一一二)という歌を以てこたえている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いにしへ國民こくみん地震ぢしんつても、科學的素養くわがくてきそやうけてゐるから、たゞ不可抗力ふかかうりよく現象げんしやうとしてあきらめるだけで、これに對抗たいかうする方法はうはふ案出あんしゆつない。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかのことばをおもひめぐらし、足をいにしへの詩人のかたにむけたり 一二一—一二三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おそろし山蛭やまびる神代かみよいにしへから此処こゝたむろをしてひとるのをちつけて、ながひさしいあひだくらゐ何斛なんごくかのふと
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのいにしへ蒲生飛騨守氏郷がもうひだのかみうじさとこの処に野立のだちせし事有るにりて、野立石のだちいしとは申す、と例のが説出ときいだすを、貫一はうなづきつつ、目を放たず打眺うちながめて、独りひそかに舌を巻くのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何故なら私は、その峻烈なる稽古振りを眺めて思はずいにしへのスパルタの体育場を連想したからであります。
舞踏学校見物 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いづれの時代にも、思想の競争あり。「過去」は現在と戦ひ、古代は近世と争ふ、老いたる者はいにしへを慕ひ、わかきものは今を喜ぶ。思想の世界は限りなき四本柱なり。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
而して之を実地に応用するは必らず先づ一個人より始めざるべからざることを忘却せんには、是れ天上の星を仰ぎて足をみぞに失したるいにしへの哲学者に類せざらんや。
信仰個条なかるべからず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
此秋山にはいにしへ風俗ふうぞくおのづからのこれりときゝしゆゑ一度はたづねばやとおもひりしに、此地をよくしりたる案内者あんないしやたりしゆゑ、偶然ふとおもひたち案内あなひをしへにまかせ
凡そ此等の書の中には、初めいにしへの本草経が包含せられてゐた。しかし其一部分はみだりけづられて亡びた。唯他の一部分が蕙蘭けいらんの雑草中に存ずるが如くに存じてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いにしへ、国のために力を尽しし歌人の思想を汲み運命を偲び、そが韻律の朽せぬにほひを慕ふにあたり、おのづからなる感情は、正に「ほがらかなる悲み」ならむかし。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
昭和十八年十月十五日はそれからちやうど千二百年目に当るので、東大寺では盛大な記念法要が営まれた。私もお招きをうけて、天平のいにしへを模した祭典を拝観することが出来た。
君臣相念 (新字旧仮名) / 亀井勝一郎(著)
従来此深山にりて人命をうしなひしものすでに十余名、到底とうてい深入しんにふすることをいにしへより山中におそろしき鬼婆をにばばありて人をころして之をくらふ、しからざるも人一たひを此深山にるれは
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
孔子こうしいにしへ仁聖じんせい賢人けんじん(一七)序列じよれつする、太伯たいはく伯夷はくいともがらごときもつまびらかなり。ところもつてすれば、(一八)由光いうくわういたつてたかし。(一九)其文辭そのぶんじすこしも概見がいけんせざるはなん
いにしへは渇して盗泉の水を飲まず、今は盗泉の名を改めて飲む。
書狼書豚 (新字旧仮名) / 辰野隆(著)
足撫槌あしなづち手撫槌てなづち神も名にし負へば子はいにしへめぐくやありけん
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
またいにしへ六部等ろくぶら後世ごせ安樂あんらくぐわんかけて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
みちありき、いにしへもかくぞ響きて
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いにしへの美風に帰すことなり。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人皆ギリシヤのいにしへごと
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いにしへとなりぬ。
佐藤春夫詩集 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
雨風に悩まさるれば一度は地に伏しながらもたちまち起きあがりて咲くなど、菊つくりて誇る今の人ならぬいにしへの人のまことにでもすべきものなり。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
我は嘗ていにしへの信徒の自らむちうち自らきずつけしを聞きて、其情を解せざりしに、今や自らその爲す所にならはんと欲するに至りぬ。
もつとも、いにしへ和名わめい漢字かんじ充當じうたうしたのが、漢音かんおんかた變化へんくわともなうて、和名わめい改變かいへんせられたれいは、古代こだいから澤山たくさんある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
劉填りうてんいもうと陽王やうわうなり。陽王やうわうちうせられてのち追慕つゐぼ哀傷あいしやうしてやまひとなる。婦人ふじんこのやまひいにしへよりゆることかたし。とき殷※いんせんゑがく、就中なかんづくひとおもてうつすにちやうず。
聞きたるまゝ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
香具山かぐやま畝傍うねびしと、耳成みみなしと相争ひき、神代より斯くなるらし、いにしへしかなれこそ、現身うつそみも妻を、争ふらしき」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
試みに之を歴史に徴すれば述而不作、信じていにしへを好みし儒教に次で起りしものは即ち黄老くわうらうの教也。東漢名節をたふとび三国功業を重んぜし後は即ち南北二朝の清談也。
凡神的唯心的傾向に就て (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
すべてあらぶるものゝあだなるルチーアいでゝわがいにしへのラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇—一〇二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今加州侯毎年六月朔日雪をけんじ玉ふも雪の氷なり。これにてもいにしへの氷室は雪の氷なるをおもふべし。
米使渡来以還このかた政務の多端なることはいにしへより無き所である。其上乙卯の地震があり、丙辰の洪水があつた。此の如く内憂外患並びいたつた日に、公は局に当つて思を労した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そはかのいにしへの姫がいとも稀なる緑石を宮殿の倉の底へ蔵したるが如くに……深く秘めて、——。
青白き公園 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
朕薄徳を以てかたじけな重任ぢゆうにんけたり。未だ政化をひろめず寤寐ごみにも多くづ。いにしへの明主は皆先業をくしてくにやすらかに人楽しみわざわひ除かれさきはひ至れり。何の政化を修め能く此の道をいたさむ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ただちに西北に向ひて、今尚いまなほ茫々ぼうぼうたるいにしへ那須野原なすのがはられば、天はひろく、地ははるかに、唯平蕪ただへいぶの迷ひ、断雲の飛ぶのみにして、三里の坦途たんと、一帯の重巒ちようらん、塩原は其処そこぞと見えて、行くほどにみちきはまらず
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
傳へ聞く切支丹キリシタンいにしへなやみもかくや——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
またいにしへ六部等ろくぶら後世ごせ安楽の願かけて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
みちありき、いにしへもかくぞ響きて
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
セプチミウス・セヱルス帝の凱旋門に登るいしだんの上には、大外套被りて臥したる乞兒かたゐ二三人あり。いにしへの神殿のなごりなる高き石柱は、長き影を地上に印せり。
ひる終日ひねもす兵術へいじゆつしうし、よる燈下とうか先哲せんてつとして、治亂ちらん興廢こうはいかうずるなど、すこぶいにしへ賢主けんしゆふうあり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いにしへの歌人はあなどり難し。なか/\に今の人などより森羅万象に心をつくることまめやかにて、我等が思ひも寄らぬあたりのものをも歌の材として用ゐ居るなり。
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
今加州侯毎年六月朔日雪をけんじ玉ふも雪の氷なり。これにてもいにしへの氷室は雪の氷なるをおもふべし。
日本にほん古來こらい地名ちめいを、郡町村等ぐんてうそんとう改廢かいはいとも變更へんかうすることは、ある場合ばあひにはやむをないが、いにしへ地名ちめいいにしへ音便おんびんによつてめられた漢字かんじみだりにいまおん改讀かいどくせしめ
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
いにしへ黄金こがねの如く美しかりき、饑ゑてつるばみあぢよくし、渇きて小川を聖酒ネッタレとなす 一四八—一五〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
平賀元義の歌に、「鏡山雪に朝日の照るを見てあな面白と歌ひけるかも」というのがあるが、この歌の「面白」も、「おもしろくしていにしへおもほゆ」の感と相通じているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
空も地も金と金剛石ダイヤモンドをちりばめたやうに、夜だか昼間だか決して解らないやうに輝いて居りましたから私達は一瞬の間にいにしへのある国の歓楽の宮殿へ伴れて来られたのかとも思へました。
嘆きの孔雀 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いにしへより英明の主、威徳宇宙にあまねく、万国の帰嚮ききやうするに至る者は、其胸襟きやうきん闊達くわつたつ、物として相容あひいれざることなく、事として取らざることなく、其仁慈化育の心、天下と異なることなきなり。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もしいにしへの俊傑が復活するとならば
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)